12話
窓の薄暗い空から稲光が起こり同時にゴロゴロと音がなる。一雨来そうだ。
「おーい、誰かー」
と言ってもこの店にいるのは私の他には一人しかいないのだが。
扉の向こう側から何やら不穏な音が聞こえる。
バタバタ、ガシャーン、パリン。
はぁ、またか。
「お、およびでしょうかご主人様」
恐る恐る扉を開け部屋に入って来たのは猫背で如何にも幸の薄そうな顔をした若者。
与えた服は割といい物の筈なのにその顔の所為なのか貧相に見える。
「タジン、雨が降りそうだから今日のオミゴ草の採取は中止する。代わりにお前は冒険者ギルドに行ってオミゴ草の採取の依頼を出しておいてくれ。必要な数は分かっているな?」
「は、はい。わ、わかりました。す、直ぐに行って来ます」
タジンは私に一礼し勢いよく部屋を出ようとした。開いてない扉に向かって。
中々に派手な音を立て扉にぶつかり扉の前にうずくまるタジンの姿を見て私は眉間に皺を寄せた。
「それからタジン。部屋に来る前に壊した物。後でちゃんと片付けて置くように。それと壊した分は、いつも通り給金から引いとくからな」
「そ、そんなぁー!」
「そんなもくそもあるか!首にならんだけマシだと思え!ほら、さっさと冒険者ギルドに行ってこい」
不服そうに返事をして部屋を出て行ったタジンを見て私はため息をついた。
小さな村であの若者を引き取ってからもう三年が経つ。それなのに仕事は中々覚えられずしょっ中、店の物を落としたり、つまづいて商品を壊したりと鈍臭いにも程がある。
普通であれば即クビにするのだろうが、あの若者には唯一と言っていい特技がある。
それは薬草類の目利きだ。
私が薬師を目指し今では亡くなった師に教えを請い始めたのが35年前。
毎日毎日時間を惜しまず努力し、師に認められ後継者となり気付けば周りから大陸一の薬師と呼ばれる様になっていた。
しかし、そんな私ですら、材料となる薬草を完璧に見分ける事は難しい。
勿論そこらの薬師と比べれば私の方が薬草に精通している自負はあるが、タジンのそれは私を軽く凌駕すると言っても大袈裟ではない。薬草は効果も味も見た目もほぼ同じ様な物が非常に多く判別がしにくい。
微妙な違いの種類の物が無数とあるのだ。
しかし、その微妙な違いという所が非常に重要で、見た目は全く一緒の物でも魔力を込めつつ調合して出来上がると効果に大きな差がでる場合が多々あり失敗する事も多くある。
しかし逆を言えば薬草の目利きが完璧に出来れば素晴らしい薬師となれるし、タジンにはそれが出来るのだ。
3年前にある村を訪れた。
薬草採取のためだが何ぶん初めて土地だったため、その村の村長に幾らかの金を渡し案内役として誰か付けて欲しいと頼んだ。
その時に案内役として紹介された若者がタジンだった。
タジンは薬草を完璧に見抜き採取していった。何故そんな事が出来るのか、誰に一体教えてもらったのかと尋ねると、タジンは薬草をじっと眺めるとその情報が頭の中に細かく記されそれを見て判別しているらしく、しかもそれは薬草に限った事ではないと答えた。
これには私も非常に驚いた。
そんな力は聞いた事もない。
しかし、その力が本物であれば凄い薬師になる筈だと私は確信した。
大陸一の薬師と呼ばれる様になっていた私だが、未熟な自分自身を高める事に注視するあまり、後継者の育成を疎かにし、弟子を取らずに過ごしていた。
だが、尊敬する師から受け継いだ物を私の代で断つわけにはいかない。
継承し更に発展しなければならない。
その為にもこの若者が必要だと、タジンという才能を目の前する事で思い至った。
タジンに私の弟子になるよう打診し、それをタジンは快く受け、今日に至る。
しかし、それも今となっては少し後悔をしている。タジンは想像を絶する程、不器用なのだ。今からでも遅くないし、新しい弟子でも取ろうかな、などと最近私はよく考える。
ポツポツと雨が窓のガラスを叩く。
本格的に雨が降り出したようだ。
元々今日はオミゴ草の採取で外出する予定だったため店を閉める予定にしていた。
雨が降りそうだった為採取に出かけるのを取りやめたのだがたまにはのんびりしようと店は閉めたままにする事にした。
まぁ、普段から殆ど客は来ないのだから大した問題ではない。
私の仕事の9割は国や貴族からの特別注文が主であり普段から店頭に立つ事はあまりない。
休む事を決めたのだが今は特に注文を受けておらず暇だったため私は日課にしている薬の調合レシピをいつもよりのんびりと時間を掛け手帳にまとめて時間を潰していた。
すると勢いよく扉が開かれた。
「た、ただ今戻りました」
タジンの服はずぶ濡れで服からぽとぽとと沢山の雫が落ち床を濡らしていた。
「私は雨が降るって言わなかったか?何で傘を持って行かなかった?はぁ、もういい。体を拭いて着替えて来なさい」
「は、はい。あっ!そ、それと先程貴族の使いの方から手紙を預かりまして。こ、こちらをどうぞ」
タジンは所々濡れた一通の封筒を差し出し私はそれを受け取った。
封筒の表にロメル・クーマン宛と書かれた字は、濡れて滲んでいた。
間違いなく私宛のようだが、見慣れたその字に顔をしかめた。
「あ、あの、どうされました?」
「いや、なんでもない。それより早く着替えなさい」
一礼をしタジンは扉を開け部屋を出て直ぐに躓き派手に転んだ。
その姿を見てため息をつき、タジンが去った後、椅子に座り預かった封筒を開け中の手紙を読み、ため息をついた。
これで7通目だ。
送り主はここより南にあるバルリング王国東に隣接する国アズドーラの貴族。
内容は過去送って来た6通の手紙と同じく、不老不死の霊薬についての内容だった。
要約すれば大陸一の薬師である私に作って欲しい。それについての研究費も報酬も惜しまないとの旨だった。
私は手紙に魔法で火をつけ処分し、椅子に腰掛けたまま体を反らし天を仰ぎ目を瞑った。
不老不死とは人を狂わす魔性の言葉だ。
師の言葉を思い出した。
師は私に後を継がせる際、ある話しを始めた。エルフである師の祖父はエルダーエルフと呼ばれる種族でエルフよりも寿命が長く600年程生きる事が出来たそうだ。
エルダーエルフはエルダーエルフとのみ交わる事でしかエルダーエルフの子を生む事が出来ないためと、出生率も他の種族と比べるとかなり低くかったらしくその為、数は少なかったらしい。
師の父もエルダーエルフとエルフの間に生まれた為ただのエルフだったそうだ。
師の祖父はエルダーエルフの里で生まれ育ったが幼少のある日、師の祖父とその兄と一緒に狩りに出かけ、里に戻ると里は襲われていた。大勢の人間の兵士が里に攻め込んだようだったが森の木々に隠れ、里の様子を伺った師の祖父とその兄はそこで悍まし光景を見た。エルダーエルフの皮を剥ぎ、肉を切り、焼き、がむしゃらに食らいつく人間の兵士達の姿だ。
師の祖父はその兄に連れられその場を逃げ出した。それから長い時を兄と二人で生き、師の祖父は薬師を目指す事を決め、兄と離れ一人で世界を旅しながら多くの知識を蓄えていった。そしてその知識の中には不老不死の霊薬の作成方法もあった。
その旅の中でエルダーエルフが襲われ食われた理由を知った。
ある国の王が不老不死の軍を作るための研究をさせ、長寿であるエルダーエルフの血肉を取り込めばあるいは不老不死に近づくのではないかとの結論に至りその国の王はエルダーエルフの里を襲わせた。
それを知った師の祖父は不老不死の霊薬を作れないように詳しくは語られなかったそうだが各地に赴き封印したそうだ。
そして、不老不死の霊薬に関わる事を禁忌とするよう師の父に伝え、そして師の父から師へ、師から私へと伝わった。
私は師に何故私はエルフでは無いのに私を弟子にされたのかと尋ねた。
師は私には純粋な心があり、師自身を信じる心を持ち合わせているからだと言い、子のいない師は私にクーマンの姓を名乗らせた。
不老不死の霊薬は今の私とタジンの力があれば或いは作れるかもしれない。
しかし私は、私を信じてくれた師の教えを守るためクーマンの名において、不老不死の霊薬には永遠に関わることはない。




