6話
儂は誰よりも儂自身の才を信じその才は唯一無二、誰であっても届かぬ高みの次元にあると自負しておる。
「アルド・カッパーよ。そなたに勇者召喚の任を授ける。」
くだらん。実にくだらん。
魔法において儂に分からぬ事も出来ぬ事も存在はしない。
神が与えたもうたこの才は至高。
最上でありこれより上など存在しない。
長きに渡り才を高め頂きに立つ儂は既に神の力に届いておる。
そう、言うなれば儂は神に等しく、神そのものである。
その神である儂に理解出来ぬ勇者召喚など愚問。
それはすなわち存在する事のない唯のホラ。偽物。
それが分からぬ愚鈍な王よ。
そなたに繁栄などはありはしない。
「ははっ。その任、謹んでお受けいたします。」
しかし、儂は心の広い男。この茶番に付き合ってやるのも悪くなかろう。
そもそも勇者召喚とは何か。
文献を漁り調べれば調べる程その下らなさが浮き彫りとなる。
神々に与えられた法。
初代バルリング王は神々の寵愛を受けそれを授けられたとある。
ならばなぜ儂が知らぬ?
神々に愛され珠玉の才を与えられた儂がこと魔法について神々より授からない物など存在する筈がない。
異世界なるもの。
勇者はこの世と異なる世界、異世界より召喚されたとある。
儂が存在するこの世界こそが唯一。
儂こそが理。
理のない世界など存在せぬ。
よって異世界など存在せぬ。
精霊王達の力。
初代バルリング王は精霊王達の力を借り法を実現したとある。
精霊王の力など儂にとって取るに足らぬ物。
勇者は強大な力を持つ。
剣を払えば森全ての木々を払い、魔法を使えば大地を破り大陸を二つに分けてしまう程の力を持つとある。
威力において剣より魔法の方が上である事は道理。儂の魔法を持ってしても森の木々を全て払いのけるなど不可能であり、すなわち剣でその様な事が出来るはずもない。
魔法についても儂以上の力などあり得ない。
調べれば調べる程露呈する嘘。
嘘、嘘、嘘。
結論から言えば勇者召喚とは空想の産物であり、王族の権威や見栄、愚かにも自分たちの血筋の高貴さを示そうとするあまりに妄想した虚言である事がわかる。
儂以外の力持たぬ者には騙せても神である儂を騙せる筈がない。
しかし、嘆かわし事だ。
こんな戯言に付き合わされ無駄な時間を消費しなくてはならないとは。慈悲深き心で儂自身が了承したとはいえ、まこと嘆かわしい。
勇者召喚の期日まで3カ月を切った頃、儂は王宮内の宮廷魔導士第一位に充てがわれた部屋で漁り尽くした文献を要約し、さも研究が進んでいるかの様にそれらしく報告書をまとめていた。それが一段落した丁度その時、突然の来客があった。
近衛兵を一人だけ連れ立って訪ねてきたその者は愛らしい大きな瞳と鮮やかな青色の髪を伸ばした美しい顔立ちの少女、カルラ・バルリング第二王女だった。
「ご機嫌よう。カッパー様。」
「おぉ、これは、これはカルラ様。ご機嫌麗しゅうございます。」
儂がカルラ王女に御目通りするのはこれで3回目だった。1度目は産まれたばかりの頃、2度目は王都に帰還された際のお祝いの場であった。
カルラ王女は生まれつき体が弱く王都を暫く離れて過ごしていたが、先日12才となり王都にある王立学校の入学を機に王都に移り住む事となった。
「本日はどういった御用件でしょうか?」
と、尋ねてはみたが、どうせ勇者召喚の研究の激励ってところじゃろう。
王にでも命令されたという所かの。
「ええ、実はカッパー様が勇者召喚の研究をされておられるとお聞きいたしまして是非お話しをお聞かせ願えないかと思いまして。お邪魔でしたでしょうか?」
「おぉ、そうでございましたか。お邪魔などとんでも御座いません。それに丁度一区切りついた所でございます。」
「それはよかった!私、実は魔法にとても興味がありまして、勇者召喚だけではなく是非とも高名で国随一の魔導士でいらっしゃるカッパー様に魔法についてお話し頂ければと常々思っていましたの。」
ほう、高名で国随一とな。この娘はよくわかっているようじゃな。
「それは光栄でございます。是非ともアルドとお呼びくださいませ。ささっ、こちらに」
王女を部屋の中央のソファーに座らせテーブルを挟んで並ぶソファーに儂も王女と向かい合うように腰掛け王女の質問をお答えする形で談義を始めた。
なるほど、魔法に興味があると言う言葉は嘘ではないようで、しっかり勉強しているのが話の節々に感じられる。
話は初級魔法の効率化に始まり中級魔法の修練方法などなどカルラ王女の熱心な姿勢は好感を持てた。
時折見せる無邪気な笑顔や頰を赤らめ興奮して話すその姿は幼い容姿も相まってまるで子供そのものだという印象だった。
勇者召喚について聞かれたので書き留めた報告書を持ち出しカルラ王女の前のテーブルに置いた。王女は目の前に置かれた報告書を体を屈め食い入るように見つめていた。
「アルド様!凄いです!これはとても面白いです!」
突然、王女が顔を上げた。
同じように王女が見ていた報告書の文をなぞっていた儂の顔と王女の顔との距離が近いものとなった。
目と目が合う。
吸い込まれるような美しい瞳。
時が止まってしまったかのような感覚。
長い一瞬が過ぎ、目をそらすため視線を少し下げると、王女の胸元から覗く穢れを知らぬ白くきめ細かい肌に膨らみ初めの張りのある胸の谷間が目に入った。
湧き上がる妖しい感情。
なんだこれは?
不思議な感覚に襲われた。幼き少女から垣間見える艶やかな匂い、性、背徳...。
「アルド様?どうかなさいました?」
我に返りカルラ王女に視線を戻せば幼い顔が心配そうに儂を見ていた。
「い、いえ。何でもありません。」
「顔色が悪いようですわ。ごめんなさい。つい熱が入ってしまって長居してしまったようです。そろそろお暇いたします。」
王女はそう言い扉の前まで進み足を止めると振り返り儂を見た。
「その、またお話しをお聞かせ下さいますか?」
「え、ええ。勿論でございます。私のような者の話で良ければいくらでも。」
儂の答えを聞き無邪気な満面の笑みを浮かべ近衛兵と共に部屋を後にしていった。
王女の残像を追うように儂は扉を暫く見つめていた。
それからカルラ王女は度々儂の部屋を訪れた。時には満面の笑みを浮かべ、時には真剣な表情をし美しも愛らしく幼い顔をコロコロと変え、総じて楽しい時間を過ごしているようだった。
王女との過ごす時間が経てば経つほど儂の中の欲に色が付き、その色を濃くしていった。
少女である王女の時折見せる仕草が儂の心をざわつかせドロドロとした色欲が溢れていった。その髪に触れたい、その頰に触れたい、口付けを交わしたい、その幼い体を貪りたい。醜く下卑た、しかし甘美なその欲望は抑え付けようとすればするほど摩擦を生み、欲望は歪な形へと徐々に変化していった。
あぁ、儂はどうしてしまったのか。
儂は女を知らぬ訳ではない。王女は確かに美しく魅力的ではある。
しかしここまで惹かれる理由が分からない。女とはいえ王女はまだ幼い子供。
王女は魔眼の持ち主ではないかと疑った。
魔眼を持つ人間は無自覚に魔法を発動する事が出来、その殆どが精神に感応する魔法だ。中でも魅力の魔眼は相手を魅了し、操ることができる危険な魔法だ。
そしてカルラ王女は魅力の魔眼の持ち主なのではないかと。
しかし違っていた。宮廷魔導士第二位であるアミダーヤはエルフであり、エルフは精神感応の魔法を得意とする種族。そんな奴に腕試しと称して儂に掛かった精神異常を当ててみよと試したが特に異常は見られれなかったとのことだった。
では一体何なのか。
悩み考え思考すればするほど王女に対しての色欲は深くなっていった。
「そうか。勇者の召喚に至らなかったか。」
建国1000年の記念式典の前日、儂は王に呼ばれ玉座に座る王から言葉を掛けられた。王都の有力貴族、高官、王族の方々がこの場にはいた。
玉座の前に跪く儂は横目でカルラ王女の姿を見た。悲しみの表情を浮かべるその姿に儂は苦しんだ。
王は儂を咎めることも罰する事も無かったがカルラ王女の姿は何よりも儂を苦しめ王女の心が儂から離れていくようで怖かった。
王女が儂に抱く魔導士としての尊敬。
それが儂と王女を繋ぐ唯一の物だと分かっていた。
失いたくない。
儂はその日から勇者召喚に没頭する。
存在しないのであれば神である儂が創り出せばいい。
宮廷魔導士第一位の後継者としてアミダーヤを指名し宮廷魔導士の仕事を任せ勇者召喚の研究に没頭した。
王女は変わらず儂に会いに来ていた。
姿を見るたび言葉を交わす度、儂の中の業は深く深く醜く爛れていった。
時間をかけ歪みに歪んだ欲望の果てに儂は王女の血を欲っするようになった。
その血を飲み儂の体の一部となる事を想像するだけで歓喜に全身の肌がざわめき、その背徳の先にある甘美な感覚が儂を絶頂させた。
それは儂にとって欲という欲の頂点だった。
儂は王女の血を手にする為、勇者召喚を利用出来ないかと考え、更に研究に没頭する。
命を削るかの様に何日も眠らず倒れ起き上りまた眠らず倒れを繰り返し数年が経ったある日、それは完成していた。
どうやってそこにたどり着いたかは儂自身にも分からない。理解できない。
しかしそこには数々の伝承とは乖離した、全く新しい勇者召喚の法が完成していた。
「久しく見ぬ内に大分痩せたようだが、して、今日はどう言った用件であるか?」
儂は王に謁見を求め、玉座の前に跪く。人払いをお願いしたため、この場には騎士と高官の数名しかいない。
「勇者召喚、その法が完成した事をご報告したく。」
「何!?」
王は驚きのあまり座から立ち上がり、この場にいた者達が騒ぎ出す。
「それが虚偽であるなら、その方の首を刎ねねばならん。今なら取り消す機会を与える。それは真実であるか?」
「紛う事なき事実にございます。」
「何と!?」
「しかしながら勇者召喚を実行するにあたり必要な物がございます。」
「それは一体?」
「王族の血で御座います。それも穢れを知らぬ女性の血を片手に人掬いほど。」
何と!悍ましい!と周りから声が上がる。
「いいだろう。カルラを呼べ。」
王の間は静まり返り、兵の一人が部屋の外にいるメイドに耳打ちをする。
そして暫くののちカルラ王女は王の間に現れ、「私の血で良ければ。」と了承する。
薄暗い地下の間。石造りの壁に囲まれたその部屋は数本の松明の炎の揺らめきに照らされる。さほど広くないその場所の中央には魔物の骨粉と魔石の粉末を混ぜた灰色の粉によって幾何学模様の円形の陣が書かれ、その陣の外にはただ一人血の満たされた小さな杯を持つ儂が立つ。
ああ、夢に見たカルラ王女の血が遂に儂の体と混ざり合いその一部になる時がきたのだ。
儂は組み上げた文言を魔力を込めて詠唱し、それに呼応する様に円陣が淡く青く光りを帯びる。杯に口を付け血を含み喉を通す。
強烈な快感が全身を巡り体を火照らせ何度も何度も波打つように絶頂を迎え、体が浮遊感を覚えその感覚に酔いしれる。
あぁ、あぁ、何と甘く、美味なのだ!
ゆっくり大切に愛おしく一滴の雫を杯に残し堪能した。
時間を掛け堪能し尽くした儂は、淡く青く光る陣の中央に近づき杯を傾けて残った一滴の雫を陣に垂らし陣を離れる。
陣の光が強くなり渦を巻くように中央に集約され、光はやがて人型を作る。
これで、これで王女の心が儂から離れることはない。
目の前に現れた黒い髪と瞳を持つ男に向け、儂は顔を歪ませ笑った。




