28話
俺はスタンピードに襲われた辺境の街サクマを出た後そのまま東へ向かいバルリング王国と小国アズドーラの国境沿いの森の中にいた。道中いくつかの街や村があったが顔を覚えられるのを嫌いどこも長居できず簡単な補給のみに留めた。
仄暗い道のない森を僅かに木々の重なりから見える日の位置で方角を確認しながらゆっくりと歩を進める。
バルリング王国とアズドーラを行き来する場合の殆どが通行の為に森を開いた道を利用するのが普通だが、その唯一の道には関所が設けられ必ず身分証の提示が義務付けられ身分証が無ければ通る事が出来ない。友好を結ぶ国とは言え人口の流出を防ぐ為であり農民など身分証を持たない者は通る事が出来ず行き来するのは貴族やそれに近しい者や商人、流民扱いである冒険者が殆どだった。
関所以外の方法は国境の殆どを埋める森を抜けるか国境北側の霊峰を越えるしかない。霊峰は非常に危険で高ランクの魔物が多く生息するらしくワイバーンを始め魔獣に分類されるドラゴンの姿も確認された事もあるそうで人は滅多に寄り付く事はない。
そうなれば関所を通る以外で国境を越えるには森を通る以外にないが国境の森にも荒野の森程ではないが魔物が多く生息し、例え魔物除けの香を使い魔物を敬遠したとしても森は深く生い茂り、道無き道を何日も掛けて通らなければならず森を通るのも通常であれば困難だ。
俺も元々関所を抜けアズドーラに入る予定で考えていたが目立つのを避け足跡も残したくなかったので新たに身分証として冒険者ギルドで冒険者証を作るのを辞めた。
サクマから国境の森に辿り着くまでの旅路で何度も魔物と遭遇し、その全てを無傷で対処出来たのだが一番の理由は気配を広範囲で察知する能力のずば抜けた向上のお陰だった。これにより魔物を素早く察知し遭遇を避けたり、一方的に狩る事が可能になっていた。スタンピードでレベルの大幅な上昇が要因だと考えられるが思わぬ恩恵を得る事になった。何より寝ていても気配を感じる事が出来るため野営で就寝中に魔物からの襲撃を防ぐ事が可能になった事は一人で旅をする俺には非常に大きいし、それが国境の森を抜ける手段を選択した要因だった。
国境の森に入って2日経ち森の半分程を進んだ所で魔物数匹が不自然に一部で固まっている様子を発見した。何かを喰っている?俺は静かに距離を詰め森に入る前によった街の武器屋で買った金属製のメイスを力任せに振り一度に数匹の魔物を殴り潰した。
メイスを購入したのは剣よりも安く更に頑丈で長持ちするためだ。魔物全てを撲殺し、他の魔物が寄り付く前に先に進もうと思ったが足元に転がる魔物とは別の、人の死体を見つけ足を止めた。
魔物が固まっていたのはこれを食べる為か。
しかし気になったのは魔物に喰われぐちゃぐちゃになった死体が身に付けている血に汚れた鎧で、それは高価な物でおそらく死体は騎士の物だと分かる。
だいぶ喰われているが数は全部で5人、いや6人か。
死体の跡が無い鎧を含めると騎士は7人いたように思われるし、鎧の造りや彫られた飾り細工を見れば騎士らはアズドーラの人間だと分かる。
何故騎士がこんな所で?訓練か、いや魔物の狩りか?
不可解に感じつつも俺に関係があるとは思えなかった為、それら死体を尻目に先を進んだ。少しして、今度は前方の離れた所にいくつもの気配を感じた。
魔物?いや気配が弱い。人、か。
距離があり、また立つ木々が邪魔で姿は確認出来無いが人のようで、それも20人以上だ。もしかしたら死体になっていた騎士達をさがしているのかもしれない。今俺の姿を見られれば騎士を殺したと疑わられる可能性が高く面倒な事になりそうだな。
俺は慎重に様子を伺いながら近き、目に魔力を込め遠視した。そこは森が開け小さな広場のようになっており石造りの建物が見え、建物の先には森が切り開かれ道があり、道はどうやら森の外まで続いていそうだ。
建物の入り口らしき場所の前には少し離れて4台の大きな荷馬車が待機し男が四人立っている。
冒険者か?何でこんな所に?
皮の鎧を身に付けた四人の男達はいかにも冒険者という姿をしていた。建物の入り口から縄で拘束されてた人々が一列になり姿を現し四人の男達が乱暴に馬車の荷台へ入るように促していた。荷台へ入れられた人々は年齢性別様々ではあるが子供が多く、纏う服装から皆平民のように見えた。皆、表情は窶れ悲壮な面持ちだった。
何だ?奴隷か?
バルリング王国もそうだが小国アズドーラでも奴隷は基本的に犯罪奴隷か借金奴隷のどちらかだが犯罪奴隷は国が管理し、借金奴隷は商人が扱うのだが奴隷商人には厳しい審査と奴隷に対する扱いも最低限の物を求められ、粗末に扱えば商人は重い罰則を受ける事となる。これも1000年前に召喚された女勇者の助言により制定され、今も尚それは守られている。目の前の人々が奴隷であれば扱いとして不適切であるし、そもそもこんな危険な場所に奴隷を集める必要が通常の商人ではありえない。
これは中々きな臭い場面に遭遇したようだが、面倒は避けたい。もう少し様子を見て馬車が立ち去るのを待とう。
建物の中に食料や金品があればそれを頂きたい。
様子を暫く眺めていたが建物から灰色のローブを纏いフードを深く被った者が姿を現し、その者を最後に建物から人が出てくる様子はなかった。ローブを纏う者は両腕で人を抱えていた。顔は角度が悪くこちらからは伺えないが女性のようで赤く長い髪を垂れさせ華奢な体に衣服は仕立ての良い物を身につけているようで貴族のようにも感じた。
女性はローブの者に抱えられ身動きする様子がなく、手足をだらんと伸ばしていて意識が無い様に見えた。
四人の冒険者の様な男達は散り、それぞれ馬車の御者台に腰掛けた。灰色のローブを纏う者が抱えた女性を馬車の荷台へ入れようとした時、女性の顔が一瞬だが見えた。その見覚えのある整った美しい顔に俺は目を見開いた。
あれは!?いや、まさか、彼女がこんな所に居るはずが...。
ライラ・ガーベルト。
俺がアズドーラに来た理由は彼女に会うためだった。




