第三話
一騎討ちの日に集まって来たのは50人位だった。
元々の原因である僕たち(紅蓮 側の17人と 幻影 側の32人)とお互いの代表となる2人。
どうやらその他の人たちは集まる事を許されてないらしい。
あくまでも一部の若手騎士と従士内でのモメゴトで納めようという事だ。
僕らの代表であるサリファス君が前に出て行くと、相手側からも1名出てきた。
どうやら相手の代表はアルバートさんと同年代、ギリギリ若手と言われる年代のようだ。
「ラーズぅ...」
隣にいるアルバートさんから絞り込む様な声が聞こえてきた。
相手の名前はラーズさんと言うらしいが、アルバートさんのコワイくらい真剣な眼を見るとやっかいな相手らしい。
「やっかいな相手なんですか?」
アルバートさんに聞いてみると「あ゛?」て感じで一瞥くれた後に解説してくれた。
無駄にコワイです。 ハイ。
「ラーズは俺らン代じゃ一等強ェえ奴でな、今の若い奴等じゃサリファスが頭一つ抜けてるが、俺らがペーペーの頃は奴だった。 サリファスと同じで15ン時に騎士になって、最近じゃあ若手の者等とつるんで暴走る事が無くなったと思ってたんだが... ここで出てくるかョ!」
「じゃ、じゃあサリファス君と同じくらい強いって事に...」
「そうじゃねえ! 確かに奴が15ン時なら互角...いや、サリファスの方が強かったかもしれねぇ。 だが幾ら強くてもサリファスはまだ15だ、骨格が出来上がってない。発展途上の強さなんだよ! それに比べてラーズの野郎は肉体的には今がピーク! これから先、経験を積んで更に強くはなって行くだろうが、肉体的には既に完成されてる!」
「じゃ、じゃあ勝ち目は...」
「無い!」
そ、そんな、確かに今回の一騎討ちは 幻影 が名誉回復の為に望んだモノだけど、勝ち目のない戦いなんて...
「それだけじゃねぇぞ!」
え、まだ何かあるの?
「ウチの領内じゃ騎士団が3つあるのはオマエも知ってるな! それぞれの騎士団の成り立ちだが、俺ら 紅蓮 は近隣に出没する魔獣を退治する為に出来たのが始まりヨ! 同じように 天狼 共は町の治安部として出来た! で 幻影 共だが、奴等は戦争の為に作られた騎士団ヨ!」
モチロン、魔獣退治で設立された 紅蓮 が戦争に参加しない訳じゃないし、 紅蓮 以外に魔獣退治が出来ない訳でもない。
しかし騎士団の設立理由が其々の騎士団の特徴に大きな影響を与えているのは想像に難くない。
つまり、対人戦のエキスパートである 幻影の剣騎士団 で訓練を積んだ年数分だけラーズさんの方が有利と言う事になる。
サリファス君達の方を見ると既に二人が睨み合っている処だった。
「判ってンよなぁ! サリファスぅ! 今回ウチぁ負ける訳にイかねーからヨー」仕方なく出ているんだと言いたそうなラーズさんは、つまらなそうな顔をしながらも強力な眼力でサリファス君を威嚇している。
「知らねぇヨ」どうでもイイョって感じでサリファス君は顔は笑ってるけど眼は笑ってない。
でもかかって来ンなら「潰してやンよ」って、サリファス君不利なのに実はヤる気満々です。
そして次の瞬間、ラーズさんの喉を狙ったサリファス君の剣をラーズさんが払い退けていた。
いきなり必殺狙いのサリファス君も、それを軽く弾くラーズさんも恐すぎる。
辛うじて僕が見えたのは最初のその一撃だけで、後は何がどうなってるか判らないほどの速さで十数回の剣激の音が聞こえて来たかと思ったら、二人ともピタリと止まって、サリファス君の頬に一筋の切り傷が薄く浮かんだ。
やっぱりアルバートさんの言うとおり(よく判らないけど)サリファス君の方が不利みたいだ。
二人の動きが止まるとブレイブ君達 紅蓮 の側も、相手の 幻影 側でも耳が痛い程の静寂が辺りを包む。
始まった当初は威嚇と野次の応酬だったのが嘘みたいな沈黙の中、再び二人が動き出す。
ラーズさんの大上段からの打ち込みを盾で受けたサリファス君が蹴りでラーズさんを吹き飛ばす。
「ぐっ... これだから、紅蓮の奴ぁ...」蹴られた腹を押さえてラーズさんが起き上がると、「どぉしたぁ? ラーズさんよぉ? お上品な訓練ばっかで喧嘩のしかたも忘れちまったかヨぉ! だから 幻影 って言われンだよォ」サリファス君が挑発を掛ける。
「確かに戦争時を想定した 幻影 の訓練じゃあ足技なんざ使わねえよな」アルバートさんが解説してくれる「俺らは対魔獣を想定した訓練が主流になるから、武器は剣や槍の様な手に持つモノだけじゃなく足や肘なんかに仕込む場合もあるし、変則的な攻撃を出す訓練も受ける訓練もやってく。 戦争なんかでそんなことしてたら不利になるだけだが、一対一のこの状況じゃあ面白くなるかも知れねぇ」
「じゃあ、サリファス君が有利になる局面も...」
「馬鹿! あのサリファスがそこまでやるって事は、そこまでしなきゃ勝ち目が見えないって事だろうが...」
不利なのは変わらないらしい。
「元々サリファスは剣にしろ槍にしろ天性のモノを持ってるから、返ってあんな戦い方はしねぇンだよ、普通に戦ったほうが強えぇんだよ、でもそれじゃあラーズのボケには勝てねぇから無理にああ言った戦い方で挑発までして隙を作ろうとしてるが」チッ、流石だぜ。 とアルバートさんの視線を追うと、サリファス君の盾がラーズさんに飛ばされる処が見えた。
「青いぜ、俺と戦うにはちぃと早すぎたか?」ラーズさんは勝負が決まったと言った感じでゆっくりサリファス君に近づいていく。
「ラーズ!」サリファス君は剣を両手で持って打ちかかるも「駄目だ...見切られてる」アルバートさんの言うとおり、ラーズさんが簡単に避けて剣の柄をサリファス君に叩き込んで...一騎討ちは終わった。
幻影 の歓声と 紅蓮 の悲痛な呻きの中、ラーズさんがこっちに近づいてくる。
「アルバートよぉ、オメーが落ちつかねぇから、ガキ共の尻拭いに駆り出されちまったぜ?」
どうやらアルバートさんに声を掛けに来たみたいだが、何故か視線は僕の方に向いている。
「そいつが今回の...」え? 僕?
サリファス君さえ簡単に下したラーズさんの視線に硬直してると「オゥ! こいつが 紅蓮 の魔術師のエリン坊やだぜ?」アルバートさんが答えてくれた。
ラーズさんの視線が恐い... いや、それより坊やは止めて欲しい、かな? なんて...
「覚えておくぜ」と言って去って行くラーズさんだが、正直忘れ去って欲しい、僕の事など。
ラーズさんが去って行ったので 幻影 の人達も続いて居なくなってしまった。
サリファス君は神官戦士達に介抱されて意識を取り戻した。
「アルバートさん、ごめん。 負けちまったよ」
「ラーズ相手なら仕方ねぇべ、お前は良くやったよ」
「まだまだ...だよな、俺も」サリファス君は独りごちるが、アルバートさんはサリファス君の肩を叩いて「ま、後2年もすればラーズっくれぇ簡単に抜かせるさ、お前ならな」
「でも卑怯っスよ! 幻影 の奴らぁ! ラーズっつったらアルバートさんと同期で...」ブレイブ君達はまだ納得いかないみたいだけど。
「もう終わった事だ。 それにもし一騎討ちでウチが勝ってたら流石にマズい事になってたかも知れん。 ウチも勝ちには行ってたが、それ以上に 幻影 の奴等にとっては落とせない勝負だったって事だ」
アルバートさんの言葉でとりあえず落ち着いたのでここは解散となった。
突発的な一騎討ち騒ぎの後、僕はメイガスさんの部屋に入って行った。
騎士団に入ってからの僕は基本的にメイガスさんにいろいろな魔術を教わっているので、今日もメイガスさんの部屋で修行に励む予定なのだ。
すると何故かそこにはウェインさんも来ていた。
ウェインさんとは最初の日に挨拶をした位なのだが、僕が部屋に入ったときからこちらを睨んでるという事は僕に用があって来たのだろう。
「エリン...と言ったか。 どういうつもりだ? 団に入って3日もせぬうちに問題を起こしおって」
「す、すいません」
「どういうつもりかと聞いている! だいたい貴様は判っているのか? 各騎士団の従士同士が仲が悪く小競り合いが続いているのは、国境に接しない リープス侯爵領 で騎士や従士達の緊張感を保つ為の擬似戦闘訓練の一環になっていると言う事を!」
なるほど、同じ領内の騎士団同士、何故こんなに仲違いしているのかと思えば擬似訓練の為にわざと仲違いさせている面もあるのか。
「これだから物事を理解出来ない平民は...」等とやはり選民意識の高そうなウェインさんは、何より僕の事がお気に召さないらしい。
「いいか! あまり問題を起こす様なら追放処分もありえると思えよ!」
言うだけ言うとウェインさんは部屋から出て行った。
僕のゴタゴタはまだ続くらしい。