神の少女は祈る
時間の流れは残酷である。
それは、人間だけに当てはまるものではなく、神の子にとっても同じことで。
神の学校が聖休に入る。
「皆さん、いよいよ明日から休みに入ります。私が以前に申し上げた宿題を、忘れてはいませんね?」
「「はーい」」
生徒たちが元気よく返事をする。
元気が良いのは、宿題のことを覚えていたからか、はたまた、休みに入るのが楽しみだからか。
「良い返事です。まだ人間を送り込んでいない方は、今日中に終わらせるようにしてください。もし、忘れてしまった場合は……」
天罰です。
教室中に沈黙が迸る。
女教師が言うと、シャレにならないことを、彼らは知っていた。
以前、彼女に対してオイタをしてしまった男子生徒が、大変なことになってしまったのは、有名な話だ。
彼女は今も、女教師の生徒ではあるが。
「まあ、それは冗談です。ただ、宿題の成績は最低の評価になってしまうので、ご承知おいてください」
「「はい!」」
言葉ではそう言っているが、目から全然冗談ではなさそうな雰囲気を感じ取った生徒たち。
先ほどよりも元気に、一子乱れぬ軍隊のような調子で、女教師に応える。
「良い返事ですね。それでは、このくらいにしておきますので、皆さん。休みを楽しんでください。ただし……」
宿題は忘れないように。
念を押すことを怠らず、締めを行なった。
「そうそう」
ようやく女教師のプレッシャーから解放されたと思い、心の中で喜んでいた生徒たちが再び、ピタッと動きを止める。
「送還部屋を使えるのは、五の後刻までです。使われる方は、時間を越えないよう気をつけてください」
ではさようなら。
今度こそ最後の締めだと分かった生徒たちは、ようやく休みへの喜びを露にした。
それを見た女教師は苦笑いをしている。
ワイワイと休みの予定を話す教室の片隅では。
「落ちこぼれちゃん?人間は、ちゃんと送れたの?」
「無理よ、ヒールちゃん。だって、この子。落ちこぼれなんだもの」
「あ、それもそうだったわね。うっかりしてたわ。ごめんなさいね、落ちこぼれレイヤちゃん?」
「「キャハハハ」」
「うぐぐ……」
レイヤは相変わらず、言われ放題だった。
彼女は悔しそうに、顔を歪めている。
少女たちにはそれが、たまらなく喜ばしいようで。
「ふふ。そんな顔したって、良い人間は送れないのよ?」
「あなたには、かわいそうだけれど。もう勝負は決まったようなものだわ」
「何て言ったって、ヒールちゃんが送り込んだのは、人間にしては超人的な能力を持つ物だもの。それも3人も」
「かわいそうな落ちこぼれちゃん。今から奴隷になる練習でも、していた方がいいんじゃないかしら?」
「ちょっとみんな。ほんとのことでも、言い過ぎるとレイヤちゃんに悪いわ。人間みたいにならないよう弁えないと」
「それもそうね。さすがヒールちゃん!」
「ええ。まさに神の子の鏡だわ」
「ふふ、ありがとうみんな。それじゃあ、こんな落ちこぼれちゃんは放っておいて、私たちは帰りましょうか。今日はみんな、私の家に招待するわ。聖休に入ることを祝って、お母様が腕によりをかけて、ご馳走を作ってくれるそうなの」
「ほんと?!ぜひ、お邪魔させていただきたいわ!」
「さすがヒールちゃん!とっても気が利いているわ。どこかの誰かさんとは大違い」
「「ほんとねぇ」」
「それじゃあ、みんな行きましょうか。あ、そうそう……」
少女たちを引き連れて先頭に立ち、教室を出ようとしたヒールと呼ばれる少女が、レイヤに向かって振り向いた。
「よかったら、あなたも来ていいのよ?レイヤちゃん?でも、ちゃんと人間を送り込んでから来るのよ?でないと……」
まだ練習をしていないのに、奴隷として私の側に仕えないといけなくなるわ。
最後まで嫌みったらしく言い放ち、少女たちは教室を出ていくのだった。
他の生徒たちは相変わらず、関わらないよう気をつけている。
レイヤは荷物をまとめて、髪を翻しながら教室を走り出ていった。
教室を見渡していた女教師は、満足気に頷き。
「皆さん、やっぱり仲が良さそうね」
さすが、私だわ。
自画自賛していた。
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教室を逃げるように飛び出たレイヤが向かった先は、女教師が先ほど言っていた送還部屋と呼ばれている場所だった。
神は戯れに、人間を使って遊ぶことがある。
ある世界の人間を、別の世界に送り込むのも、その一つだ。
送還部屋は、神が自らの神力を使って人間を呼び出し、そして好きな世界に送ることができるという施設となっている。
神が起こせる奇跡の一つを、体現したものと言えるだろう。
送還部屋は、神界の至るところにある。
それでも、学校にあるのは珍しいが。
最近は、送り込むだけ送り込んで、後は放置するというプレイが流行っており。
人間がその理不尽さに嘆き、慟哭する様子を見ることが、神たちの娯楽となっていた。
それが今回はたまたま、神学校の課題として、使われる運びとなったわけだが。
「ど、どうしよう……」
レイヤは途方に暮れていた。
残念ながら、先ほど姦ましの少女たちが言っていたとおり、レイヤは落ちこぼれである。
ここで言う落ちこぼれが、どのような意味を表すかというと。
神力の量と質だった。
それらが高ければ高いほど、神にとっては都合の良い奇跡を、起こすことが出来るというわけだ。
レイヤは神力の質はともかく、量が絶望的なまでに少ない。
神力がステータスの一つとなる神界では、レイヤは落ちこぼれと言われる部類となっていた。
それでも、あそこまで何やかんや苛められるのは、あまりないことであったが。
よっぽどレイヤに対して、やっかみの感情があるということになる。
「でも、やるしかないのよね……」
このままだとレイヤは、あの嫌みったらしい少女の奴隷となってしまうのだ。
いくら弱味を握られているとは言えども、そんな状況を黙って見ていられるほど、腑抜けているわけにはいかない。
レイヤは、あの少女たちには全く見られない、その大らかな胸に手をやり、深呼吸した。
自らの僅かな神力を、高めていくイメージを浮かべる。
送還部屋で神力を込めていくと、そこは擬似の神界となる。
神力を込めた神を主とした神界だ。
優秀な神力を持つ神はここで、それだけ良い結果。
つまるところ、能力に優れた人間を呼ぶことが出来る。
さらに、神力に余裕のあるものは、人間にその身には有り余るほどの能力を、授けることが出来るというわけだ。
最近は、一方的に呼んで、一方的に送り込むということが流行っているため、神力を余分に使うことは稀なのだが。
また、神力が優秀であれば、生きている人間を呼ぶも、殺して呼ぶも自由である。
つまり、偶然と見せかけた事故を起こし、命が絶たれた人間を呼ぶことも出来るというわけだ。
もちろん、流行っているのは、これである。
人間にとっては、いきなり死んでしまい、訳の分からない場所に連れてこられて、訳の分からないまま違う世界へ送られるという、ジェットコースターのような状況を体験させられるのだ。
その様子を見ることが、神にとって至福の一時となっていた。
むろん、生きたままの人間を呼ぶのが、それはそれで愉しいという神も、少なからずいるのだが。
しかし、優秀な神力を持たないレイヤに、選択肢はない。
少ない神力を総動員して、少しでも優秀な人間が来ることを祈るだけである。
余分な神力を持たないため、有利になるような能力を持たせることも出来ない。
「お願いっ……来てっ……」
レイヤは祈る。
敬虔なシスターのように。
本来は祈られる側のはずの彼女がだ。
「わたしは……奴隷になるわけには、いかないのっ……」
少女は祈る。
その祈りは、狂おしく愛おしいほどに純粋だ。
さて、神は神力によって奇跡を起こすことが出来るわけだが。
その奇跡とは、人間程度の存在にとっての奇跡であり、神にとっては当たり前のものでしかない。
神は祈ることをしない。
祈らなくとも、己の神力によって、最上の結果を生み出すことが出来ると、思っているためだ。
では、ここで。
祈りを捧げている神の少女は、どうだろうか。
まるで、自らにとっての奇跡が起こるよう、祈りを捧げているかのようではないか。
神は神力によって奇跡を起こすことが出来るわけだが。
ならばこそ、祈りを捧げる神の少女にとっての、奇跡が起こることになる。
レイヤのその純粋な祈りに引き寄せられるかのように、彼女の擬似の世界へ、一人の男が舞い降りた。
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