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誰が為の力?  作者: 渋谷 啓介
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1話

俺には全てがあった。


地位も名誉も才も美貌もそして輝かしい未来も。名門貴族の家に長男として生まれ、少し勉強をすれば「神童だ!」と騒がれ、剣や魔法を齧れば「天才だ!」と喜ばれ、社交界に姿を表せばその場にいる全ての淑女達から「素敵!」と持て囃された。


心技体美、全てを備えていた俺だったが、だからと言って奢る事もなく全てにおいて研鑽を怠らず、自分を高める努力を惜しまず、他人を蔑まず交友関係を広げ人格者として努め、ごくごく一部の嫉妬や妬みの視線を向ける者達を除き、多くの人々に支持され、挙げ句の果てには国王陛下にまで目を掛けて頂くようになり、俺が父の後を継げばリースロット家には繁栄あるのみと多くの方々に認識されていた。


尊敬する両親と気心の知れた家臣達、美しい許嫁と共に紡ぐ未来には希望しかなかった。煌びやかにそして優雅に生きていた俺はまさしく幸せだった。


しかし、今はどうだ?薄汚れた雑巾のようなボロボロの服と呼べない布を纏わされ、髪から足の先、身体全体が土埃で煤け、両足には鎖に鉄球を繋がれ、炎天下の中、水も食事も満足に与えられず固い大地を鍬で耕ささせられる日々。


毎日毎日果てのない荒れはてた荒野に向かい鍬を振るえば手には不細工な豆とタコだらけで、随分と長いこと耐えて来たものだと、ふいに心に灯る小さな満足感に悲しみを覚える。


どうしてこうなった、どうしてこうなったと心の中でか細く呟く。見上げればカンカンに照りつける日の光に雲ひとつない空に蒼穹が差し、見渡せば荒れ果てた荒野が永遠と続き地平線上には何もない。


ここにあるのは俺と、俺と同じ様に鍬振るう者達が大勢と、安い鎧に身を包む兵士が数名。


「おい、貴様!さぼるな!」


少し離れた所にいた兵士が不機嫌そうに近づき、馬用の鞭であろう物をふりかぶる。


ばちっと背中を叩いた鞭が音をたて痛みが走るがぐっと歯を噛み締め声が出るのを抑える。声を上げれば更に鞭が振り降ろされるのがわかっているからだ。


周囲の者達は俺の方に顔を向けるものや視線だけを向ける者もいるが直ぐに地に向かい鍬を振るう。「ふんっ!」と鼻を鳴らし兵士が遠ざかる。


鉄球に繋がる足を引きずり鍬を持ち、振りかぶり、鍬先に大地の硬さを感じ、また振りかぶり。


どしてこうなった、どうしてこうなったと心で呟きながらひたすらに鍬を振りかぶるのを繰り返した。




ユーベリア大陸の西は深い森を境に広大で不毛な荒野が占める。荒野の更に西には海が広がっているそうだが荒野の端から端までは馬を走らせても到着には1月以上掛かる程の距離があり俺がいる場所から海を覗く事は出来ない。


荒野には何もない、らしい。

荒野に隣接するバルリング王国は前王であるユリウス・バルリングが領土拡大のため数十年かけ兵・学者・冒険者を使い荒野の隅から隅まで調べさせたが西側を超えた先に海があるだけで荒れた大地には池や湖などはどこにもなく、動物も虫すらもいない事がわかった。

あるのは固い大地と毒にも薬にもならない枯れかけの雑草が点々とあるのみだそうだ。多くの資金と人材を注ぎ込んだが開拓は困難を極め頓挫し、今では開拓名目で犯罪奴隷の流刑の地扱いとなっている。


日が沈み作業を終えた犯罪奴隷達は森と荒野の境に作られた石造りの建物に入れられる。

800人程の奴隷が入れる広さのかなり大きな建物ではあるが建物といっても石で出来た屋根壁があるだけで地面は剥き出しだ。中はいくつかに仕切られ一つの仕切りに数人が入れられている。兵士達は隣接する砦に身を寄せ生活をしていて、奴隷達に配られる食糧などの備蓄も砦にある。


兵士に促され奴隷達は酷使した体をふらつかせ足に繋がれた鉄球を引きずりそれぞれの部屋へ向かい、俺も同じく重い身体をなんとか動かし自分の部屋へと進むが先を行く奴隷達の辺りが騒がしい。


どうやら疲労に耐え切れず倒れた奴隷に兵士が罵声を浴びせているようだった。次第に鈍い音が何度も繰り返し響く。

倒れた奴隷を2人の兵士が棒で殴りつけるのが前に進むにつれ見て取れた。

倒れた奴隷は身動きせず声も上げない。

死んだのだろう。

殴られた所為かそれとも倒れた時にはすでに息はなかったのだろうか、しかし兵士らは殴り付けるのをやめずその顔にはそれぞれ薄ら笑いを浮かべていた。


荒野に派遣される兵士達もまた問題を起こしたりうだつの上がらないものが多いらしく、要は左遷だ。街からも遠く離れ娯楽もなく環境も厳しい。兵士達にとってもここは過酷な場所であるのは間違いなく、その鬱憤を晴らすかの様に奴隷を殴り付けていたが、それを咎める者は誰もいない。犯罪奴隷が死んだ所で、それだけなのだから。


死んだ奴隷を未だ殴り付ける兵士らを横目に奴隷達は俺も含めそれぞれの部屋へと進む。特に珍しい事ではなかったからだ。扉も何もないただ仕切られだけの部屋に入って暫くすると、僅かな水とカビたパンが配られる。

それを食し直ぐに酷使した体を剥き出しの地面に横にする。


ここに連れてこられた当初は昼間酷使した体の痛みで目が覚え、ベッドでしか寝たことのない貴族だった俺は地面に直に寝る事に抵抗もあったし、何よりも何日も拭いてすらしていないだろう他の奴隷達の体から発っし建物に充満する体臭に吐き気を催し中々深く寝付ける事は出来なかったが今ではそれも慣れた。慣れてしまった。


過酷な現実に耐えられず何度か逃亡することも考えたが止めた。兵士の目を盗むのが難しい。盗んで逃げたとして何もない荒野は進めない。森しかない。しかしそもそも逃げるという事が現実的じゃない。

足に繋がる二つの鉄球。

足枷も鉄製で太く頑丈。枷と鉄球を繋ぐ鎖も異様に太い。外す事、断ち切る事は不可能。それらは全て重く外さずに逃げる事は不可能。そしてこの鉄球には装着者に魔法の使用を制限する魔法が付与されている。鉄球を付けたまま兵士の目を盗み森に逃げ込めたとしても森には魔物がいる。武器も無く、魔法も使えず、鉄球に繋がれ鈍重のままでは魔物から逃げる事が出来ずエサになるだけだ。


ここに連れてこられ2ヶ月か3ヶ月、もしくはそれ以上か。連れてこられた当初は日の出で暦を数えていたが、いつしかそれも止めた。何年何十年いようと課せられた罰は終わらない。それにあと何日生きられるか。

死にゆく他の奴隷達の姿がここで生きることの過酷さを物語っている。


ここでの辛く厳しい生活が徐々に心を蝕み思考する事を奪っていた。そして考える事を止めた俺は自ら命を絶つという事すらも考えなくなっていた。








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