12.想像以上ですね!
「おかえり! どうだった?」
「いやー綺麗な川で最高でしたよ。道と目印作って立てておいたので、中野さん達も行ってください」
「おう、ありがと。それとな、魔石できたみたいだからデータとかの説明してあげてくれ」
中野は一ノ瀬に魔石の加工が完了したことを伝えた。一ノ瀬は早速風峰に話しかける。
「輪廻さん、俺達が川に行ってた間に魔石ができたそうです。見に行かれますか?」
風峰はワクワクした様子で鼻息荒く頷いた。営業事務所のブースには、梱包材に包まれた魔石が通箱に入れられ、傍らには測定データと思われる紙が置かれている。
一ノ瀬は梱包材を丁寧に剥がして、静かにテーブルに置いた。
「――えぇ……」
それを見た風峰は言葉を失った様子である。ゴン太とやらが製作した魔石とは根本的に違うので、それは驚愕であろう。
魔石の外径には歪さを一切に感じず、研削された面は一様に光沢を放っている。
言葉を失った風峰を余所に、一ノ瀬はデータを眺めていた。
「真円度が0.02に、全長はノミナルで狙い値ドンピシャね。さすがですわ」
「あの、この紙は何を表しているのでしょうか?」
「ああ、これはデータといったもので、この魔石の出来栄えを測って写したものになります。説明しましょうか?」
「お願いします!」
風峰は身を乗り出して、データにかじりついた。しかし、英語やカタカナなど読める筈もなく、理解が出来ないようだ。
「まず、私達の度量衡はメートル法を用いています。とりあえずはこの魔石の直径が我々の単位で四十とします」
一息ついて一ノ瀬が続けるが、風峰は黙って一ノ瀬の言葉を聞き続ける。
「このΦという記号が書いてある部分が、この魔石の直径を数値化したものになります。ちなみに1ミリメートルとはこのくらいの長さです」
「40.002…… ということは40mmに1mmというものを千回ほど小さくした長さを足すということですか?」
「そうなりますね。我々は0.001を千分の一と言います」
さすがに魔導師長だけあって物分かりが良く、理解力や思考力が段違いである。世が世なら素晴らしい人材となっていたことだろう。
「そう言えば輪廻さんは、数字はわかるんですね」
「ええ、以前大風の日に現れた方々が広めたと伝えられています。ですが、この英語といっていた言語は初めて見ました」
以前の転移者は、個人で転移してきたので様々なことに難儀したであろうことは容易に想像できるだろう。数字を広めるだけでも相応の苦労を推察し得た。
「では話に戻ります。この真円度は円形の幾何学的な真円からのひらきの許容値で、この数字が実際の数字となります」
さすがの風峰もその言葉には唸って目線が天を仰ぐ。もはや意味がわからなくて当然である。
「――そうですね。噛み砕くと魔石の直径を千点ほど測定して、40mmからの誤差を均したものと考えてください。ね、分かりやすいでしょ?」
風峰はその言葉に納得した様子で手をポンっと叩いた。
「なるほど。それが先程の言葉で表す千分の二ということなんですね?」
一ノ瀬は頷いた。営業だけあって説明も分かりやすいものである。エンジニアセールスは営業力だけでなく、知識も必要であり、社内折衝力も求められるタフな仕事なのだ。
「この魔石は限りなく円に近いモノであるということなのですね…… ここまでの魔石を作る人は三河にはいませんね」
現代の工作制度が手加工と思わしきモノに負けたとあっては、末代までの恥と言って問題ないだろう。
風峰は魔石をベタベタと触り、感触を確かめているようだ。
「少しばかり魔力を込めてみますね」
風峰はそう言って瞳を閉じ、魔石を両の手で掌に載せ微動だにしない。その出で立ちは神々しささえ感じるほどに研ぎ澄まされ、静の中にさえ力強さを感じさせる。
その様子を見つめる一ノ瀬は、思わず唾をごくりと飲んだようだ。
静寂の中で風峰が不意に瞳を見開いたその瞬間である。事務所のガラスが振動し、カタカタと音をたてていた……
「り、輪廻さん?」
その言葉に風峰は我に帰った様子で魔石を机に置いた。一ノ瀬の冷や汗が滴り、微動だに出来ずにいるようだ。
「驚かせて申し訳ないです。し、し、しかし想像以上です…… 魔力の循環効率が並大抵ではありません!」
「さらにさらに! 魔導属性を込める前の、それもただの円を型どった状態でさえ、込めた魔力の流出が押さえきれませんでした!」
そう話す風峰もまた、出走直前のサラブレッドのように興奮しており、背筋が凍りついたような一ノ瀬とはまるで真逆である。
「あの、輪廻さん?」
風峰は一ノ瀬の呼び掛けに、呆けた顔で首を傾げる。
「まあとりあえず、ゴン太殿との勝負に使いますので今日のところはそのへんにされては……」
「ああ、そうでしたね、つい興奮してしまい申し訳ありません」
風峰はひょこっと頭を下げた。
「それにしても輪廻さんの意外な一面を見られました」
「忘れてください……」
二人は少しばかり暗い打ち合わせブースにて、しばし雑談に耽り笑いあった。異界に転移しすぐさまに、このような友好的な関係を築けたことは幸運という他にないだろう。
その傍では、後にゴン太を卒倒させるであろう机の魔石が僅かな光源を反射し煌めき続けていた。




