16話
通りは朝から賑わい、多くの行き交う人々の喧騒が活気を感じさせる。木造建ての薄っぺらな安い宿屋の部屋に防音なんて効いてる訳もなく、活気なんてこの宿の客にとっては寛ぎを邪魔する騒音でしかない。
外の騒がしさで目覚めた俺は身支度をして宿を後にし冒険者ギルドへ向かった。
マイクスは既に来ていたようで盛り上がった筋肉に窮屈そうな皮の鎧を纏った姿は昨日見た姿と変わりなかったが昨日とは違い腰に鉈のような剣を鞘にも入れず厚みのある剣身を剥き出しにしたままで腰に携えていた。
マイクスと軽く挨拶を交わし、今回護衛する商人の元へと向かい合流した。
商人は流れの商人で、店を構えず一人で商売をしながら各地を転々としているそうだ。
馬車一台と商人、俺、マイクスの3人で街を後にした。
馬車にはいくらかの食糧と沢山の魔物から取れる素材を積んでいるとの事だ。
魔物除けの香を焚き、商人は馬車の御者として馬車に乗り俺とマイクスは馬車の横にそれぞれ挟んで歩く。
魔物除けの香を焚いているため道中魔物と遭遇する事は殆ど無いと思うが油断は出来ない。何より商人が警戒するのは盗賊の存在があるからだ。
だから護衛に付く冒険者は魔物よりも盗賊に警戒する必要があるが俺達が行く経路は今まで盗賊が出ることの無かった道らしく、護衛としての仕事は少ないと思われるため報酬は少なく今回の仕事内容には護衛とは別に目的地に着いた際の荷降ろしや道中の馬車を引く馬の簡単な世話なんかも含まれていた。
そもそも強い魔物が多く蔓延る辺境の地で盗賊行為を行うのは自殺行為だ。森や平地に潜み、いつ来るかわからない獲物を待っている間に自分たちが魔物の餌になってしまう可能性が高いからだ。
「そうか、魔物に襲われて荷物全部駄目になってしまったのか。そりゃ大変だったなぁ」
しばらく道なりに進むと峠が見えてきた。長い坂道が続くとの事で馬を休ませるついでに俺達も休憩する事になり、ビンドラに入るときに検問の兵士についた街までの嘘の経緯を話していた。
「ま、生きてりゃ何とでもなるさ。運が良かったと思うこったな」と俺に笑ってみせた。
色々と話をしている内にに馬が忙しなく体を揺らし始め、辺りを見渡すと少し離れた場所で魔物が一匹うろついていた。魔物除けの香が効いているのでこれ以上は近寄って来ないだろうが、魔物の姿に馬は怯えをみせ馬が体力を消耗してしまう事を嫌いその魔物を狩る事にした。
「俺がやるからよ。まあ見ときなよ」
マイクスは腰に携えた鉈のような剣を構え、少し姿勢を低くし静かに近づいた。
近づいて来たマイクスに気づき威嚇してきた魔物はホブゴブリンと呼ばれる魔物で通常のゴブリンよりも体が大きく強い。
マイクスは一気に距離を詰め、横一線の斬撃を繰り出し一撃でホブゴブリンの首を落とした。見事な太刀筋と身のこなしが家臣だった、ディオスに被る。
笑顔や雰囲気もそうだがその動きや強さにもディオスに似ている部分が多い事に少し違和感を覚えたがそれ以上思う事はなかった。
旅路は順調で野営を挟み次の日の夕方にはビンドラと目的地である街サマクとの間の距離の半分ほどに当たる場所にあるケマ村に辿り着いていた。
背の低い建物が疎らにしかなく村というより集落といった感じだがビンドラとサマクを行き来する旅人や商人が多いためこの村には休憩地として小さくはあるが宿屋が建てられているそうで今日はそこで一泊する流れとなっていた。
宿屋に着くと今は誰も客が泊まっていない為部屋が空いているそうで商人の厚意により一人一部屋で泊まることとなった。
それぞれ部屋に荷物を置いた後一階に併設された食堂で俺、マイクス、商人の3人で卓を囲み料理や酒を飲みながら談笑し楽しい時間を過ごした。
いつ振りかの楽しいひと時は温く安物の酒や粗末な料理の味を上げた。マイクスからは護衛の後に一緒にパーティーを組んで暫く稼がないかと誘われた。
勇者への復讐を考えれば、出来るだけ早く王国を出るべきだと思っていた。
しかしもしかしたら急ぐ必要は無いのかもしれない。
勇者と言えど直ぐに何かするわけではないだろう。
マルティナも勇者に手篭めにされたと決まったわけではない。
情報を得る為には時間をかける必要があるかもしれない。
俺は勇者への怒りや憎悪を失った訳ではなかった。王国を早く出ることが必要であると分かっている。だが、昔、慕った家臣に良く似た男の誘いを受ける為の言い訳を心の中でいくつも呟く。それ程、マイクスという男は俺に失った温かい何かを与えていた。
マイクスには考えさせてくれと伝えたがその選択肢を選ぶ余地は俺の中に生まれていた。明日は朝早く村を発つ事が決まり酒を飲み過ぎた所為か頭が重くなった俺は先に休む旨を二人に告げ宿屋二階の自分の部屋に入りベッドに横になり眠りについた。
村には十数人しか住んでおらず夜は静かなのは当然。しかし、当然の静けさに違和感を覚え瞳を開いた。
体が重い、飲み過ぎたか。
仰向けの体を起き上げようと思ったが体の微妙な重さに逆らわず二度寝しようと瞳を閉じた。
一瞬かそれとも10秒ほどたった後か、気配を感じる。ゆっくり瞳を開き暗闇の部屋を瞳だけで見渡す。
見えない、だがいる。
何かが空気を割く音が聞こえそれが俺の身体に向かって来るのを瞬時に判断し身体に触れる刹那、それを掴んだ。掴んだ手に鋭い痛みが走り、刃物だと気付く。
「なっ!?」
男は声をあげた。驚いたのだろう、動揺からか振るった刃物に一瞬力が抜けたのを掴んだままの手から感じ、その隙を突き素早く起き上がり咄嗟に声を漏らしてしまった何者かのその声の発した方に向け力を込め殴りつけ、床にドサっと倒れこむ音がした。
殴りつけた相手の骨の砕ける感触を拳に感じつつ、魔法の光で照らし何者かを確認すると、殴り付けたのが顔だったようで変形し折れた頬骨が皮膚を突き破って血塗れになっていたが、服装とその顔でそれが商人である事がわかった。力を失った商人の手にはかろうじてナイフが握られていて、ナイフは血で濡れていた。
一体何故...。
商人の姿に動揺しつつもナイフを掴んだ時に負った手の平の切り傷を止血するためベッドのシーツを破って手に巻きつけ、壁に立てかけておいた剣を取り重い体を引き擦りながら部屋を出た。マイクスの泊まる部屋を尋ねるも気配を感じず扉をノックしても反応がない。
なんだ?一体どうなっている?
混乱しつつも一階へ向かう。
階段を降りた時、宿屋の入り口が開き人影が現れた。人影の背後を外の月明かりが照らし正面の姿では影になって何者か確認できないが、その影が腰に携える抜身のままの鉈のような剣身が月明かりに照らされ影が誰なのか理解させた。
照らされる鉈の様な剣身には血が滴っていた。
「ちっ!あの野郎、しくじりやがったか」
魔法の灯りで淡く照らされた俺の顔を確認してだろう、悪態をついた。
「マイクス、一体何をしている?」
「何を?お前は今から殺すんだ、関係ねぇよ。ああ、村人は全員殺したから、助けを呼んでも無駄だから叫ぶなよ。騒がれると鬱陶しいからな」冷たく低い声で俺に言い放ち、マイクスは剣を構え姿勢を低くした。
「何故こんな事をしている?」
「何故...何故だと!?俺だってこんな面倒くさい事したくねーんだよ!まぁ、いいお前どうせ死ぬんだ。教えてやるよ。ビンドラの今の領主様がよ、昔遠征に出た時にこの村に立ち寄って村長の娘に手を出したんだってよ。最近になって村長の娘がそん時の事言い降らしたらしいわ。そんで、自分の子供は領主の血を継いでるってな。今そのガキの存在は領主様にとって邪魔な状況なんだよ。
で、だ。口封じを俺に命令したわけだ。
噂が広がってるかもしれないからそのガキもろとも村人全員な。俺は騎士だぞ!
何でこんな下らない尻拭いなんかしねーといけねーんだよ!小汚い冒険者の格好してまでよ!クソっ!クソっ!クソっ!」
俺に伝えると言うよりも自分の不満を吐き出す為に語り、怒りをぶつける様に何度も剣で床を叩いた。
「お前を殺すのはよぉ、お前が村人全員殺って逃げた事にするためなんだよ。お前の死体は魔物にでも食わせりゃ跡かたも無くなるって寸法なんだよ」
「何で、俺なんだ?」
「何でって...がははっ!お前のその面だよ!お前のその面なら村人全員殺したっておかしくないって納得させやすいだろうが。ギルドでも目立ってたし、パーティーも組んでなかったみたいだし丁度お誂え向きだったんだよ、お前がよぉ!」
理不尽。
この理不尽さは奴の、勇者の物と同じ。
何故俺はこんなクズにディオスを見た?
こいつは勇者と同じクズじゃないか!
怒りと憎しみと後悔と悔いと、色々な感情が渦巻き全身から溢れでそうだった。
「そういや、あいつはどうした?あの商人。腕の良い殺し屋---へっ?」
強く魔力を込めた風の刃は男の体をバラバラにし血を撒き散らし、そのまま宿屋の入り口の壁を抉りとる。
転がって来た男の顔を眺めながらディオスに許しを請いた。
お前とこの男を同じ様に感じた俺を許して欲しい...。
俺は剣を突き立てる。
ぐさっ。男の顔を貫いた剣を抜き、懐からディオスの名が刻まれた銀色の薄い金属の板、冒険者証を手に取った。
怒りや憎しみを魔力に込め魔法の火で冒険者証を焼く。
火は無限に湧き上がる感情を込めるように魔力を込め火は密度を濃くし手に持つ金属の板を溶かす。
溶かされた銀色の雫は男の顔に溢れ、その雫一粒一粒が皮膚を焦がし、板が全て溶け切った時、顔は銀色の雫に覆われ、歪に禍々しい形に冷え固まっていた。
ディオスはもういない。
分かっていた筈の俺を許してくれ。
月明かりが照らす静まり返った夜、馬車を引く為の馬を馬小屋から連れ出し跨り逃げる様に血の臭い漂う村の東に馬を走らせた。




