9.一晩の贅沢
魔石の切削に成功し、はや三時間が経とうとしていた頃、すでに日は落ちかけ、ガラス窓には西日が差し込んでいる。
街の喧騒とは無縁のこの地で、四葉精機はまさに歴史的な第一歩を踏み出したのであった。
風峰に会社内を一通り案内し終え、会議室にて互いのことを話し合った。
風峰には、ある程度のことを話してはあるものの、それでも疑問は尽きない様相で、ずかずかと質問を投げつけてくる。
「あのうそろそろ、お腹が空きませんか?」
終わらない質問攻めに終止符を打ったのは、営業事務員の白川であった。
紅一点、異世界に飛ばされた唯一の女性である白川は、風峰とは反対に上背があり、茶髪のロングヘアと、綺麗に分けられた前髪からはつり目が覗く、大人びた女性である。
「せっかくなので今日くらいは何か作りましょうよ! 別に構内で火を焚こうが問題ないでしょうし」
その言葉に、会議室の野郎共は大はしゃぎであった。
先行きが見えない中では、貴重な食材を浪費することは避けていたためである。当然に貧相な缶詰めや、社食の日持ちのしない材料から少しずつ消費していた。
「な、な、何の騒ぎなのです?」
「ああ、食材の蓄えを考えて節約していたんですよ。輪廻さんが来たのでこちらの料理を振る舞おうってワケです」
一ノ瀬が風峰に笑いかけた。
今後は生産活動の傍らに、魔導師長権限で四葉精機の面々は"食"について支援を受けることになる。
中野は「しょうがねえな」と、言いたそうに笑っていた。節約ばかりでは気が滅入るだろうし、その判断は物資の消費に反して、皆の精神衛生を高めるだろう。
「はーい、若い子達集合ね! 社食の鉄板とかを外に持ってくるように!」
中野のお墨付きをもらった白川のその言葉に、製造の若い人間達はぞろぞろと動き出した。
それをぼうっと見つめる一ノ瀬ではあったが、背後に立つ白川が首根っこを捕まえた。
「アンタも若造でしょうが。手伝いなさい!」
「うげっ! わーったよ、乱暴だなあ」
一ノ瀬は渋々食堂の方へと歩き出した。
それを見ていた風峰は、少しもじもじしながら白川に話しかける。
「あのう…… 自分も手伝ってみたいのですが。その、料理には疎くて」
「ああ、風峰さん。私が教えますので一緒に作りましょうか。すごく簡単なものなので大丈夫ですよ!」
その言葉に風峰の表情は、ぱあっと明るくなった。
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「中野さん。一応初工程の加工には成功しましたが、先行きはやはり不安ですね」
「ああ、そうだな。課題だらけだ……」
事務棟の裏の喫煙所で、男が三人、手持ちが残り少ない煙草を燻らせていた。
中野、神谷、岩月とは今社内にいる中では、頼りになるおっさん三羽烏である。
中野は調達部の係長であるし、神谷は試作第一工場の旋盤チームの班長でもある。
岩月は生技開発部で、研究や開発など生産性の向上を図る部署の主担当員ではあるが、知識量と経験で言えば今居る中では一番かもしれない。
運が悪いのか、中野以上の役職者が居ないものの、この現状で社員達をなんとか纏めてはいる。中野は上手く立ち回っていれば、部長にもなれただろうと囁かれてはいたのだが……
「加工後のチップはもうダメですね…… あんなに切削性が悪いモノをたくさん加工したら、チップがいくらあっても足りませんよ」
「ハイスの工具とかここでは作れないだろうしなぁ。ふぅー」
中野は喋りながら、煙草の煙を無造作にはく。
「それに切削油だとかの問題もあるし、NC設備もいつまで保つかな」
「ですよねえ、近くの山からタングステンとかとれませんかねえ?」
その岩月の言葉に、中野と神谷はゲホゲホと、首を横に振りながらむせかえって笑った。
そんな都合の良い話はないだろう。
「切削油なんかは最悪水でいいでしょ。あとは存在するならケロシンみたいなものとか」
「まあ、とりあえずは風峰さんとやらに色々相談するべ」
三人はフィルター近くまで燃焼が進んだ煙草を、最後の一息吸い込み、噛み締めるように煙を吐き出した。
構内から聞こえるはしゃぎ声が、この場所にも微かに聞こえてくる。
それを聞いて、中野は煙草を地面で揉み消しながら、一言呟いた。
「じゃあ、戻るか」
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普段夜だろうが、トラックやリフトが走り回る構内は、伐採した木々を用いて焚き火が焚かれている。
日頃見慣れた照明は消されており、焚き火の火と月明かりのみが構内の光源となっていた。
皆がアスファルト上に座り込み、破壊した自販機から飲み物を取り出しめいめい嗜んでいた。
そして、白川や風峰が食堂で切った野菜や蕎麦が、鉄板の上に乗せられ熱せられている。そう、焼きそばである。
構内には凄まじく良い香りが漂い、ここにいる全ての者の興奮は最高潮に達していた。
「今井よ。お前彼女とかいたのか?」
「いや、いませんよ。こっちの可愛い子と結婚しますか」
「ははっ」
そのような雰囲気の中で、一ノ瀬と今井は構内の脇で、こじんまりと足を伸ばして座っていた。
「俺さあ、この状況でも、びっくりするくらい悲壮感がないんだよね」
今井はそれを聞いて、少し鼻で笑っただろうか。
「一ノ瀬さんは大切な人とかいなかったんですか?」
「仮にいたら、探索メンバーに選ばれてないだろうね」
「それもそうですね。でも一ノ瀬さんを選んだのは中野さんの考えが、何かある気がしますけどね」
「買いかぶりすぎだわ」
「でも現に魔導師たちと交流を果たせたのは、一ノ瀬さんのおかげじゃないですか?」
一ノ瀬はその言葉に、少しばかり頷いた。
「多分いつも事務所で関わりがあったからじゃないかなあ。営業と調達だし、何かあっても俺なら割りきれるでしょ」
「俺達どうなるんですかね……」
「さあ、なんとかなるんじゃね?」
「一ノ瀬さんは相変わらずですね」
今井は一ノ瀬を茶化すような口調であった。一ノ瀬は少しばかり微笑みながら、赤々と猛る火をじっと眺めている。
「一ノ瀬さーん! 夕飯ができましたよー!」
しばらく黙って佇んでいると、風峰が一ノ瀬目掛けて、小走りで向かってきた。
「こちらに来てください! 私が作ったのですよ!」
風峰は大はしゃぎで、一ノ瀬の手を強引に引いて焚き火の方へ走り出した。
「ちょいと行ってくるわ」
一ノ瀬の言葉に、今井が座ったまま手を振った。
「聞いてください一ノ瀬さん!」
「テンションおかしいですよ、輪廻さん」
「テンションとは?」
「いや、なんでもないです…… で、作った料理はどれです?」
そこには、皿に人数分の焼きそばが作られていた。
「食べてみてください!」
風峰は腰に手をあてて、渾身のドヤ顔を披露した。それを見た一ノ瀬は思わず吹き出してしまったようだ。
「ええー! なぜ笑うのですかぁ!」
「いや、会ったときとは印象がかなり違いますよ?」
一ノ瀬はケラケラ笑いながら、風峰から皿を受け取った。
「美味い!」
異世界に来てからの初めてのご馳走に、一ノ瀬は焼きそばを一気に掻き込む。それを横目で眺める風峰は、先ほどの出走前のサラブレッドのような様子からは、些か落ち着いたように見える。
「私は貴方達との出会いは神様の導きなのではとすら、考えさせられます」
風峰は一息ついて、更に続ける。
「魔導の限界を感じていた時分に、貴方達が突然現れ、こうして互いを知ることができた…… 言語体系すら同じだとは奇跡に思えてなりません」
「確かに、こんな奇跡…… 何か意味が有るのかもしれませんね」
異世界で、魔導師の横で、焼きそばを食べる。確かに奇跡的な組み合わせではあるだろうか。
四葉精機の皆は一時の安らぎを味わい、ネガティブな感情を一旦は、心の奥に押し込んでいるのだろう。
宴もたけなわではあるが、火の勢いも弱まりそろそろお開きの頃合いではあった。
二人は通路の脇に座り込み、何を話すでもなく、じっと星空を眺めている。
雲一つない快晴は、星空が辺りを照らし、両者の出会いを祝福するかのように、一晩中煌めき続けたのであった。
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10/11 台風襲来につき避難します。更新は10/14~その週内を予定。




