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第一話 海街(かいが)の狩人 カイト


「ひぇいいいいいいいいいいい」


「あまり大きな声を出しなさんな。お腹の子に触るぜ」


「そ、そんな事言ったってー!!」


 謎の男の背中に捕まりながら、彼女は潮風の匂いを嗅いでいる。

 それは彼女にとって懐かしい匂いだった、両親と共に過ごした青森の海。


 その生誕の地で、彼女はこの匂いをいつも嗅いでいた。

 まさに故郷の香りと、懐かしい水しぶきを感じながら、彼女は謎の男が駆る水上バイクの背を借りて、海原を走る。

 だが、その海原は少し本来の姿とは様子が違う。

 その場所には、多くのビルであっただろう建物が海原の中に沈んで横たわっており、それが本来開けている筈の海の視界を遮り、航路を狭めている。


 そんな彼女のレポートを無視して進む、水上バイクの前面に、崩れたビルの残骸が近づいて来る。


「ぶつかる!ぶつかる!」


 思わず叫ぶ彼女。だが男は冷静な口調で。


「あそこに隙間があるだろう?そこを抜ける」


「な、何を言って!!」


 あまりにも冷静な男の口調。

 彼女はそれに対し、何かを言おうとするが、それより先に男がアクセルを踏んで、バイクのスピードを上げる。


「ひぇえええええええええ!!」


 そのスピードに思わず怯む私。だが男は怯まない。


 男が乗った水上バイクは前方の崩れたビルの隙間に入り込み、その中に突入する。

 ビルの中には半分沈んだ机や、もはや動く事は無いPCの残骸が転がっており、そしてそれ以外の細々とした破片やゴミが、バイクが出す波で、プカプカと浮き沈みしている。


 バイクは、順調に進むかと思われた。

 しかし、その前面で何かが海から飛び出して、その進行の邪魔をする。


「どけ!! 海坊主共!!」


 瞬間、男は銃を取り出して、それに向かって、ドンッと大きな音を立てて撃退した。

 撃たれたそれは大きく後ろに反り返りながらも、その一撃に耐え、再びバイクに向かおうとするが。


「打ち貫け!! 銛船頭!!」


 男がそう叫んだ瞬間、それを私は一度見ただろう。

 男の右隣の空中に、銛を持った、船を模したような頭を持つ片腕の男が現われ、手に持っている銛を思い切り、それにぶつけた。

 銛はまっすぐそれを貫き、そして一瞬びくりと動いてから、それは動かなくなる。


「抜けるぞ!!、捕まってろ! お!」


 お。最後に歯切れの悪い言葉を残し、二人はビルの中を抜ける。

 抜けた先は広い大海原。どうやらあのビル街を抜けたようだ。


 そして、それから男は叫ぶ。


「よっしゃ!!ここまでくれば俺のテリトリーだ!!」


「出でよ!!」」

「我が最大にして、最強の船!!」


「 船 大 砲 !! ヤ マ ト!!」


 男は突如、何かしらの名を呼び大声で叫ぶ。

 いったい何事か、彼女は男に尋ねようとするが。


 刹那、二人が乗っていたバイクが何かに乗り上げ、浮上する。


「え?え?え?え?え?」


 バイクに乗る彼女の視界どんどん上昇して行くのが分かる。

 そして、彼女は先ほど自分達が居たであろう場所を、高い位置から確認する。


「なにこれ、ビルの……墓場?」


 率直な感想を述べる彼女。

 そう、彼女が見たその前方には、海に沈んだビルの残骸が、無数に広がっていたのだ。


 人がかつて営んでいた面影を残した、その人工物の残骸は、広い海原で孤島のようにそこにある。

 彼女はその光景をしばらく眺めていたが。


「来たぞ!!」


 男が叫ぶ。それから、海原からするすると、何かが出てくる。

 それは、初め自分が見た。


「ウミヘビ……」


 そう、それはウミヘビだった。

 最初に私に襲い掛かってきた、小さな、細長いウミヘビ。

 だが、海原の中から姿を現し、ニョロニョロと海面から出るそれは、徐々に徐々に長く長く姿を現し。


「ひぇ………」


 そして、それが終いであろうと思った時には、隣に沈む巨大なビルの残骸と同じ高さになっていた。

 巨大でにょろにょろした大きなウミヘビが、こちらの巨船を睨むように、佇んでいる。


「あ、あのヘビ……あんな大きかったんだ」


「ああ、どうやらあの細さで敵を騙して、油断を誘ってたのさ」


「へ、へぇ……」


 どう活用すれば良いのか分からない知識。

 彼女は聞かされ、空返事をする。


「どうするのーーー? 敵細いよーー? 狙いづらいよーー?」


「え!?」


 彼女は突如聞こえてきた、子供の声にたじろいだ。

 この男の他に、誰か居るのか?

 しかしそれを確認する手段を行使する前に。


「構わねぇ!! 下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる! 撃って撃って撃ちまくれ!!」


 男が先ほどの言葉の問いに答えたのだろう。

 そう勢い良く声の主に話しかけると、声はそれに返答し。


「りょーーかーーい。じゃあ撃つよーー!」


 そう、無邪気そうな声で答えた。


「おい妊婦!!」


「え、はい!?」


「船の下に降りろ!! 艦砲射撃すっから!!」


「えっ!? 艦砲!?」


「良いから行け!! 腹の子に響くだろうがよ!」

「来い!! 煩取り猫!」


 男がまた叫ぶ。そうすると、胸元が大きく開いた猫耳の少女が出てきて、ぶっきらぼうに言った。


「ん、こっち こっちの下。おいで」


「え? え? え?」


 そうして彼女はその何とか猫と呼ばれていた少女に手を引かれ、船内に下りる。

 そしてしばらくして。


「撃て!撃て!撃って撃って撃ちまくれ!撃てばいずれ当たる!!当たれば死ぬ!シンプルイズベストだ!」


 ドンドンと連続した大きな音が聞こえて来る。そして続く振動。


「うわっ!うわっ!だ、大丈夫なの!これ!」


 彼女はその音と振動に動揺し、あたふたと動き回る。

 しかし。


「お腹の子に、あんまり心配させちゃいけないよ?」


「あっ……」


 冷静な、猫だと言われていた彼女の言葉。

 そうだ、ここは落ち着かなきゃ。

 体内に宿る我が子を気遣い、彼女は逸る気持ちをグッと我慢して、それが過ぎ去るのを待つ。


 そして。


「もう埒が明かねぇ!こうなったら、使うぞ!!」


「使うのーーーー?」


「応ともよ!! 行け船大砲!! お前の持つ最大最強の火砲!!」

「 波 動 砲 !!」

「あの素麺にそいつをぶつけてやれ!!」


「え!? 波動砲!?」


 上部から響く男の言葉。その言葉には聞き覚えがある。

 それは昔、祖父が息子 海人に見せていた古いアニメ。

 彼が言った言葉は、アニメの戦艦から繰り出される必殺技の名、そっくりだったのだ。


(そういえば、あの子、あのアニメ好きだったな)


 息子の事を思う彼女。刹那、例のあの猫少女が。


「何かに捕まって、衝撃、来るよー」


 気の抜けたような彼女の言葉。


 が、彼女は波動砲という言葉の意味を理解していた為、この後何かとんでもない物が出る事を警戒し、すばやく近くにあった手すりに捕まった。


 そして。


「撃てぇええええええええええええ!」


 男が絶叫した瞬間、先ほどとは比べ物にならないくらいの轟音と振動と共に。

 今乗っている船からギュゥウウウンという音を鳴らし、何かが発射された、のだろう。

 音はしばらく続き、それから止んだ。


「よっしゃ!!勝利、殲滅!」


「これこそ、男の浪漫そのものよ!」


「がーーーはっはっはっはっは!」


 聞こえて来る男の嬉しそうな声。

 だが、それに水を差すように、船から直接響いてくるかのような声が聞こえて来る。

 おそらく、先ほど聞いた子供の声であろう。


「でもーー 跡形も無く消しちゃったから、また賞金貰えないよーー?」


「あ」


 何か不味い事でもあったのだろう。男が短く呟く。

 が、しばらくして。


「なぁに!!男は細かい事を気にしないもんだ!!」

「そう、俺はこの大海原を支配する、海の男!」


「なら、細かい金勘定なんて、二の次二の次!」

「海の男は細かい事なんて気にしないんだよ!」


「わーーはっはっはっはっは!」


 そう言って、男は笑う。

 その態度は、豪快であった亡き祖父とダブり、彼女はふふふと、小さく笑う。

 がそんな彼女を無視して、猫の少女が口を開く。


「ようこそ、ハンター船 ヤマト号へ」


「どういう経緯か知らないけど」

「船長のカイト含め」


「とりあえず、歓迎するよ」


 猫の少女の、優しそうな笑み。

 彼女がその笑みを返す。が、言葉は無い。


 何を言えば良いか、分からなかった。


  (貴方…… みなと……)


 とりあえずの危機が去り、その後思うのは、自分の家族の事。

 夫と、そして息子の海人[みなと]


 二人は、果たして無事だろうか。


 状況なんて、まったく分からないけれど。

 旦那と子供が、どうか無事でありますようにと。


 彼女はそれだけを静かに祈った。



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