2話
上も下も右も左もない真っ暗な世界。ここに一つの小さな光が灯る。光はやがてゆっくりと形を変え徐々に大きく広がっている。
--ここは、一体どこだ?
次第に広がる光は色を帯び、映し出す。
--ここは...ああっ...ここは
光りは闇を覆い尽くし、風景と変わる。
--そうだ...ここは我が家...リースロット家 の屋敷...それにあれは.....俺
映し出された男は輝く金色の髪と深く青い瞳の端正な顔立ち。背は高く、体躯はしなやかで洗礼された衣服の上からでも濃密に鍛えられているのが分かる。
そして何より幸福と慈愛に満ちた微笑みが男自身を表していた。
しかし光は歪む。
渦を巻くように歪み映し出された男の像も歪められ色彩が混ざりあい気持ちの悪い物へと変わる。
--ああっ...俺が...俺で無くなる
光は混ざり混ざり、次第に新たな別の物へと形作り、男となる。しかし先程の男とは違う。黒い髪、黒い瞳。小柄で少年の様でもある幼く美しいその顔には悍ましい下卑た笑顔が貼り付ついていた。
--あぁ...貴様は...貴様はっ!
「やぁ、ルディ君。奴隷生活は満喫してるかい?」
--ふざけるなっ!...貴様のせいで俺はっ!
「いやぁ。楽しんでくれてるみたいで何より。僕の方もしっかり楽しんでるよ。君が居なくなってくれたおかげでね。それにしてもリースロット家の屋敷は素晴らしいね。広いし綺麗だし流石由緒ある伯爵家の屋敷だよ。あぁ、元伯爵家だったね。くっくっく。庭も花とか一杯あって綺麗だし心洗われる様だよ。僕は大層この屋敷が気に入ったよ。だから安心してこの屋敷は僕に任せて君は心置きなく奴隷生活を全うしてくれたまえ。」
--誰がお前などに!その屋敷は俺の物だ!
「そうだ。僕今度結婚する事にしたから。ねぇ?誰だと思う?そう!君の大切な大切な元許嫁のマルティナ嬢さ!どう?驚いた!くっくっく。君の代わりに大切にするから安心してね?でもなぁ、彼女貴族としての格が低いからなぁ。今後の僕のハーレム計画達成の上でも正妻っていうのはちょっとなぁ。側室、いや、愛人ポストでいっか。君の代わりにたっぷりと可愛がってあげるからね。楽しみだなぁ。あの綺麗な顔を歪ませて、美しい体を弄って。ぐふっ、ぐふふふ。」
--貴様ぁぁぁっ!殺すっ!殺してやるっ!
「天然リア充の君みたいなのはしっかりと苦しんで死んでもらわないと僕の気がすまないからね。まぁ、何にせよ安心してよ。君の代わりにリースロット領は僕が発展させるから。俺の内政チートが火を噴くぜっ!無双して俺tueee!でハーレム街道爆進してくからwww」
--な、何を言ってる?何をしようとしている!?
「それじゃ、せいぜい苦しんでねー!犯罪奴隷君!」
光は徐々に小さくなり男の姿をゆっくりと消していく。
--待て!行くな!殺す!殺してやる!
殺してやるっ、勇者!!!
「勇者ぁぁぁぁぁっ!!!」
部屋に備え付けてある窓から朝を知らせる日の光が部屋を照らしていた。
「おい!うるせぇぞ!」
声の方を向くと俺の横で寝ていた奴隷が不機嫌そうな顔していた。その奴隷の窶れた汚い顔を見て現実を思い出す。
どうやら叫んでいた...みたいだな。
久しぶりに見た夢だった。
ここに来た頃はよく見ていた。
あの男、勇者と名乗る男が現れる夢。
あの男に対しての深く激しい憎悪が夢を見させていたのだと思う。しかし、深く激しく奴を憎めば憎む程、その憎しみが自分自身を苦しめた。復讐が不可能だという現実を知れば知るほど俺を苦しめ、それに耐えられなかった。苦しく辛く身を裂かれそうな思いは耐え難かった。
だから俺は気付けばその事、奴の事を忘れようとし奴に対しての憎しみに蓋することが出来ていた。夢は見なくなり奴の事自体忘れるようになった。
しかし何故また奴の事を突然思い出したのか、夢に現れたのか。そういえば死期が近い者に時折死神が夢を見せるという迷信があったが、そうか、それか。だとすればもうすぐ俺は死ぬのかもな。
身体のあちこちが痛い。ふらつく頭。
なんとか今まで生きてこれたが身体の限界は近いと感じる。それにしても死神も何故こんな夢を見させたのか。せめて最後ぐらい楽しい夢を見させる慈悲を与えてくれてもいいのではないか。俺が一体何をしたというのか。
一度思い出してしまった激しい憎悪は収まる事なく俺の身体に纏わりつきじわじわと締め付けるその感覚は苛立たしくもあり苦しくもある。
憎い、憎い、憎い。
もう僅かにしか力の入らなくなった手で鍬を持ち弱々しく振るう。
固い大地に怒りや憎しみを込め振るうたび鍬先を打ち付けた。
もう枯れた果てたと思っていた涙が頬を伝うのを感じる。
唇を噛み締めれば口の中に血の味が広がる。憎い、憎い、憎い、憎い。
溢れる涙が止まらない。
「おい、こいつ泣いてるぞ。壊れたかな?」
声のする方に顔を向けると兵士が二人立っていた。昨夜、倒れた奴隷を必要以上に殴り付けていた奴らだ。二人とも笑みを浮かべ俺を見ている。憐れみなど一切ない、子供が面白そうなおもちゃでも見つけたような無邪気でしかし残酷で下卑たその笑みに俺は夢に現れた勇者を見た。
「がぁぁぁっ。」
俺はか細く声にもならない声を上げながら、渾身の力を振り絞りその顔に鍬を打ち付けようとしたが力無く振るった鍬は容易にかわされ大地に刺さり、ふらつく身体は勢いのままその場に倒れ込んでしまった。
「おいおいおい。完全に気が狂っちまってるみたいだな。」
「ああ、こりゃ作業なんて出来ないな。タダ飯食わせる訳にもいかないしなぁ...処分だな。」
倒れた俺の後頭部を兵士は踏みつける。熱せられた固い大地に顔を押し付けられじんわりと顔を焼く。
クソっ!クソっ!クソっ!憎い!憎い!憎い!憎い!
このまま俺は死ぬのか?
嫌だ死にたくない!
憎い!殺す!憎い!憎い!憎い!
身体を動かそうとしても力が入らず踏まれた足を払うことすら出来ない。
「なんだこいつ。虫みたいに蠢いて気持ち悪い奴だな。」
突然、笛の音が響く。
甲高い音は遮る物のない荒野全てに響くのではないかと感じる。
「な、なんだ?」「ど、どうした?」
二人の兵士らは突然の笛に辺りをキョロキョロと見渡した。動揺のためか俺の頭を踏んでいた兵士の足の力が抜けて行くのを感じた。
「敵襲ー!敵襲ー!」
遠くの兵士が叫ぶ。と同時に森の上空より物凄い速さでこちらに飛んでくる3頭。
ワイバーンと呼ばれる魔物で飛竜種という種類に分類される凶悪な魔物だ。
3体の魔物は荒野にたどり着くやいなや奴隷、兵士に関わらず襲いかかる。上空より降下する勢いそのままそこにいる者の上半身を食いちぎっては空に舞いを繰り返し一人づつ命を奪っていく。
「やばい、砦に早く逃げこむぞ!」
ワイバーンは魔物の中でも高くランク付けされており、空を舞うため物理的な攻撃が届きにくく魔法での攻撃は必須だ。
だがしかし高ランクの魔物に対抗できる程の魔法使いは少なくこんな辺境の場所にいるはずもなく、抵抗するのは無意味で兵士達は逃げるしかない。
俺を甚振ろうとしていた2人の兵士はかなりの動揺を隠せない。そもそもこの荒野に魔物が姿を表す事は滅多にない。すぐそばの森に入ればいくらでも見ることは出来るのだが、理由は分からないがたとえエサになる人間達が荒野にいると分かっていても足を踏み入れることは全く皆無という訳ではないが殆どなく、ましてや高ランクの魔物などは滅多に見ない。
だから今起こっているような事態は想定されておらず対策など兵士達は何も持ち合わせていない。何か、余程の事が3頭のワイバーンにあったのではないかと思われるが兵士らがそんな事を思案する余裕なく強く動揺する。
「おい!お前!何しやがる!」
俺は逃げようとする俺を踏み付けている兵士の片足を掴んだ。焦った兵士は棒で地を這う俺を何度も打ち付けるが俺は兵士の片足を両腕で抱きかかえるようにし離さない意思を示した。
「くそっ!離せ!離せぇっ!」
もう一人の兵士はすでに逃げていた。
どんどん周りが命を奪われる中、兵士の焦る声と恐怖を浮かべる顔に俺はたまらなく満たされていた。
絶対に足は離さない、道連れだ。
焦る兵士だが腰には携えた剣がある事を思い出し手に持つ棒を投げ捨てそれを抜く。剣身はくすんでおり安物だとすぐに分かるその剣を振りかぶり、剣は日の光を反射し鈍く光る。
「死ねっ!」
兵士が腕に力を入れた瞬間、兵士の首が落ちる。首だけではなく振りかぶった剣とその両腕、上半身ごと、目に辛うじて追える早さのワイバーンの影が兵士の身体を通り過ぎると共に食い千切られ血を辺りに撒き散らした。俺は返り血を浴びた顔に笑みを浮かべる。
久しぶりの笑顔は笑い方を忘れた俺には引きつり不細工なものしか作れなかったがどうでもよく、心から湧き上がる幸福感に満たされた。
上半身を失った兵士はゆっくりと倒れ俺の腕も力を失くし掴んでいた兵士の足を離す。振り絞った力が底をつき、荒野に響く悲鳴やワイバーンが肉を貪る音を聞きながら俺は次第に意識を失っていった。




