39.処刑台
剣呑な雰囲気に、街の民衆にざわめきが広がる
なんで、この平和な街に処刑台なんて物騒な物を作っているのか。
そうハルトが思っていると、多数の女性の悲鳴が響き渡った。
金髪碧眼の見目麗しいエルフたちが、王国兵士らしい男たちに縛られて次々と連行されてくる。
「おい、さっさと歩け」
「止めてください、痛いっ!」
兵士の鎧を見れば同じ王国軍ではあるとわかるが、見たことのない部隊だ。
誰があんな命令を出した。
「エリーゼ、私はちょっと見てきます。念のために、領主の城にいる姫様も呼んできてください。場合によっては、大隊も動かしますよ」
「はい、ただちに!」
さすがにハルトも放っておけず、広場に降りていって兵士に尋ねる。
「一体、何をやってるんです!」
兵士たちが連行してきたのは、エルフの魔術師たちだ。
亡くなった王太子シャルルの護衛を最後まで務めて多数の犠牲を出した、魔術師団の中核である。
「この役立たずのゴミエルフどもを処分するのだ」
「誰がそんなことを命じた。そもそも、お前たちはどこの部隊だ!」
怒りのあまりハルトが語気を荒げると、兵士の囲みから指揮官らしき男がでてきた。
「黒髪に黒目、お前はルクレティア姫の軍師ハルトだな」
「お前は誰だ」
「カノンの……いや、今や救国の英雄というべきか。希代の軍師、ハルト殿にあえて光栄だ。俺は、第二王子オズワール様の軍師ラスタン・スネークだ」
ハルトより少し年上といった感じだろうか。
灰色の髪、猛禽を思わせるギラついた眼の軍師は、ハルトに皮肉めいた笑いを浮かべてそう名乗った。
無礼な態度を受けて、却ってハルトも少し頭が冷えたので、軍服の襟を正して尋ねる。
「ラスタン殿、ですか。なんでこんなことをするのか、説明はしてもらえるんでしょうね」
「説明も何も、このエルフの魔術師どもをオズワール様の命令により、処刑するだけのこと」
「敗戦の罪は、ワルカス参謀次官が取ることで決まったのでは?」
シャルル王太子は戦死していたが、その軍師ワルカスだけは辛うじて生き残っていた。
それは当人にとっては幸運というより、むしろ不運であったかもしれない。
発見されたときは両手を切断された上で、半死半生の状態であり、懸命な治療により意識を取り戻したが、頭部にも強い打撃を受けたせいかおかしくなっているらしい。
いち早く王都へと連行されて幽閉された今も、牢獄で意味不明な言葉を呻いているそうだ。
まるで廃人のようになってしまっているが、生きてさえいれば敗戦の罪を問うことはできる。
最高指揮官であるシャルル王太子が亡くなっていることもあって、参謀本部は侵攻作戦の立案者であるワルカスに全ての責任を取らせることにしたと聞いた。
ワルカスは、名門貴族カーツ伯爵家の出身だった。
しかし、王国貴族というのは冷酷なもので、実家からもすでに見捨てられているそうだ。
「軍師ハルト、ワルカスはすでに元参謀次官だ。新たな参謀次官には、この俺が就任することになっていてな」
「そんな事はどうでもいい。なんで今さら、魔術師を処刑するのかと聞いてるんです!」
ただでさえ戦力が減ってる時に、戦術級の兵器ともいえる魔術師の残り少ない生き残りをさらに減らそうなど。
あり得ない判断だ。
「この度の愚かな敗戦の責任は、ワルカスに全て取ってもらうとして、こいつら王国魔術師は近衛でありながら王太子シャルル殿下を守れなかった責任がある」
「魔術師たちは、王国のために死闘したんですよ。そんな責任がどこにあります」
合理主義者のハルトに、ラスタンの話は理解しがたい。
そこに、ルクレティアと共にようやく駆けつけたクレイ准将がハルトに耳打ちする。
「ハルト殿。第二王子オズワール様は、猜疑心の強いお方です。自分の子飼いの魔術師しか信用せず、王太子直属の魔術師がすでにこちらに取り込まれているのではないかと心配したのでしょう。地位の低いエルフの魔術師を処刑するだけなら、誰も反対しませんから」
そういうことかと、ハルトは合点がいく。
オズワールの子飼いは、王国南方軍が主体だ。
王都に戻りつつある王国中央軍の部隊に、北方軍に取り込まれている者がいるのではと勝手に疑心暗鬼になっているのか。
それが強大な魔力を持つエルフの魔術師であれば、危険視するのは理解できなくもない。
ハルトもルクレティアも、後継者争いなどするつもりもない。
こちらは何もやってないのだが、身の証を立てるのは難しい。
「ラスタン殿。北方軍は、エルフの魔術師たちを取り込んだりなどしていない。エルフたちの忠誠は、王国中央軍にある」
「なんのことかな。俺は、オズワール様の命令に従っているだけだ」
こいつ……。
ハルトは、救いを求めて周りを見回す。
ラスタンを止められそうな者をと思うと、この場でもっとも高い地位にある姫将軍ルクレティアしかいない。
燃えるような紅い髪のツインテールを揺らし、見る者を惹き付ける意志の強そうな紅い瞳で、ハルトを笑ってみている。
やはり、ルクレティア姫様しかいないか。
姫様にやらせると、どうなるかハルトの予想もつかないのであんまりやりたくないんだけど。
「ハルトは、エルフたちを助けたいの?」
そう聞かれると……。
ここで無理にでもエルフを救えば、本格的にオズワールたちと敵対することになるかもしれない。
なるべく波風立てず安楽に暮らしたいハルトにとって、それは避けたい事態だ。
ラスタンが連れてきた兵士たちに囲まれて、声すらあげることができず恐怖に震えているエルフたちが、最後の希望であるハルトを食い入るように見つめている。
一番前にいる、エルフの族長の娘シルフィーの瑠璃色の瞳から涙がこぼれた。
あんな物を見せられたら、助けない訳にはいかない。
安い同情かもしれないが、戦場で仕方なく失われる命とは違うのだ。
ここで無為に殺されようとするエルフたちを見捨てたら、ハルトはもう安眠できない。
だったら、答えは決まっている。
「姫様、どうしてもエルフは助けなきゃなりません」
「そう、わかったわ。あとは、私に任せておいて」
ラスタンの前にでるルクレティア。
「これは姫殿下。ご機嫌ななめのご様子ですな」
王族であるルクレティアに睨まれても、涼し気な顔をして皮肉な笑みを浮かべているラスタンは、大した玉だった。
「ラスタンとか言ったわね。私は認めないわ。即刻処刑を中止しなさい」
「残念ながら、我らは次の国王になられるオズワール殿下の軍です。いかに姫殿下の命令といえども聞けません」
「ふん、ならいいわ。さっさと処刑しなさいよ」
「ん、なんですと?」
強情なはずのルクレティアがすぐに引き下がったので、ラスタンが怪訝そうな表情になる。
一体何を考えているのか。
「殺したければ殺せっていったのよ。ただ、あんたの兵がエルフの魔術師たちを処刑した瞬間に、私があんたの首をちょんぎるけどね」
なんと、ルクレティアはその場で抜剣して、ラスタンの首に刃を突きつけた。
ついに始まってしまった。
毎日更新のスピードに作者の身体はどこまで耐えられるだろうか……。





