27.勝利の鍵は監獄にあり
ノルト大要塞の仮設司令部を出て、ハルトはツカツカと歩いていく。
「ねえ、ハルトどうするの?」
後ろから姫様が声をかけても、黙ったまま外壁に向かって歩く。
ハルトは考えていた。
もし、大遠征に参加しないと言ったらどうなるだろう。
相手は王国総軍の最高指揮権を持つシャルル王太子だ。
姫様だって抗命罪に問われる可能性もある。
王国北方軍の将軍の地位を取り上げられて、軟禁ぐらいはされるかもしれない。
王国に対して忠義の欠片もない身軽なハルトは、エリーゼたちと捕まる前に逃げる。
ちょっと前までなら、それでよかったのだが……。
ハルトが、大防壁から外を見ると遠くに豪奢な馬車が列をなしているのがみえた。
姫様が運んできている多額の資金だ。
アラル山脈にあるハルトの秘密鋳造所に運び込んでいるが、もう貯めておく場所もないし、使い切れないから送ってくるなと言っているのに、まだ運んでくるのを止めない。
姫様は、容赦なく溺愛されている国王陛下から、娘なので領土は与えられない代わりに金鉱山をもらっているのだ。
そこから金塊を、王家の馬車いっぱい積んで、次々に運び込んで来ているのである。
一度やるといったら絶対にやる姫様は、百万タラントンを本気で持ってくるつもりのようだった。
「はぁ……」
金は人を自由にすると言ったが、くびきとなることもあるようだ。
ここまでされたら、いかにハルトでも姫様を見捨てるのも忍びないし、多額の金を捨てて逃げるのも惜しいと思ってしまう。
「ハルトなら、きっと妙案を出してくれるわよね」
「いまさら戦争を止めるのは無理ですね」
王太子もワルカスも、野望に目がくらんでしまって、取り付く島もないからなあ。
「じゃあ、どうするの?」
「戦争はするしかないでしょう。そのうえで、まともに戦わずに済む方法を考えますよ」
「戦争はするけど、戦わないの?」
姫様は、はてなマークが頭に出ている。
「まったく戦わないのは無理ですが、双方の犠牲が最小限に済んで、戦争を終らせる方法を取ります」
なるべく楽してねと、ハルトは肩をすくめて笑う。
「なんだかよくわからないけど、素晴らしい作戦ね! 私はハルトに従うわ!」
「それは重畳。今ちょうど、その作戦がまとまったところです」
ハルトは、王国軍を指揮するワルカスの姑息な戦術思考と、帝国軍を指揮する皇太子の堂々たる戦術思考のぶつかり合いを先読みする。
結果はもう見えてる、戦争をやりたい奴らは勝手にやっていればいい。
自分は、その裏を突こう。
姫様が本当に命令を聞くのかどうかも、試させてもらおうかなとは思う。
今回の作戦の軸は、姫様とはまったく関係ない。
暴走したならもう王国と一緒に見捨てるだけだが、大人しく言う通りにするならば手助けはしよう。
怠け者のハルトだって、金をもらった分ぐらいは、雇い主のために仕事しなきゃなって気持ちはある。
「あれ、ここは帝国兵の捕虜がいる区域だったかしら……」
外壁を歩いて渡り、前の戦いで投降した多数の捕虜たちが収容される区域にやってきた。
ハルトが向かった先は、その代表者であるヴェルナー准将が軟禁されている屋敷である。
「おお、ハルト殿。もしかして、捕虜になった兵を解放していただけるのですか」
そうではないとわかって言ってるなと、ハルトは笑う。
なかなか、食えない御仁だ。
「ヴェルナー准将。残念ながら、そんな話にはなってないんですよ」
「……でしょうな。王国軍が、帝国に向けて侵攻するのでしょうからね」
全く外の情報が入ってこない軟禁の身でありながら、空気だけでそれを察したか。
やはり、ヴェルナー准将には腹を割って話そうとハルトは思う。
「おっしゃる通り、王国軍は三万の大軍勢を持って帝都に向かって進軍します」
驚いたのは一緒に付いてきた姫様だ。
「ちょっと、なんて敵将に教えちゃうのよ!」
敵に軍事情報を漏らすなど、ありえない。
「言わなくても、ヴェルナー准将はわかってますよ」
ハルトがそう言うと、ヴェルナーは額に手を当てて、深く考えを巡らせる。
「しかし、それを私に言うということは、信用してくださっているということでよろしいのですか?」
やはり敏い人だ。
ハルトは、こちらの情報を全部話してしまうことにした。
「元から信用してますよ、ヴェルナー准将。あなたの態度は、他の誰よりも立派だと思います」
差し出したハルトの手を、ヴェルナー准将は強く握る。
「ハルト殿。皇太子殿下は、神の恩寵を受けた名君であり、衆に優れた器量の持ち主です。殿下であれば、あなたを大将軍の位につけるでありましょう」
もう何度目になるか、陰に陽に寝返れと言われているハルトは苦笑しながら言う。
「確かに皇太子殿下は大した人物のようですね」
「はい、直接会っていただければハルト殿もわかります! あなたの輝ける才能は、聡明な殿下のもとであってこそ生きると……」
「ちょっと、待ちなさいよ。なに私の軍師を引き抜こうとしてるのよ!」
あのときの姫様の対応がちょっとでも違えば、そんな未来もあったかなあとハルトは思う。
ただ、今はそのときではない。
「いや、逆なんですよね」
「逆とは?」
ヴェルナー准将は、怪訝そうに聞き返す。
「うーん、忠義に厚いヴェルナー准将に、とても言いにくい話なんですが……」
「なんでしょう。もとより虜囚の身の上です。ハルト殿も胸襟を開いてくださった。この上は、なんでもおっしゃってください」
「今回の戦争で、双方の犠牲をなるべく少なくしたいという点では一致しているんですよね」
「もちろん、私はそれを一番に考えておりますが……」
「じゃあ、本当に申し訳ないんですが、ちょっとだけ帝国を裏切ってもらえませんか」
ハルトは、ニッコリと笑ってそう言った。





