67.民衆の英雄
十万を超える農民兵たちは、盛大なる歓呼を以ってラファイエットを迎える。
「ラファイエット様が行くぞ!」
「これで勝ったぞ! 長い戦いも終わりだ!」
改革派貴族を率いて意気揚々と進むラファイエットは、まるで歴史絵巻の登場人物のような気分だった。
プファルツ団長がミンチ伯爵を倒して退場してくれたので、後は姫将軍ルクレティアを倒すのみ。
腰よりシャキンと音を立てて白剣を引き抜く。
正義の剣によって、ラファイエットは新たな歴史を切り開くのだ。
男として生まれた者の喜び、これに勝るものがあろうか。
「諸君、あそこに見えるのが敵の本陣だ。もはや小細工はいらない。全軍突撃せよ!」
敵陣はもう目の前に見える、千騎を率いて颯爽と駆けるラファイエットが剣を振り上げたその時だった。
ドオン、ドオンと激しい砲撃の音が響き渡り、あたり一面が紅蓮の炎に包まれた。
この世の終わりかと思われるほどの爆発と衝撃に、ラファイエットの視界はぐらりと歪む。
激しい地響きに、驚いた馬が不吉にいななく。
ラファイエットの掲げた剣を持つ手がブルブルと震える。
「な、なにが起きた!」
幸いなことに、ラファイエットたちはその爆発に巻き込まれてはいない。
むしろその爆発は、ラファイエットたちを避けるように左右や後方で連鎖的に発生している。
だが、先ほど歓呼の声でラファイエットたちを迎えてくれた雑兵たちが炎と煙に巻き込まれていくのを見て、動揺せずにはいられない。
「ラファイエット様! どうすればよいのですか!」
「そう言われても……」
あの砲撃に自分たちが曝されたらと思えば、肝を冷やさざるを得ない。
しかし、それどころではなかった。
「ラファイエット様、敵に囲まれております!」
どこから現れたのか棒状の筒のようなものを持った軽装の兵士が、いつの間にかラファイエットたちを取り囲んでいた。
パンパン! パンパン! と激しい銃撃が響き渡る。
兵士が持つ筒が火を噴くと同時に、改革派貴族の騎士たちがバタバタと倒れていく。
信じられない威力だ。
「な、なんだ」
ラファイエットの脳裏にラスタンの言葉が蘇る。
これは飛び道具、銃という武器だ。
「そうか、あれは銃か。こちらにもあっただろう、応戦しろ!」
ラファイエットの軍の側からも銃声が響き渡る。
同じ銃らしき武器の攻撃なので、ハルト大隊も警戒して一旦攻撃が止まったが……。
「なぜ撃ち負ける! 同じ銃ではないのか」
ラスタンが用意したものは、あくまでも旧式の手銃であった。
手銃は一発撃てれば幸いといった粗雑な銃器で、命中精度は最悪だった。
手元で暴発している銃すらある。
そして一発目はいいとしても、二発目以降の再装填にかかる時間が違いすぎる。
兵士が全員、新式のマスケット銃を装備しているハルト大隊と撃ち合って勝てるわけがない。
「クソ! なぜ味方は誰も助けにこない!」
ラファイエットの周りには十万を超える味方が取り囲んでいるはずだった。
しかし、それらは砲撃の炎と煙によって遮られ、そうでなくても大混乱に陥っているので助けになどこれるわけがない。
「ラファイエット様、お下がりください! ぐぁ!」
騎士たちが盾を持って前に出るが、激しい銃撃によって撃ち崩される。
「どこに下がれというのだ」
完全に囲まれている。
前も後ろも、全て敵だ。
もはや逃げる場所などなく銃撃の雨に曝されるラファイエットは、情けなくも土にまみれ、味方の死体を盾にして伏せるしかなかった。





