女の子が好きなら、私と付き合えば良いのに。
じぃじぃと蝉の鳴く声が響く夕方の教室。空乃は自分の席で静かに待ち人の帰りを待っていた。
蝉時雨の隙間からタタタと響く足音が耳朶に響く。噂をすれば。空乃は自身の長い黒髪を一度手櫛で梳いた。
バン! 教室のドアが勢いよく開けられる。
「うぅっ! もう最悪!」
「お疲れ様」
「ちょっとアンタ! 何が由貴ちゃんはアタシのことが好きよ!」
「結果は?」
「振られたに決まってるでしょこのバカ!!」
半泣きになりながら空乃の隣の席にどかっと座ったのはレミ。空乃とは腐れ縁の仲だ。
「アンタのせいでアタシは……アタシは……!」
「昔からレミは、女の子好きだもんね」
「そっ、そうよ! 悪い!? こんな変なやつと腐れ縁で嫌!?」
「ううん。ただ慰めてあげようと思って。ほら」
そう言って空乃は両手を広げる。華奢な身体と胸の膨らみは紛れもない女性のもの。
しかしレミは、そんな空乃から顔を背けた。
「いらない」
「……何で?」
「アンタに慰めてもらう程、アタシは弱くないもの」
「弱くても良いのに」
「うるさい」
どうやら涙は引いたようで、レミの声は次第に高圧的になっていく。
空乃はそんなレミを見て、小さく俯いた。
頼ってもらえないから落ち込んでいるのではない。ただ。
「思い通りにいかない……」
「は? 何?」
「……何でもない」
空乃の予定では振られたレミを慰め、抱きしめ、そして昔のようにずっと二人っきりでいる。
そこに友情や愛情といった分類は、空乃にとっては重要ではない。ただ出来るだけ長い時間、レミと一緒にいたいだけだ。
「レミ」
「何よ。アタシもう帰るんだけど」
「一緒に帰ろ」
「嫌。今日は一人で帰りたいの」
「……一緒に帰りたい」
「……ずるいわよ。その言い方は」
空乃のか細いお願いを、レミは言外に受け入れる。語調は強いが根は優しいのだ。
「ありがと」
「……良いわよ、別に」
空乃は優しいレミのことが大好きだった。甘えたら甘やかしてくれる。好きと言ったら照れてくれる。抱きしめたら控えめに抱きしめ返してくれる。
蝉の声しか聞こえない教室。しかしお互いの無言は、それでも心地良かった。
「……レミ。レミのファーストキスの相手、知ってる?」
「急にどうしたのよ」
「良いから」
「……はぁ。アタシは昔から女の子が好きなのよ? 誰かと付き合えたことだってないし、そんなのまだに決まって──んんっ!?」
空乃は自分の席から身を乗り出し、レミに口付けをする。ふわりと広がる柔らかさ。これがキスなんだと、空乃は自分でも意外なほど冷静な思考が頭を巡った。
「──ちょ、ちょっと空乃! アンタ、何考えて……!」
「レミのファーストキスは、これで私になった?」
「そっ、それはそうだけど! そうじゃなくて!」
首を傾げながら問いかける空乃。レミは真っ赤な顔で後ずさった。
「私はレミのこと、好きだよ」
「ち、違う! アンタのそれは恋愛感情とは別だから!」
「……どっちでも良い」
空乃にとって重要なのはレミと一緒にいられるか。空乃がレミを、レミが空乃を友達と思おうが恋人と思おうが、そこに本質はない。
「レミ。愛してるよ」
多分レミは女の子からのこういう言葉に飢えている。空乃はただひたすら冷静に、レミの求める言葉を選んだのだった。