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10.水の安定入手法

 

 大気は透き通り、昨日から続く快晴が構内のアスファルトを熱している。そんな中で、重要な課題に直面していた。


「俺達臭くね?」


「まあ今さらでしょうね。あえて誰も言及してませんが」


 そう、水道が無いために、風呂に入っていないのである。各々のフラストレーションもそろそろ限界に達しようとしていた。飲料水もいずれは底を尽きるだろう。


 そうなる前にも、水源の確保は必須事項である。魔石の加工も大事だが、優先すべきは何よりも水である。草刈りなどしている場合ではない。


「皆おはよう。皆の不満はわかる。水だ」


 会議室に漂う臭気は、柔道部や剣道部の部室を彷彿とさせる。この状態では、様々なことが儘ならないのは明らかであろう。


「そこで風峰さん。水について相談させてください」


「そうですね。この丘の裏手には川がありますが……」


 中野の言葉に風峰が答えた。その場所は、道を整備した場所とは工場を挟み反対側の麓だそうだ。


「我らが生きる為には、その水をなんとしても手に入れねば。皆の意見を出しあって欲しい。風峰さんもどんどん発言して欲しいです」


 会議室では、持ち合わせている技術的見地から、様々な意見が飛び交う。


「エンジンポンプを作ろう!」


「巻き取り機でケーブルを引いて自動で汲み取れるようにしては?」


「いやいや、道を整備して自分達で当番作って汲み取る方が、貴重な物資を使わなくて済みます!」


「そんな体力仕事ができる人的リソースはないでしょ! 病院もないのにケガでもしたらどうするんですか? 労災でも申請するつもりですか?」


「なんだとぉ!」


 場は紛糾した様相を呈し始め、漂う汗の臭いが議論を殊更にヒートアップさせた。


「あの、三種のアプローチの混合で水を手に入れるのはどうでしょうか」


 口を挟んだのは、岩月であった。


「どういうことだ?」


 岩月に対して、中野は即座に反応し、問答が開始された。



「まず一つは、川に取水口を作り、麓までパイプを引きます。そこでドラム缶ないし、何かに貯めて汚泥を沈殿させます」


「それを熱して、会社まで水蒸気を送り、こちらで水に還元します」


 筋は通っているだろうか。風峰の話による、辺りの地形等を鑑みた場合、高低差を利用して麓まで水を運ぶのは、難度としては低いだろう。だが、麓から丘の上まで汲み取るには、実現に対する課題も多く有るように感じられるといったところか。


「二つ目は、雨水を如何に効率よく貯めること。方法論は別途話し合いましょう。三つ目は先ほどの発言にあった、自分達で汲み取ることです」


 その提案は一理あるものかもしれない。肉体労働の必要性を認めつつも、それを代替手段を用いて、極力減らしていこうというアプローチであった。


「一つ目の意見の実現性はあるんですか?」


「ええ、一応は……」


 岩月が話した案は、麓に貯水設備を設置し、ドラム缶を何らかの方法で熱して、防災設備のホース等を用いて、丘の上まで水蒸気を送り、水に還元するという発想だった。


「でもそれって、誰かが麓で常に火力を維持しなければ成り立たないですよね?」


 そう口を挟んだ一ノ瀬に対し、岩月は静かに頷いた。


 皆が呆けた表情で、思案に耽っているのを見る限り、難しい方法論なのだろうか。


 そこへ、沈黙を維持していた風峰が口を開く。


「火力を一定期間維持できればいいのですよね?」


 皆が風峰の方を注視し、また皆のその眼差しは期待感が込められているだろうか。なにしろ、現地人かつ魔導師という未知の人種であり、具体的な解決案を提示してくれると思っても無理はない。


 中野はすぐさま応答する。


「何か方策が?」


「火の魔石を用います。また普通に魔力を注入するでなく、魔力循環を使います」


「魔力循環? とはいったい……」


「私の研鑽の成果でもありますが……」


「お待ち下さい魔導師長!」


 その瞬間であった。ここに来て、今までほとんど口を開かなかった、風峰の付き人の魔導師が声を荒げた。


 風峰はその言葉に、話しかけていた言葉を押し込めた。そして、その男に冷たい視線を向け、その場には言い様のない緊張感が生まれている。


「ご再考を。魔導師長の八年の成果を、この者達に無償で提供するなど承服しかねます」


「言いたいことはそれだけですか?」


 風峰の様子は、日頃の所作とはまったくの別人で、砕けた表情ではなく、見開かれた瞳からは、何か強い意思を内包しているかのように感じられる。


 男はその言葉と目線にたじろぎ狼狽え、返答に窮していた。


「件の技術の発案者かつ魔導師長たる私が、様々な観点から検討し決めたことです。異は認めません!」


 そう話したのち、コホンと咳払いをし、風峰は四葉精機の面々に視線を向ける。その表情は普段の明るい女の子に戻っていた。


「では、私が長年をかけて形にしたことを話します」


 風峰は、その"魔力循環"の概念を、皆に丁寧に話した。


 魔導とは、魔導発現者が適切に処理された魔石を触媒とし、事象に干渉を行う奇跡である。理屈としては未解明であるものの、三百年ほど前に技術体系として認められた経緯がある。


 本来であれば、魔力を魔石に流し、事象改変が行われた際に魔力は発散してしまい、都度の魔力注入が必要となる。しかし、風峰はその魔力を発散させず再利用する機構の研究を行っている。


 要するには、魔力を注入してしまえば、事象の改変が永久に続くことを指す。


 そして、数々の失敗の上に、昨年に唯一成功したというのである。それだけを聞けば永久機関の完成を意味し、技術転換点(ブレークスルー)になり得るだろう。


「しかし、魔力循環に成功したのは今我々の敷地に保管されている一つの魔石のみで、再現ができない状況でもあるのです……」


 風峰が語る問題点は、再現性の低さを指摘した。その成功した魔石のサンプルは、まず触媒とする魔石から循環させる為の魔石を接続し、等距離にもう一つ接続し計三個の魔石を正三角に繋げる。


 そうすることで、触媒とする魔石に流れた魔力を、エネルギーロスを非常に抑えた上で、循環機構をなすとのことである。


 では、何が問題なのかは、成功したものと同じものを作れない技術的問題点であった。更には、機構は完全でなく魔力の発散を完全には遮断できないため、一定時間で効果が弱まってしまう。


 そのため、研究途上であり一定の効果は認めつつも、永久機関とまでは至っていないのであった。


 風峰の魔導についての話は一段落がつき、風峰の真意も察することができよう。


「私はこの技術が、貴方達を助けることで完成に近づくのならば、手の内を自ら明かします。いえ、互いに手を取り合いたいと考えています!」


 風峰のその言葉は、自らの八年の研究成果を包み隠さず、提供しますと言っているのと同義である。

 革新的な発明を特許も取らず、ホームページでソースを明かしているようなものであるが、四葉精機の面々はその覚悟をしかと受け取った様子であった。


「風峰さん。我々の助けになってくれること、感謝します。なれば貴方達には我々の技術や知識を盗んで欲しい」


 中野は風峰を見つめ、そう話したが風峰は首を振った。


「中野さん。盗む盗まないでなく、私は対等で尊敬し合う互助的関係を望んでいます。そのためには貴方達の生活基盤の安定は必須だと考えています」


 風峰は笑顔でその場に居る者達を見渡した。それを聞いた者達は、一斉に歓声を上げたのであった。


「有難う風峰さん!」

「おっしゃー! 頑張って元の世界に戻るぞお前ら!」

「オオー!」


 会議室は、臭気のことを忘れ大いに盛り上がった。


「では皆さん、さすがに今日は水浴びしに行きましょうか。私が川の場所へ案内しますから」


 風峰のその言葉に対しては、更なる歓喜の声に包まれたことは、言うまでもないことであった。


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