70.王都を囲む敵
ルティアーナ王国の王都は、ただ王都とのみ呼ばれる。
千年の栄華を誇る都である、王都といえば他にはないから区別を付ける必要がないからだ。
ただあえて名前を付けて呼ぶならば、七つ丘の都となるだろう。
王都を囲む七つの丘は天然の要害である。
また全ての丘には巨大な砦が築き上げられ、高度に要塞化されている。
どの方角から攻めても二つの要塞に囲まれた間道を通らねばならず、そこで侵攻は喰い止められる。
千年の歴史の間で王国が衰退した時期は何度もあったが、敵の侵攻は七つ丘要塞で必ず阻まれ、王都が落ちることは歴史上ただの一度もなかった。
ハルトたちもまた、王都を目の前に『パラティヌス』、『アウェンティヌス』の二つの要塞に囲まれた道で足止めされることとなった。
本来の計画であれば王都防衛軍と合流して、大砲によって反乱軍を蹴散らして終わりのはずだったのだが……。
「おや、これはお早いおつきで!」
堅牢な『アウェンティヌス』要塞の上から、見慣れた顔が姿を現す。
いまや、王都防衛軍改め王都を囲む反乱軍の司令官となったワルカスだ。
「あのー、ワルカスさん。もしかして裏切ってます?」
「ウハハハ、今や隠し立てしてもしょうがありませんね。一歩遅かったですよ。すでに、七つ丘要塞はラスタン閣下の手に落ちました。すでに、オズワール殿下も捕らえてあります。時代の趨勢の見えない国王派の老害どもが王城で無駄に抵抗していますが、王城の陥落ももはや時間の問題でしょう」
ペラペラと、聞いてもいないのに内部の状況をしゃべってくれる。
ラウール王やオズワール殿下がまだ無事なのをわざわざ説明するのは、勝利を確信しているゆえか?
いや、ワルカスもそこまで愚かではあるまい。
これはこちらを誘い出そうとする罠だなと、ハルトは瞬時に察知した。
牢獄に閉じ込められて極刑を待つ身から開放されて一気に勝ち組に回れたのだ。
革命万歳! ワルカスは得意の絶頂であった。
「さあ、どうします。ゆっくり援軍でも待ちますか、その間に我々が王都を落として国王も殺しちゃいますけどね!」
ルクレティアが鋭く責める!
「お父様を殺すって、あんた! それでも王国の軍人なの!」
「ウヒヒヒ、なんとでもおっしゃってください。君、君たらざれば、臣、臣たらずと言います! 私の才能を理解しない無能な王族など、死んでしまえばいいのです!」
砦の上でまるで道化のようにおどけて笑うワルカスは完全に目が据わっており、完全に何かがねじ切れてしまっている。
まともな条理を説いても、通じるとは思えない。
援軍を待つのも手だろう。
だが、その間に王都を落とされオズワール殿下とラウール王は殺されてしまうのは目に見えていた。
「七つ丘要塞なんて、どうしたらいいの」
「いや、要塞を突破する事自体はそんなに難しくないですが……」
「できるの! できるならお願いハルト!」
「問題はそっちじゃないんですよ」
わかってないのはルクレティアだけだ。
ハルトの言葉に、クレイ准将もエリーゼも頷く。
大砲が百門もあるのだから要塞なんて遠距離から一方的に撃ち崩せばいいだけなのだ。
ただ、王都を攻めるには兵力が足りない。
王都では今まさにラスタンについた側と、国王を守ろうとしている派閥が戦っているだろうが、どの程度が敵に回っているかも内部の情報が錯綜していてわからない。
クレイ准将が苦しげに言う。
「ハルト殿。ワルカスが七つ丘要塞を占拠している以上、敵の数は一万は下らないと思われます」
「一万ですか。どう考えても無理ですね……」
ハルトの手元にある戦力は、数に入れてない獣人戦士たちやエルフの魔術師まで含めてもせいぜい三千。
その上、敵は七つ丘要塞や王都にある防御施設に籠もって待ち構えている。
たとえ外からいくら砲撃を撃ち浴びせても、広大な王都の防御網全てを落とすには尋常でない時間がかかるだろう。
仮に要塞を突破できたとしても、王都内部を占領するための兵力が足りないのはどうしようもない。
考えるハルトの手を、ルクレティアはすがるように両手で握りしめていた。
「ハルト、お願いよ……」
「お願いされましても」
「まだ使ってない新兵器があるんでしょう。ドルトムから聞いたわよ」
「は? ドルトムどういうことだ!」
なんでそこで、ドワーフのドルトムの名前がでてくる。
「司令官である姫様に聞かれてしょうがなくってのう。新兵器はもちろん用意してあるが、ハルトの許可がないと使えないからどうすべきじゃろうなあ」
悪びれもしない顔で、白い髭面のドルトムは笑う。
そうかこいつ、最初からこのつもりで技術士官として付いてきてたのか。
「ドルトム、実戦では使用しないとあれほど言っただろ。なんでガトリング砲なんか持ってきたんだ!」
「もしもって時に備えるのが、技術士官の仕事と聞いてのう。ああ、お主の指示があれば使えるのに残念じゃなあ」
そう言って、子供のように期待に目を輝かせるドルトム。
やれやれと、ハルトはため息をついた。
ドワーフたちからしたら、王国の戦争などどうでもいいのだろう。
彼ら技術者は、新しい技術が試せれば何でもいいのだ。
それに助けられている面もあるが、もしかすると一番危険なのは優秀なドワーフの技術者なんじゃないだろうかとも思えてくる。
兵器の進歩によって戦争が悲惨になることを心配しているハルトは、私情で動いているルクレティアとドルトムに挟まれて頭を抱える。
後々のことを考えると、ここでガトリング砲を使用したらどうせろくなことにならないのはわかっている。
それでも……。
理屈で考えれば、すがりつくルクレティアの白魚のような手を振り払うべきなのに、ハルトはどうしてもそれができなかった。
自分も結局は私情に流されているということかと、苦笑するしか無い。
どうしてもこういう運命になってしまうのは、ハルトの天与の才能『卓越した知性』を持ってしても、歴史の針を押し止めることなどできないのか。
類まれなる美貌と堂々たる気品を持つルクレティアは、女神ミリスの化身などと呼ばれることもある。
彼女もまた天与の才能『抜きん出た人望』の持ち主である。
もしかしたら、ハルトたち天与の才能の持ち主が活躍することで歴史を進歩させることこそが、この世界の女神ミリスの望みなのかもしれない。
「時間がないのよ。お父様を助けてくれるならなんでもするから、ハルトお願い!」
人聞きが悪いから、あんまり女性がなんでもするとか言わないで欲しい。
ハルトは、絡みついてくるルクレティアの細長い指をゆっくりと引き剥がしながらしょうがなく頷いた。
「わかった、わかりましたよ。その代り、後でこちらもたっぷりとお願いを聞いてもらいますからね」
「う、うん……」
何を想像したのか恥ずかしそうに頬を赤らめ、唇をぎゅっと噛み締めてうつむくルクレティア。
なんでもすると言うなら、ルクレティアには勝った後でやってもらうことがある。
本人がそう言うなら、仕事した分はたっぷりと返してもらおうじゃないかとはハルト踏ん切りをつけてドルトムに命じた。
「ドルトム、ガトリング砲の使用を許可します。それで、王都を奪還しましょう」
「よしきた。五台全部、使えるように整備してあるぞ。弾薬もたっぷりあるし、銃が使える人間なら簡単に使えるように設計してあるからあとは実戦を待つだけじゃわい」
ドルトムたち技術者は、明らかに今回の実戦に使用するために大型の箱型馬車の上に設置する台座まで造っていて、ハルトを呆れさせた。
ともかく、攻撃と決まれば時間との勝負だ。
即座に、レンゲル兵長ら砲兵隊にも攻撃が命じられる。
ずらりと配置された百門の大砲が『パラティヌス』、『アウェンティヌス』の二つの要塞に向かって火を噴くのを合図に、七つ丘要塞の攻略戦は開始された。





