45.風雲急を告げる
それではと、帝国からの使者ヴェルナーが退出したあとで、ハルトは二人の話を聞くことにした。
エリーゼがまず姫様からと譲るので、ハルトはまず姫様の話を聞く。
「どうしましたか、姫様」
「王都から、プレシー宰相がやってきたのよ」
あのプレシー宰相が?
というほど、ハルトも覚えていなかったのだが、姫様の後ろからやってきたしょぼくれた老人の顔を見て思い出した。
「すでに元宰相です。ルクレティア姫殿下……」
プレシー宰相。
ハルトに大隊の設立許可を与え、エリーゼを副官につけてくれた、気のいい老人である。
「ハルト殿も久しいのう。英雄的な活躍を見せた貴君に恩賞をもって報いることもできず、こんな情けない姿を見せて誠にすまん」
「いえ、とんでもありません。それより、どうかされたのですか」
姫様の軍師という楽な地位につけてくれて、いろいろと融通もしてくれたプレシー宰相は、いわば恩人なのだ。
今の今まで顔も忘れていたとは、さすがに言えないハルトである。
「それなのだが、思い返すのも口惜しい」
自分の味わった苦難を、涙ながらに語るプレシー元宰相。
王太子となったオズワールに、王国宰相を罷免されて、なんと豚小屋の世話係をやれと罵られたそうだ。
仮にも王国宰相を務めたほど人材に対してそういうのは、もちろん辞職に追い込むための侮辱である。
ハルトにいろいろと融通を効かせたために敵対派閥だと思われてしまったのだろうが、それだけではなかった。
「ワシのことばかりではない。王国の内部は今や、瓦解の危機にひんしておるのだ」
国王の信任が厚いプレシー宰相ですら罷免されたのだ。
第二王子オズワールは王国中央の官僚や貴族をまったく信用せず、自分の後ろ盾である王国南方の貴族たちや、自分の部下だけで周りを固めている。
間が悪いことに、そこで大規模な民衆反乱が起こってしまった。
「民衆反乱ですか?」
無理な大遠征を実現するために、計画者のワルカスが王都周辺の民や商人から食料や物資を強引に徴発しまくったのがいけなかった。
一応帝国に勝利すれば、倍にして返すとは言っていたのである。
その債権が敗北で全て消えてなくなり、王国北部地域の商業は衰退して物価は高騰し、地方の農村は食うにも困るようになり、ついに一斉蜂起となった。
ハルトたちのいるノルトライン伯国は大遠征の根拠地となっていたため食料や物資はたんまりとあるのだが、豊かになる地域があれば貧しくなっている地域もあったということだ。
「オズワールに冷遇されて王宮を追われた貴族たちが改革派貴族を名乗り、民衆を焚き付けているとも聞く」
「なるほど、反乱を煽って民衆に知恵を付けている指導層がいるんですね」
反乱軍の指導者に王国貴族が混じっているため王国軍の情報は筒抜けで、何度叩いても違う場所で反乱が起こって食料倉庫が襲われる。
反乱軍に参加すればたんまり飯を食えるというのだから、参加する民衆はどんどん増え続けているそうだ。
「陛下の軍に仇なすなど許しがたいことだが、同じくオズワール派に冷遇されたワシも改革派を名乗る賊徒どもの気持ちがわからんでもないのが辛いところだ」
「オズワール殿下の軍師ラスタンは、何を考えているんでしょうね」
確かに農民反乱というのは、意外とあなどれない。
ゲリラ戦に持ち込まれれば厄介だが、民衆に知恵をつけている頭がいるなら、それを叩けばすぐに終わるはずだ。
オズワール王子がたとえ無能であっても、あの切れ者が付いていれば反乱を鎮圧することなど簡単にできるだろうに。
王国をこれ以上荒廃させて、ラスタンはどうするつもりなのか。
それとも、これも何か意図がある動きなのかと、ハルトはいぶかしがる。
「ラスタンとはオズワール殿下に付き従っている忌々しい軍師か。あいつが何を考えているかなど、ワシが知るはずもない。オズワール殿下は反乱でますます疑心を深めて、王国軍内部で粛清が繰り返されておるのだ。このままでは、陛下の身辺すら危うい」
杖にすがっていたプレシー元宰相は、おろおろとその場に崩れ落ちそうになる。
「しっかりなさってください」
「おお、そうであった。英雄ハルト殿に、ラウール陛下より恩賞を賜っておる」
「恩賞ですか?」
ぼんやりとしていたハルトが、シャキッとした顔になる。
「うむ、ワシは陛下の密命を受けて、極秘裏にそれをここまで運んできたのだ」
プレシー元宰相が運んできた箱には、大量の金塊が詰まっていた。
「それだけではない。下の馬車にも積んできた。合計で百万タラントンある」
「百万タラントン!」
さすが大国の王、これはまた豪気な。
「陛下は、ハルト殿のことをたいそう気遣っておられる。ルクレティア姫殿下をお守りするために、資金が必要だろうとワシに託してくださったのだ。本来であれば、爵位を授けるべきところをすまぬとおっしゃっておられた」
「これは、ありがたいです!」
ハルトは、貴族の地位などいらないのだ。
姫様の金山が没収されて、これからどうしようかと思っていたが、これだけあれば当面資金の心配はいらない。
「ルクレティア姫殿下。プレシー閣下をそれなりの地位で遇すべきではないでしょうか!」
現金なもので、ハルトはプレシー元宰相にお礼をすることにした。
「うむ、プレシー卿は父上の信任も厚い忠臣だ。もともと王国の宰相であった卿には役不足かもしれないが、ルクレティア・ルティアーナの名において、このノルトライン伯国の領国宰相に任じよう」
「ありがたき幸せ!」
プレシー宰相は、その場にひざまずき、涙ながらに平伏した。
「これでまた卿を宰相と呼べるな。私のために、どうか働いて欲しい」
「ハハッ! もはやワシも、オズワール殿下には愛想が尽きました。ラウール陛下の御為、そしてルクレティア姫殿下の御為に、残り少ないこの命を賭して最後のご奉公をいたしまする」
感涙にむせぶプレシー宰相を見て、うむうむとルクレティアは満足げに微笑む。
ハルトも新たな金が入って満足だし、そっちはいいだろう。
「エリーゼ、待たせたけど。なんだったんだい」
「実は、エルフの村が亜人属領の代官の軍勢に襲われたというのです。この間ハルト様が助けたシルフィーという族長の娘が、助けを求めに参りました」
「大変じゃないか。なぜそれを早く言わない」
もしかしたら、ラスタンは今頃になって、エルフの魔術師たちを潰そうとしてきたのだろうか。
ハルトたちが話しているのを聞いて、プレシー宰相が声をあげる。
「いま、エルフの村といったか。実は、ワシもオズワールの軍師ラスタンより、王国北方軍への命令書を預かってきているのだ。そのエルフの村のある亜人属領に関してのことだ」
「見せてください」
命令書には、亜人属領を治める代官ダルトンが反乱を起こしたため、それを鎮めよとあった。
そうすれば、恩賞としてハルトに亜人属領を領地として与えると書かれている。
「これは、一体どういうことだ」
こんなところで話がつながってくるとは……。
とにかくハルトたちは、逃げてきたシルフィーに詳しく聞いてみることにした。





