倒也の死因
被好場 倒也はMである。
サイズ感の話ではない。
LLだ。
倒也はトラックにひかれた。
数メートルを飛んでいき、地面に激突した後、ゴロゴロと転がっていく。
その数分後、彼の周りでは、けたたましく鳴るサイレンの音。
飛び交う怒号。
野次馬がわらわらとしているのが、意識を朦朧とさせていた倒也の目に入る。
さて、仰向けに倒れこんでいる倒也を見た救急隊員は、驚きの感情を隠しきれていない。
走るトラックという、巨大な質量に弾かれたのにも関わらず。
びっくりするほど、外傷が見当たらないためだ。
むしろ、倒也に追突したトラックの前面が、窓ガラスは割れるわ、あちこちがへこんで穴ボコになっているわで、大破している。
トラックに乗っていた運転手の方が、頭から血を流して手は曲がりで、倒也よりもよっぽど重症な状況だ。
しかし、騒がれているのは、倒也の方だった。
なぜなら。
「隊長?!心臓が止まっています?!息をしておりません?!」
隊員Aが、焦りを滲ませた口調で、叫び声を上げる。
「心臓マッサージをしろ!傷はほとんどないんだ!まだ、助かる見込みはあるはずだ!!」
隊長は部下へと指示を出す。
倒也の見た目からすると、助かる可能性は十分にあるように見える。
それは、素人目に見ても。
そして、救急隊員から見ても、同じことだった。
しかし、それから十分間ほどの、隊員たちの奮闘むなしく、倒也は活動を復活させることなく、息を引き取った。
死因はトラックにひかれたことだ。
状況だけ見れば、という注意書きがつくことになるが。
ならば、本当の死因とは一体、何だったのだろうか。
(……気持ちいい)
倒也の本音を聞くことが出来る者があれば、自分の耳か倒也の頭を疑っていただろう。
しかし、その疑いは間違いである。
なぜなら、耳も倒也の頭も、どちらも正常に働いているからだ。
倒也は本気で、気持ち良くなっていた。
トラックにひかれて。
これまでに経験したことのないような刺激。
なぜ今まで、この素晴らしさに気付くことが出来なかったのだろうかという後悔が、倒也の胸に渦巻いていた。
惜しむらくは、死んでしまったため、それを二度と経験するのが叶わないことか。
トラックにひかれて、倒也は死んだ。
では、なぜ死んだか。
その刺激に、トラックにひかれたという衝撃に、気持ち良くなりすぎて死んだのだ。
(……死にたくないなぁ)
常人から見れば、頭がおかしい倒也ではあるが、彼にとっては真実、この素晴らしい出来事が、もっともっと自らの身に起こって欲しいと思っていた。
それは、純粋な感情。
アルプスの、雄大な山々から湧き出る水よりも透明度の高い、純粋な思い。
「彼は取られてしまいましたか……」
倒也の耳に、艶やかな女性の声が聞こえた気がした。
被好場 倒也はMである。
しかも、ただのMではない。
あらゆる言葉や暴力を、自らの悦びに変えることが出来るほどの、純粋で、身体や精神もタフなMである。
その純粋さが、とある神物のもとに倒也を引き寄せた。
それは両者にとって、どのような化学反応的な何かをもたらすのか。
それは誰にも分からない。
しかし、少なくとも倒也にとっては、喜ばしいものになるに違いない。
なぜならこれからも、その痛みや刺激を感じることが、出来るようになったためだ。
転生という形にはなるが、倒也の本質は全く変わらず、まごうことなきM。
倒也が倒也である限り、これから彼に起こることは全て、奇跡の連続である。
とある神物と倒也が邂逅を果たすのは、このすぐ後の話だ。
彼女にとって彼が、奇跡となりうるのかは、誰にも分からないが。
純粋な思い同士が引き合わさったのは、偶然であり、また必然でもあることは間違いない。
ならばこそ、それは。
奇跡と言えるものなのではないだろうか。
果たして、祈る神の少女のもとに、一人の男が舞い降りた。
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当方の作品「その箱を開けた世界で」もどうぞお楽しみに