プロローグ 息子の反抗期
「ふん!お母さんなんか大嫌い!」
「あ、こら!待ちなさい!」
「まったく、あの子ったら……」
あまりゲームばかりしては駄目。
その一言で急に機嫌を損ね、居間から立ち去る息子にため息をつく母親。
彼女の名前は岬、三船 岬と言う。
青森の港街で、漁師の元に生まれた、正に海の女。
が、そんな海育ちの彼女も成人し就職して、そして結婚し家庭を持つ。
そんな理想的なパターンで人生を進む彼女は、今ちょっとした難題を迎えていた。
それは5歳になる息子。 その名は海人、御船 海人と言う。
名は今は亡き祖父が付けた。 強い海の男になるように、付けられた名だ。
だがしかし、彼女は東京の会社に勤める夫の後に付き、現在はそこに住居を構えている。
だから、息子が海の男になるかは未知数だが、祖父はその名にこだわった。
そういう訳で息子は海人となり、海の無い住宅だらけの街ですくすくと育つ。
その後、二人目が生まれた。検査の結果は女の子、元気な、女の子だ。
それを聞いた時、息子海人も喜んだ。
だが、それから徐々に父や親戚達、そして母の愛情がお腹の子供に向かっていくにつれ。
息子は段々、その機嫌を悪くしていった。
そして、冒頭の海人の言葉。
それがいまなお、息子海人がへそを曲げている証拠だろう。
彼女の夫は言う。いずれ、受け入れてくれる。
それから一週間、息子はまだへそを曲げている。
何かの切っ掛けでまた素直な息子に戻ってくれればと願っているが、現状でそれが何になるか、彼女には分からない。
お腹の子供はまだ4ヶ月。生まれるまでは、まだまだある。
最悪、娘が生まれるまで、息子がこのままの可能性だってある。
しかしそうなる前に、流石に息子は機嫌を治すだろう。
彼女は自身の不安を根拠も無しに振り払うと、徒歩2分の位置にあるスーパーに向かうべく、その準備をした。
そして行き際、自分の部屋に篭る息子に、何か食べたい物は無いかと尋ねると。
お腹の赤ちゃん、っと答えた。
子供の言う事だからとは思うが、何とも残酷な事言うと思った。
それから彼女はスーパーに向かう。
そして道中の交差点が青になった瞬間を見計らい、通行する。
だが、息子の事をあれこれと考えてい彼女は気付かなかった。
目の前に信号を無視した、バイクが向かっている事を。
彼女の意思が途切れる。
それが、彼女の物語の始まりだった。