20話
バスク・オーリアとの戦闘の後、俺は東に進み、日が落ちる前にサクマという街に辿り着いた。
街の門をくぐる際、何やら兵士達が騒がしくしていたが、どうやら領主の帰還が予定の時間よりも大幅に遅れているためだと俺と同じように街に入ろうとしていた何人かの者達が噂をしているのを耳にした。
やはり、この街にも長居は出来そうにない。
騒ぎが大きくなる前に立ち去らなければ。
補給し、直ちにこの街を出たかったが領主と戦ってから街に着くまでの間、何度もゴブリンと遭遇して戦闘となり体は疲弊していた。
もうすぐ夜になる。
この体のままでの夜の野営は非常に危険だと思い、この街の宿で一泊してから明日の早朝に街を発つと決めた。
街はそれ程大きくはなかったがビンドラの街と同じ様に冒険者らしき者たちが多く目についた。
俺は宿に部屋を取った後、保存食を買って回ったがどの店も殆ど底値で買う事が出来た事に疑問に思いつつも宿屋に戻った。宿の一階に併設された食堂には多くの冒険者や商人達がそこで食事を取っており俺も同じように料理を食べつつ、周りの者達の話に耳を傾けた。
どうやらゴブリンの大量発生の所為でビンドラの市場へ持ち込み卸す筈だった食糧などの物資を届ける事が出来ず更に討伐の目処も立っていなかった事からこの街の店々にかなり安く卸す事になってしまったと愚痴を零しているのが耳に入った。
成る程、ビンドラで食糧の値段が異常に高かったのは、供給される予定の物が入らずこの街に流れてしまった事によるものだった訳か。
俺やマイクス、商人がケト村にたどり着いた時、村に他の商人や冒険者の姿がなかった事の理由としても当てはまる。
バスク・オーリアは語らなかったがマイクスが村を襲う際に目撃者を村に立ち入れさせない様にするためにもゴブリンの繁殖を促したとすれば中々頭の回る男だったのかもしれない。
バスク・オーリアの顔を思い出した。
苦痛に歪められたあの男の顔を思い出すだけで、たまらなく喜びを感じる。
勇者、次はお前を絶望と苦痛で歪ませてやる。
俺は木の杯に満たされた温く安い酒を仰った。
安宿の藁の上にシーツを敷いただけのベッドで一夜を過ごし薄っすらと朝日が街を照らす頃に俺は目覚め、手短に身支度を済ませてから宿を後にした。街の門に近づくと夜通しそこにいたのだろう兵士が眠そうな目を擦りながら立っていた。
その兵士に金を渡し通ろうとした瞬間、門が外側から開きそこには全身ドロだらけになり、息を切らし、焦りの表情を浮かべる一人の兵士の姿があり、その姿を目にするのと同時にドロだらけの兵士はその場で膝から崩れ落ち倒れた。
「お、おい。お前確か昨日の夜に領主様を探しに出た兵士だよな?一体どうした?」
俺が金を渡した兵士は倒れた兵士に急いで近づいた。良く見てみれば倒れた兵士は傷だらけだ。
「はぁ、はぁ、ゴブリンだ。ゴブリンの、大群が!」「た、大群!?」
異変に気付いたのか門の横にある詰所らしき建物から数人の兵士が現れ倒れた兵士を囲む。
「一体何があった!?」
「り、領主様を探して、暫く西に、進んだ所で領主様や、騎士達の乗って、いたと思われる、魔物に殆ど食われていた、馬達の死体を見つけて、その周辺を散策、すると、近くの森で、騎士や、領主様の鎧を纏った死体を、見つけて、他の兵士が、近寄ろうと、したら、急にゴブリンが、襲ってきて、どんどん増えて来て、全員で逃げ出したが、どんどん出て来て、あっちこっちゴブリンだらけで、他の奴は全員ゴブリンの波に飲み込まれたんだ」
「ゴブリンの数はどの位だ!?」
「分からない、分からないが、凄い、数、だった、200とか300じゃ、済まない、かも...」
倒れた兵士は言い終わると疲れからか意識を失ったようだった。動揺を隠せない兵士達の視線の陰で俺は魔力を込めた耳を地面に付けた。
西の方角から不規則に地面を叩く音が無数に集まって凄まじい地響きになっていた。
もしこれが全てゴブリンの足音であれば洒落にならない。これは...スタンピードが起こったのか。
魔物の群衆暴走であるスタンピードは数百年に一度起こると言われる魔物による大災害だ。
原因は分からないが爆発的に増えた魔物の群衆がエサとなる全てを喰らい尽くす。もちろんそのエサの中に人も含まれる。
そしてこれの厄介な点はエサを全て食い尽くした後、魔物は魔物同士で争い喰らい合い高ランクの魔物が次々と出現する事だ。
何故魔物同士が喰らい合うと高ランクの魔物が現れるのか理由は分かっていないが今の俺なら大体予想がつく。魔物にもレベルが存在し、魔物を喰らう事によって魔力を取り込み強い魔物が生まれるのではないだろうか。そして高ランクの魔物同士が喰らい合い最終的に魔獣と呼ばれる強力な個体が生まれるとされている。
しかし、魔獣の存在が確認されたとされるのは数千年前まで遡るらしく魔獣の存在の真意は不明だとされているが多分本当の話だと俺は思う。
俺の知る限りでは最後にスタンピードが確認されたのは600年近く前。しかも、東の海を渡った所にあるヴェルヘイム大陸でだ。
600年前のスタンピードでは小さな村が犠牲になったものの、当時その領主であったバリド・クリードがそれ以上の被害を抑え英雄と呼ばれる様になったそうだ。村が襲われエサを食い尽くし、魔物の食い合いで高ランクの魔物が次々と生まれるなか、バリド・クリードは領内より馬を集められるだけ集め、その馬全てに家畜の血を満遍なく馬体に塗り、屠殺した家畜の肉を馬に背負わせ魔物の群れの近くで四方八方に走らせ、釣られた魔物達が群れから分散された時を見計らい多くの冒険者と兵士達で少しづつ狩っていき最後にはスタンピードを抑えたという逸話が残っている。
ここアルムヘイム大陸でスタンピードが起こったのは600年以上前の話だとされ、スタンピードの存在すらこの大陸では知らない者も多く、スタンピード対策などあるはずもない。
魔物の大群であろう地響きは近い。
音の大きさの上がり具合を考えてもかなりの早さでこちらに近づいているようだ。
スタンピードは通常発生源の近くからさほど移動する事はないと聞く。近くのエサを喰らい尽くせば直ぐに魔物同士の食い合いが始まるからだ。
原因はおそらく、逃げ帰った兵士だろう。
兵士の流す血に惹かれこちらに方向を向けたと考える方が自然だ。スタンピードの魔物は酷く興奮するためか魔除けの香も聞きづらいと聞く。
不味い事になった。
逃げようにも馬はなく、逃げたとしてもあの早さでは追いつかれ飲み込まれてしまう。
死んでも尚、領主の悪意はスタンピードと言う形で俺を襲う。




