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13.出発の朝

 

 朝日が四葉精機の建屋にあたり、硝子窓を通じて社員達の顔を照らした。時計が不正確であるため、太陽の光が皆の時間を計る指標となるのである。


 それぞれが重たそうな腰をあげ、建屋からぞろぞろと出てきては、ジョギングをする者やぼうっとしている者など様々であった。


「おはよう」

「おう」


 営業事務所に寝泊まりする面々も目をさましたようだ。中野と岩月は軽く挨拶を済ませ、中野にあっては一ノ瀬の顔をペチペチと軽くはたいた。


「おい起きないか寝坊助営業マン」


「うう…… 朝飯いらないからあと五分……」


 それを目の当たりにした中野は少しばかり呆れ顔だ。


「バカなこと言ってないで起きんか!」


 中野は一ノ瀬の毛布を取り上げて仁王立ちするが、それでも一ノ瀬は負けじと起きない。


「おはようございまーす」

「おはようございます皆様」


 女性陣の風峰と白川は、支度なども済ませたようで、しゃきしゃきと事務所へ入ってきた。彼女達は念のためであるが、寝床として会議室の一つを割り当てられているため、男性達とは部屋が別であった。


「あら、一ノ瀬さんはまだ起きてないのですか?」


 中野はその言葉に両手を広げて、お手上げといったポーズを取った。


「私に任せてくださいな」


 やり取りを見ていた白川は一ノ瀬に近付き、ふいに脛毛(すねげ)を引きちぎったのだ。


 その瞬間に、一ノ瀬の悲鳴が事務所内に響き渡った。


「いってー! なにすんだクソ女ァ」


 白川は営業である一ノ瀬とは毎日顔を合わせており、関係性も出来上がっている。だからこそそんな馬鹿げたことも出来るのであろう。


「あんたが起きないからでしょ。早く起きる! 今日は大事な日でしょ?」


「まったく、元の世界に戻ったらパワハラで訴えてやるからな」


 一ノ瀬は渋々といった様子でそう呟きながら、事務所のソファから起き上がる。それを見届けた白川は、笑いながら事務所から出ていった。


「やっぱあの女こえーな」


 中野は一ノ瀬にぼそっと呟き、一ノ瀬も「同意です」と言いたげに半笑いで頷いた。傍らでは風峰も苦笑いを隠せないようである。


 さて、本日は魔石の出来栄えをゴン太と争う約束の日でもある。結果は見えているようなものだが、万が一が無いとは言えない。手作業でとんでもない精度を奇跡的に出すかもしれない。


 風峰としても、四葉精機の魔石の勝利といきたい所だろうが、勝負といった以上はそうもいかないであろう。


 風峰が手配した馬車は、そのうち麓に到着する頃だろうか。魔導師達の本拠へ赴くのは、中野と一ノ瀬と品質保証部の榊原であった。


 榊原は品質保証部で日頃から、製作したワークを測定する作業者の一人である。彼は三次元測定や形状測定など、一通りの測定機を扱うことができる。異世界に飛んだ四葉精機にとって、測定が出来る者が居ることは、非常に幸運なことであっただろうか。


 榊原はノギスやマイクロメータを含めて、念の為にブロックゲージなどの一式を鞄に詰め込み準備万端といった様子だ。


 一ノ瀬は寝癖を軽く整え、川水で手洗いし乾燥させたスラックスと皺が残るカッターシャツを着用し、かったるそうに事務所へ戻ってくる。


「行きましょか、中野さん」


「……緊張感の欠片もないヤツだな、お前は」


 一ノ瀬は呆れる中野を横目に頷き、事務所を出ていった。


 先日刈り取った道には、除草剤の効果なのか雑草が生える気配すらない。一行は快適に麓までの道を往けるだろう。


 木漏れ日が五人を照らし、早朝の爽やかな風が辺りの木々を揺らす。ディーゼルの排気で汚れた空気は微塵も感じない。


 ロープを垂らした斜面からは、先日と変わらぬ風景が広がっている。榊原はもしかすると元の世界に戻ってはいないかと、一抹の期待があったのだろうか。眼前の風景を視認し、少しばかり落胆の表情を隠せないようだ。


 その表情を見逃さなかった中野は、榊原の肩をぽんぽんと二回ほ ど軽く叩いた。


 麓には既に馬車が来ているようだ。魔導師長と客人を待たせる訳にはいかないという配慮であろうか。


 まず風峰の付人が斜面を下り、次に風峰が恐る恐る慎重に降りていく。下では付人の男が、風峰が落ちても問題ないと言わぬばかりに風峰を注視している。魔導師長とはいえ、体躯は小柄な少女であり、そのあたりは仕方がないのかもしれない。


 皆が斜面を降りきり、緩やかな斜面を歩いていくと丘の上から小さく見えていた馬車が停車している。


「お待ちしておりました魔導師長。お乗りください」


 馭者の言葉を受けて、風峰がニコッと微笑み口を開く。


「さあ皆さん乗ってください!」


 ぞろぞろと馬車に乗り込む中野と榊原は、少し怪訝な表情である。馬車に乗るなどはおそらく初めてのことだろうと思われる。日頃乗っている自動車のタイヤに比して、幅の小さい木製の車輪に木製の車軸であり、安全性に疑問が出て当然であろう。


 榊原は隣に着席した一ノ瀬に耳打ちをした。


「おいおい、大丈夫なのかこれ……」

「僕も一回乗ったし、多分大丈夫じゃないっすか?」


 それを聞いた榊原は少しの苦笑を浮かべた。走り始めた馬車はガタガタと、自動車とは比較出来ない程のロードノイズを拾いつつ走っているが……








「――オエーッ!」


 道端で停車した馬車の脇では、榊原が馬車酔いから嘔吐し、小休止を余儀なくされている。


 そうして、ゴン太との決戦の朝に先が思いやられるスタートとなった、四葉精機の一行であったのだった。


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