おっさん死す
被好場 倒也はMである。
髪型の話ではない。
「今日の手塚課長の罵倒、最高だったな……」
倒也は恍惚の表情を浮かべ、危ないことを呟きながら、会社からの帰り道を歩いている。
夏真っ盛り、辺りをハッキリと見渡せるほどの明るさを、午後六時過ぎの夕日は持っていた。
倒也の顔は、お世辞にも良いと云えるものではない。
体型も少し、まるっとしている。
髪がM字とは程遠いのが、強みと言えば強みか。
そんな彼が。
「ただ、鈴木係長の罵りが最近、物足りないんだよなぁ……」
不満そうな口調で、強烈な独り言を口にするため、倒也の周りにいた者たちは、気色悪い何かを見るような目で、彼から離れていく。
そんな目で見られることはむしろ、倒也を喜ばせる行為でしかないのだが、気付く者はいない。
「前は蹴りも、入れてくれたりしてたんだけどなぁ……」
倒也は、取り戻せない何かを求めて旅をしている浮浪者のような表情をしている。
倒也は、言葉でも暴力でも、どちらでもいける生粋のMだった。
その身体は、あらゆる責めに耐えるため、人間とは思えない強靭な造りをしているというのは、余談である。
ちなみに鈴木係長は、いくら乱暴な行為をしても怯まない。
それどころか、喜びを露にする倒也を見て、病み始めていただけである。
そのため、倒也にとっては嬉しくない状況になっていたということだ。
本末転倒(?)。
ちなみに、そういったパワハラ的な行為を正当化するわけではないが、倒也はあまり仕事が出来る方ではなかった。
むろん、罵られるため、わざと手を抜いている訳ではない。
本気でやってのひどい結果のため、上司としてはふざけるな、となるのだが、いくらきつく注意しても応える様子のない倒也を見て、辟易としていた。
「その内、前みたいになるといいけどなぁ……」
そんな欲望を剥き出しにして周りの人を遠ざけており。
赤のライトに照らされた横断歩道に気付かず。
「おい?!危ないぞ!?」
「え?」
自分に迫ってきたトラックに倒也が気付いたのは、誰かの叫び声が聞こえ、そいつが残り一メートルほどまで近づいて来た瞬間だった。
倒也は、トラックにひかれて、死亡した。
ありがとうございました!
よろしかったら、ページ下部にあるブクマや評価を付けていただけると嬉しいです!
当方の作品「その箱を開けた世界で」と「異世界勇者は勘が良い」もどうぞお楽しみください!