8.魔石を削ってみよう!
今回は少し専門的な言葉も出ますが、平易に書くつもりです。
また、自分で読み返して必要と感じる部分は後書きに用語解説や、補足説明を入れるつもりです。
一ノ瀬達は、正門をくぐり抜け、すぐ左手に見える四階建ての事務棟に向けて歩を進めた。
事務棟は主に総務や経理をはじめとして、量産および試作営業部と調達部などの、間接部門と呼称される部門の建屋である。
ちなみに、四階精機においてのヒエラルキーは、営業≧製造であり、営業が取ってきた無茶な案件も、無理やりこなすことがしばしば発生する。
製造の頑張りによって、高稼働率に低外製比率と、上層部の評判は概ね高かった。
自動車の量産化を睨んで、試作フェイズから一貫してフィードバックをかけられることは、四葉精機の強みでもあるのだ。
そんな状況にあっては、設備投資や事務所の増築などで急速に成長していた会社は、今や異世界に転移してしまったのだが……
その三十人余りの社員達と、異世界人が対面の刻を迎えていた。
一行は事務棟まであと一ブロックと迫り、横断歩道を渡ればもうすぐそこであった。
「指差確認しなくて良いのがなんだか寂しい気持ちになりますね……」
「ゆびさしかくにん?」
風峰の疑問はもっともなことだろう。横断歩道出前には、黄文字で『右ヨシ左ヨシ!』との文字が掠れかかっている。だが、トラックやリフトの往来がない寂しい社内では、その意味を説明すること自体が無駄に他ならない。
事務棟の玄関に到着し、中に入るが当然ながら、自動ドアは切られており、手動で開けることになる。
一階のブースごとに仕切られた、打ち合わせロビーの横を抜けて、階段の方へと向かうが、四葉精機が製作した部品のサンプルの展示が、これ見よがしに飾られている。
その物珍しい物品を、風峰が見逃す筈はなかった。
「これ…… なんですか?」
それは未組み付けの自動車部品であり、足回り部品の一つである、インタミシャフトのカットサンプルであった。
フランジからの複雑な堀り込み形状に加えて、軸のセレーションには放電加工が施してあり、内径のドリル形状からの切り上がりは、滑らかなRで繋がっていた。
それを見た風峰の衝撃はとんでもないものであるだろう。
一ノ瀬は、カットサンプルのケースに張り付く風峰を宥める。
「後で説明しますので、とりあえずついてきてください」
「わ、わかりました」
それは初対面の風峰の印象からは、想像できない程に取り乱している様子であった。
一ノ瀬達は階段を登り、二階の会議室へ向かっている。察するに会議室には、この世界に飛ばされた社員全員が集合しているのだろう。
会議室のドアは開いており、やはり社員達が着席していた。
一ノ瀬達は、会議室の前部スクリーンの前に立ち、年配の岩月が言葉を発する。
「探索結果を端的に述べます。ここは元居た世界ではありません。お連れしたこの方々はこの世界の人ということになります」
その言葉に、聴衆はざわめきたち、すすり泣く者や呆気からんとしている者など、反応は様々であった。
その雰囲気のなかで、一ノ瀬ら三人は、自分達が見聞きしたこと、感じたことなどを事細かに説明したのであった。
自分達を含む三十人余りの人間が、この世界で生き抜くにはどうすべきなのか……
そして、一ノ瀬達三人は、その糸口が魔導師たちと協力することにあると強く力説したのだ。
「皆さん、元の世界に戻れるかはわかりません。しかし、食料も心もとない俺達は、なんとか今を生きねばなりません!」
風峰はその光景を、物言わずじっと眺めている。
「そのために俺はこの世界で、魔導師の方達と協力し、仕事をしていこうと考えました! どうかこの企てに乗ってはくれませんか?」
一ノ瀬は皆に頭を下げた。探索先で話を勝手に進めた三人としては、筋は通さねばならないだろう。岩月と今井も次いで頭を下げる。
「私からも頼みます」
突如の発声に聴衆は戸惑うが、声の主は風峰であった。
「私たちは貴方たちを援助します。その代わりに貴方達の知識や技術を教えて欲しいのです」
「俺は賛成だ!」
数秒の後、声を上げたのは中野であった。今居る者の中では、リーダー的存在となっている。
「生きる為にはこの世界の人々との交流は不可欠だ。この話に乗る以外ないと判断するが」
「賛成します」
「同じく」
「やりましょう。そんで皆で帰りましょう」
中野の言葉に、同調する者が次々と立ち上がり、賛成の弁を述べる。
「反対する者は?」
中野の言葉に、声を上げる者や挙手をする者は、誰一人としていなかった。また、悩ましい表情をする者も少数見受けられたが、反対まではいかない様子ではあった。
反対意見が出ないまま、しばしの静寂を経て、中野が再度声を張り上げる。
「では決定だ! 皆、一つになって頑張っていこう! じゃあ早速、色々とやることや、役割を決めよう」
そうして、中野の指示の基に、四葉精機は動き始めたのであった。
「とりあえずNC旋盤と測定器の起動確認急げ! あとは魔鉱石とやらの検査も急いでやろう」
早速だが、社内が慌ただしく動きはじめた。納期は五日後の朝までに魔石の加工をすることである。未知の物であり、鉄を削るのとは訳が違う話である。
一ノ瀬は、持ってきた魔鉱石をテーブルの上に広げた。その鉱石を各々が確認し、また実際に加工をするであろう担当者が、風峰に仕様をヒアリングする。
「径と全長のオーダーをお願いします」
「おーだー?」
風峰がキョトンとしているがのだが、横文字は通じない為に、一ノ瀬がフォローに入る。
「神谷さん、日本語でお願いします」
旋盤加工オペレーターの神谷は、「ああ、そうか」と、言いたげに鼻先を指でかいた。
「高さと長さを指定してください。その長さの円を作ります」
「これくらいですかね」
風峰は人差し指と親指で、指定の長さを表した。そこへ神谷がノギスを当てて、簡易な手書き図面を作成する。
それは、Φ40×20mmの円筒形状で、角部はC0.3の面取り形状も追加された。一般鋼材ならば、半日と掛からずに終わる仕事であろう。
「あとは、硬さを見たいのでこの鉱石を一個割っても良いですか?」
風峰は頷いた。すぐさまヴィッカース硬度測定器を用いて、測定を実施する運びとなった。
「輪廻さん、ごめんなさい。色々と驚かせてばかりでしょ?」
「いえ、この風景を見ているだけでも新鮮です。楽しいですよ?」
一ノ瀬の言葉に、風峰は笑顔で答えた。それを見た若い数人が、二人の元へ近寄る。
「一ノ瀬さん、このロリ魔導師さんは何歳なんです?」
「十と七です。ロリってなんですか?」
風峰の眉がピクっと動いた気がしたが、その言葉になにやら感じるものがあるのだろうか。しかし、一ノ瀬がすぐさま、男の頭をはたいてフォローに入る。
「あ、ああすごく美人ってことです。褒め言葉なので気にしないでください!」
「そ、そうですか。なんだか恥ずかしいですね」
そうこうしているうちに、硬度測定が完了したようだ。
「表面硬度がHVで400くらいですかね。多分削れると思います。切削性はわかりませんが、チップ選定はオペレーターに任せます」
「では早速ですが初行程のトライのみ、本日やってしまいます」
神谷の言葉を聞いて、一ノ瀬が風峰に目配せをする。
「加工を見ていかれますか?」
「は、はい。ぜひ!」
風峰は一ノ瀬の言葉に目を煌めかせて頷いた。
すでに設備の起動も確認がとれ、生産におけるプログラムも用意が完了したようだ。
興味のある者は、事務所を出てすぐ隣の試作棟に向けて足を運んでいる。四葉精機は部品の量産と試作を請け負っていたが、試作機能を本社工場に全て集約していたため、様々な加工設備が完備されている。
即ち、少ロット多品種の対応が本社工場で対応可能ということである。それは量産における、一種の部品の専用機でなく、試作の性質上当然のことではあるのだ。
その中でも、本日加工を行うのは旋盤と呼ばれる設備である。切削加工の代表とも呼べるだろうか。
試作第一工場と呼ばれるその場所に入ると、そこはまさに機械の森林と形容できる光景であった。
旋盤やM/Cをはじめとして、広い構内には設備が無駄なく配置されていた。それでいて通路は整理整頓が行き届いており、切り粉も綺麗に掃除されていた。
現代日本人だとしても、初見ならばその光景に圧迫感を感じてしまうだろうから、風峰の心情も概ね察しがつくというものだ。実際のところ、表情からも驚愕の色が窺えた。
また、節電のために一部しか電気が灯っておらず、ことさら圧迫感を助長する。
本日使用する設備の前に到着すると、一ノ瀬は立ち止まった。設備付近には魔石の加工風景を見ようと、数人が集まっている。
「あのお、神谷さん。風峰さんに加工を見せてあげたいのですが」
その言葉に、付近にいた中野も頷き、神谷へ指示を出した。
「では、風峰さんこちらへ」
神谷は、風峰を機械の前に呼び、まずは旋盤加工の理屈を丁寧に説明する。
旋盤とは被削物をチャッキングないし、治具などで固定した上で高速回転させ、金属の刃物で削るといった加工である。
その性質上、円形の物体を加工することに適している。
「なるほど…… なぜ魔石が回るのかはわからぬが、機構としては理解できました」
魔導師長だけあって、理屈としては理解できるものの、機械が何故動くのかは理解ができないのだろう。
一通り説明が完了したところで、いよいよ加工に入ることになる。
神谷は設備の扉を閉めて、赤色のボタンを押した。
すると、固定された魔石が回り始め、切削液が機械内で飛び散りながら魔石が削れていく。魔石の切り粉は、まるでラーメンのように縮れながら、下に落下していった。
「な、なんですかこれは!?」
そう話している間にも、みるみる内に魔石が小さくなっていったのだ。
そして機械が止まり扉を開けると、加工面がそれはもう見事な真円を型どる、綺麗な魔石となっていた。
「信じられません…… が、同時に貴方達の技術についてはわかりました」
そう言う風峰の顔は、今までにないくらいに輝いて見え、もっと見たいと言うように、視線が設備の内部を舐め回している。
「輪廻さん。これから俺達と頑張っていきましょう!」
風峰は、そう言った一ノ瀬が差し出す手を握り、上下にブンブンと振りながら満面の笑みを見せた。
「こちらこそ、です!」
〈用語解説、補足説明〉
①自動車部品の試作
部品を量産し、実車に組み付けるためには、部品の耐久性やノイズの有無、熱処理特性など様々な情報が必要となります。そのため試作部品を製作し、評価をフィードバックするフェイズとなります。
②NC旋盤
送り量などをハンドル等で制御する、汎用旋盤に対してコンピュータによる数値制御(Numerically Control)を搭載した旋盤設備を指す。
③HV
硬度規格のことを指す。自動車業界では主に規格HV、HRC等がよく使用される。たまにブリネル測定なども用いることがある。ちなみにダイヤモンドはHV7000以上とされ、超絶に硬い!




