38.天才軍師、希代の英雄
シャルル王太子の軍師ワルカスによって実行に移された無謀極まりないバルバス帝国への大遠征は、ルティアーナ王国を滅ぼしかねない大敗北に終わるかに見えた。
その命運を覆したのが、王国第三軍を指揮する姫将軍ルクレティアの軍師ハルトである。
カノンの撤退戦、ノルト要塞攻略戦の活躍で知られる天才軍師ハルトは、今回もその卓越した才能を発揮した。
王国軍と帝国軍の大会戦を横目に、大胆にも後背の帝都バルバスブルクを強襲して、またたく間に無血開城させてしまったのだ。
帝都を落とされた帝国軍は、休戦条約を呑まざるを得ず、史上類を見ない電撃戦を成功させたハルトは再び王国の危機を救ったのだった。
そうして、希代の英雄ハルトは、つつがなく帝国領からの撤退を終えて、ノルト大要塞内部の街に帰還していた。
ハルトとしても、ようやく戦争の後始末も終わり、しばしの休息といったところだ。
かつては、帝国最大の防衛施設であったノルト大要塞が、現在ではハルトたちの拠点である。
王国北方軍の軍師であるハルトも、ルクレティア姫様の住まう領主の城の近くに大きな屋敷をもらっていた。
当然のように副官であるエリーゼも一緒に住んでいる。
「ハルト様、コーヒーが入りました」
「ありがとう」
ハルトは、屋敷の窓際に腰掛けてエリーゼが差し出すコーヒーカップを受け取る。
栗色の髪に碧い瞳の少女、エリーゼはいつものメイド服姿だ。
見るたびに、エリーゼが騎士であることを忘れそうになる光景だが、今ではなんだかこっちのほうが馴染んでしまっている。
「それは、計算機という物ですか?」
「ああ、なかなか面白い玩具だからね」
そう言ってハルトは笑ってみせるが、実際の所を言えばその価値は玩具どころのものではない。
ノルト大要塞に設置されていた、過去の天才パルメニオンが創ったパルメニオン砲。
その巨大投石機は、大砲ができた今となっては旧式の兵器となってしまったが、その中身はロストテクノロジーの塊だった。
砲撃の弾道計算用に、歯車のからくりを使った計算機が搭載されていたのだ。
ハルトの頭脳に近代コンピュータ史の知識は薄っすらとあるものの、まったくの空白であった中世の計算機の知識が得られたことは大きい。
早速模倣して、卓上計算機を創ってみた。
これで、砲撃戦は格段の進化を遂げることだろう。
「まあ、あんまり進化されすぎても困るんだけど」
「なにかおっしゃいましたか」
「いや、なんでもない。おや、美味しそうなクッキーだね」
「はい、先程焼いてみたんですが、ハルト様のお口にあいますでしょうか」
ハルトは、クッキーを齧って、「エリーゼの作るものは、いつも美味しいよ」と笑いながら、また物思いに耽る。
あの天然チートのドワーフ、ドルトムのせいで、兵器の性能がハルトの予想を超えて進みすぎなのだ。
マスケット銃やライフル銃まではまだいいにしても、ちょっと雑談の合間に口を滑らせてしまった連射式のガトリング砲まで創り上げてしまった。
まだこの世界では騎士が牧歌的な戦いをやっている時代だというのに、元の世界だとすでに南北戦争や、幕末レベルの装備である。
幸いなことに、複雑な機構のため連射は弾が詰まりやすいのでまだ実用に耐えるレベルには至ってないようだが、それこそこれが実用化された歴史の悲惨さをハルトは知っている。
あの優秀なドワーフたちは発想さえ与えれば、何でも創ってしまいそうなのが怖い。
実験をやめさせるまではしないが、実際の使用は厳重に禁止することにした。
確かに強力な兵器はハルトたちの安全を保証するものだが、いずれ敵の兵器も進化させるという諸刃の剣なのだ。
ノルト大要塞の手前の街レギオンに、偽装の兵器工房まで作っているおかげもあって、本命のアラル山脈の奥に作った秘密鋳造所は帝国軍にもバレてはいない。
だが、兵器は一度戦場で使ってしまえば、敵に鹵獲される恐れが大きい。
そこから、敵に兵器の仕組みを知られて量産されると、結局は国力の高い方が勝つというのが、元の世界の戦争史である。
農業大国である王国も二大国家と呼ばれているほどに国力は高いのだが、先の遠征の失敗でかなりの打撃を受けている上に、その王国をハルトが自由に動かせるわけでもない。
実質ハルトが完全に自由にできる兵力は、直属のハルト大隊千五百人に過ぎない。
主君と仰いでいる、第一王女ルクレティア姫様の支配下の王国北方軍を集めても一万五千。
姫様の持つ金山が一つあるから資金は潤沢だが、姫様の率いる北方軍はこのノルト大要塞のあるノルトライン伯国と、レギオンの街を領有しているにすぎない。
一方で、シャルル王太子亡き後ルクレティア姫様と後継者を争う第二王子オズワールは、王国南部の大貴族たちの後援を受けて、王都へと入城している。
老王ラウールは寵妃の娘であるルクレティアを溺愛しているが、現実的に考えて女子を後継者に据えることはないだろう。
第二王子オズワールは、今日明日にでも王国を掌握して、王太子を宣言することだろう。
もともと、ルクレティア姫様は女王になる野心などないと思うのだが、猜疑心の強いオズワールがライバルをこのまま放置しておくとも思えない。
北方軍に何らかの妨害を仕掛けてくるだろう。
ここでハルトが駒の動かし方を一つ間違えてしまえば、この拠点も追われることになるかもしれない。
そこは、そうならないよう頭を働かせるだけだが、ともかく帝国との戦いで散々働かされたのだ。
せめて半年、いやいや一年ぐらいはのんびり休暇を楽しませてほしいものだ。
ハルトが、そう思ったのもつかの間、ざわざわと窓の外が騒がしくなる。
「ハルト様!」
窓を覗き込んだエリーゼが声を上げたので、ハルトもおっとりと覗き込む。
「何の騒ぎですか、あれは……」
街では見慣れない軍人たちがわらわらと集まり、見下ろす街の広場に集まって舞台のようなものを設置し始めた。
住人たちが、何事かと集まるなかで組み立てられていくそれは、中世風ファンタジーでもおなじみの……。
ギロチンの処刑台だった。
大変おまたせしました。ついに窓際の天才軍師の第二部を再開します!
勢いをつけていくために、これからしばらく(目標は、第一章終わりくらいまで)毎日更新していきたいなと思います。
また、『窓際の天才軍師 ~左遷先で楽しようとしたら救国の英雄に祭り上げられました~』の第一巻がGAノベルより、3月15日に発売が決定しました。
第一巻の表紙を公開します! イラストレーターはシソ先生です! かっこいい!
すでにAmazonなどの通販サイトでは予約が始まってます。
専門店などでは特典が出るんじゃないかと思いますが、特典狙いではない人は予約してくれると嬉しいです!
(予約が多いと、いろいろ後押しになったりして助かりますw)
というわけで、今後とも窓際の天才軍師をよろしくおねがいします!





