救世主
私はククラさんから記憶を失っていた期間での出来事を聞かされた。この大きな領土の長、皆の守護者にどうしてなったのか……
「名前しか分からない状態で始まった。今から十年だろうか? かなりの年月をここで過ごしたが、あの男が来るまで変わらない地獄のままだった――――その男というのがゼノムだ。彼から懐かしいものを感じたんだ。絶望し何度も自殺した私にもあんな感情があるとは驚いたよ、それは愛だろうか? 全く不思議なもんだぜ……この世界じゃ死んだ者は生き返る。身体がどんなに消失しても必ず複製された肉体で帰ってくる―――――神の仕業だ」
この世界の上位者が生死をループさせているらしい、ククラもその終わらない地獄の被害者だった。あの巨大な豚に無惨な殺され方をされていた人間も何処かで再び復活しては繰り返し殺されるのだ。それがこの世界の上位者、すなわち神の秩序と言ったところだろうか?
「この世界では特定の力を秘めた人間が死者の意思や魂を受け継がないと地獄から解放されない、私もその力を持つ人間の一人となっていた―――――地獄だった。絶望しているのは同じなのに周囲の人々は殺してくれと私に志願してくるのだ。それが最後の希望だと、救ってくれと――――――私も同じなのに、ふざけた奴らだ」
ククラが葬った人間に限り復活しないようだ。その代わり死者の意思と魂をその身に受け継ぐ、それは負の感情、呪いといったものを擦り付けるのと同じでありククラは逃げた。だが、そんな地獄の日々もゼノムが来たことで一変したらしい……
「ある日、というかアンユと出会う前のことだ。私の領土である街から人々が居なくなった――――化け物の襲撃なのかと警戒したが違った。全員の死体がある男が来た方角で見つかったのだ。人々の復活場所は決まって豚の領土である南東の先だ。街でその男と別れた後に皆を探しに向かった。だが―――――復活していなかったのだ。誰一人そこに存在していない、まさかと思ったが皆を葬ったのがゼノムだろう。それにゼノムの表情は笑っていた」
「あ、その帰りに私と会ったんですか?」
「そうだな、アンユを見つけた時に失っていた記憶が全て修復されていたな」
何が起きたのか不明だが、アンユとの接触により完全ではないが記憶を取り戻した。アンユも色々と失っている状態で普通の人間と変わらない、身体能力だけでなく回復手段が何一つ無いという……
「何かをキッカケに取り戻せるかもしれない、アンユは今すぐゼノムを追うべきだ」
「そうかもですが、外は化け物だらけですし」
「私かゼノムが殺さない限り復活する」
「命が軽くないですか……!?」
「もしゼノムが失敗しても同じ場所に復活することだってある。死を恐れるな、この世界の上位者を潰さないと元の世界に戻るのは不可能だろう」
「きっとゼノムさんがやってくれますよ、邪神の力が無い私ってただの人間ですし」
「何もない人間でもゼノムと対等に殺りあったやつがいる……」
「それはそれです!私はあの人と違うんですから」
「そうか? アンユがいなかったら今頃アイツは迷い続けた」
「そういうことにされてるだけですよ、現実は違います」
「そうさ、【そういうことにされてる】この世界もそうだ。アンユも私もゼノムもだ」
「あーもう!わかりましたから行きますよ、探せば良いんですよね!」
ククラに背中を押されてアンユはゼノムを探すことにした。特に装備を渡すわけでもなく、最後に言い残したのは「またな」だけであった。街から北西に向かうはずがアンユは南西に進んでいた。相変わらずの方向音痴、何処を進んでいるのかも分からないがゼノムを探していた。
「私にはこの世界に来る前の記憶が残ってる。アンユという聖職者、ラマンという魔王、ドゥバレンという邪神、ラマン・アンユという邪神、そして林田龍斗という男の記憶も……でも力がない」
アンユに残ったものは記憶だけだった。聖職者アンユと同じ肉体に見える女性の身体だが魔法が使えない、筋肉もほとんどない、運動が苦手な普通の女性といったところだ。もしかするとアンユが覚えているからククラは思い出したのかもしれない、だとするとアンユと出会う前にゼノムに出会っている。彼は何だったのだろうか……
「ククラさんの言っていた復活ループが本当なら回復できないだけで聖職者アンユの頃と変わらないんじゃ、私って基本的に何もできないし」
「ほう、こんなところに女がいるなんて珍しい」
「誰ですか?」
皮膚の爛れた男性がナイフを持ってコチラに近づいていた。よく見ると数人にアンユは囲まれていた。全員が武器を持っている。男達の息が荒い、何かの感染症だろうか?
「何者であるかなんぞ意味はない、必要なのは強いか弱いか……」
「私は弱いわ、見ての通りよ」
「嗚呼、女……可哀想に」
「友達を探しているの、他に誰か見なかった?」
「そうかそうか、人探しか……残念だったな」
アンユは男達に押さえつけられ手足を拘束される。何も持たない丸腰のアンユに抵抗する力も無く、何処かへ運ばれた。
運ばれたのはアジトだろうか? 男達の帰りを待っていたかのように建物の窓から顔を出す人ばかりだ。だが、アンユは一人一人の顔を見ていくと気づく。
「女性がいない……」
不穏な空気を感じる。拉致されている時点で良くない状況だが、巨大な豚の周辺で女性の死体だらけであったことも重なる。男達の様子が変である、この地獄のような世界で狂ったり女が足りなくて仕方ないといった野蛮な人とは呼べない。何かが違う、聖職者だった頃の体験と全く違う彼らに生存本能が感じられない。人食の文化もあるわけでも無ければ生け贄といった儀式の類も見当たらない、ここは何かがおかしい。
「神は我らを救ってくれない、死んでも必ず生き返る。それはここにいない者も含めて同じである」
「何が始まるのですか……?」
「だが姫は我らを救う者が現れると信じた。今ここに信じる力が実現したのだ」
「あの私を捕まえることと何が……」
「さあ!男達よ、女神にその血を捧げよ!」
「えっ!?ちょっと……!」
拘束されたアンユに男達の血が注がれる。一人ずつ急所を切り裂き、その度にアンユが血に染まる。
「ど、どういうこと!?皆やめて!」
今までに体験したことのない惨劇が始まった。狂った人々が自殺しているだけでは説明できない謎の儀式だろう? アンユは困惑する。次々と死んでいく男達の姿を見せつけられる。血を浴びる。男達の行動からアンユを女神としているようだが異常だった。アンユは考えた「姫とは誰か」この街に女性が見当たらないことから唯一の女性が隠れているのだろう。
「誰がこんなことを……」
自分が救世主だと自称して信じ込ませたら誰でもリディーマーになれそうな世界でイカれた偽善者が出たとアンユは考える。 最後の男が首を切ったのだろうか、生存者がアンユのみとなった。血を捧げると死んだ者の血を全て浴びさせられ、アンユの全身は真っ赤である。手足が拘束されたままで立ち上がることもできないアンユだった。
そこに建物から現れた女性が近づいていた。その姿にアンユは驚き絶句していた。
「【女神様、皆を救ってくれてありがとう】」
自分と瓜二つの女が立っていた。その手にはペストマスクと注射器、アンユが出掛ける時に身に付けていた黒いコートまでも全て揃っていた。
「【おや? 女神様驚き過ぎですよ、私は姫です。そう……ただの医者ですよ、ふふふ】」
「嘘だ…」
「【この世界じゃ死んでも復活してしまうらしい、だけど安心してね♪さっきまで生きてた人間は女神様に救われたので戻ることはないでしょう】」
「あなたが奪ったのね……記憶以外を」
「【なぁにを言ってるの女神様、私は救世主であり皆をあるべきところに送っただけですよ】」
「質問の答えになってないわ……」
「【うむ、難しいものだな邪神とやらの力も……だが上位者に逆らえないことがこれで分かったであろう? ラマン・アンユだったかな】」
「今はただのアンユよ」
「【この力を制御するのも一時的でしかないし部分的でもある、うっかり一部をゼノムに奪われてしまってな……】」
「受け入れなさいよ敗北を」
「【敗北だと? 最も上に強さの頂点に立つ上位者とは何かを奴に教えてやるだけさ、私は負けない】」
「そんなこと言ってるから私の力をコントロールできないのよ……ゼノムが必ずあなたを倒すわ」
「【倒すのは私さ、負け犬のお前とは違うのだ!!】」
別れの挨拶と言わんばかりの攻撃をアンユに放った。今のアンユを殺すことなど武器すら必要がないが邪神の力を試し撃ちするように消し飛ばした。アンユが死を実感するのはこれで何度目だろうか……
最初の場所と言ったところか、再びあの豚がいる地にアンユは復活していた。ククラの言うとおり、この世界では特定の力を持つ者に殺さない限り復活してしまう。だが、それは同時に殺害した者に特定の力が無いことを示す。
「生きてる……」
周囲にあのおぞましい儀式のような自殺をした者達が見当たらない、完全にこの世から去ったようだ。おかしい……
「アイツは持ってないことになる。じゃあ誰が……」
状況を整理してもアンユは答えを出せないでいた。あの惨劇を説明しようとククラの領土に戻ることにしたが、そこにククラの姿は無かった。




