97話 みんなで孤児院へやってきました。
「本日はありがとうございました。あの、本当にお送りしなくてもよろしいのですか?」
「ほっほ。いくら老骨とはいえ、うら若い御嬢さんや子ども達に送ってもらうわけにはいかんよ。場所も覚えたことだし、次回からは迎えはいらんからの。ではまた明々後日」
「そうですか……ではお言葉に甘えさせていただきます。次回もまた宜しくお願いします」
「今日はありがとうございました!」
「次までにもっともっと勉強しておきますね!」
「頑張ります!」
「ほっほ。楽しみにしておるぞ」
元気なギル達の後に、テオとジェードも一礼してニコライを見送る。ヒメカ達に見送られたニコライは楽しそうに笑いながら自宅へと帰っていった。
「そろそろ家の中へ入りましょう。暗くなる前に少し剣の稽古をするのよね? 悠とナストさんがいない間は僭越ながら私が相手をさせていただくわ。テオとジェードは悪いけれど夕食をお願いしてもいいかしら?」
テキパキと指示を出しながら中へ入り、すでに夕方の仕事を終わらせているテオとジェードは夕食作りで炊事場に、あとの4人は木剣を持って庭へ移動した。特にサントはヒメカから直接指導を受けられるということで特に張り切るのだった。
日が沈み、そろそろ夕食が出来上がるからと、汗を流す時間を逆算してジェードが声をかけに庭へ出ると、1(ヒメカ)対3(ギル・カルロ・サント)で手合せをしていた。
すぐさまジェードに気付いたヒメカが軽く3人の攻撃をいなし、決着をつけたところで本日の剣の稽古は終了した。
「はい、終わり。そろそろ夕食が出来るみたいだから、その前にお風呂で汗を流しちゃいましょう。私は後でいいからお先にどうぞ」
「「「はい! ありがとうございました!」」」
キビキビとした一礼は見習い騎士のようで、バタバタと駆け足で着替えを取りに家の中へ入っていくギル達はすっかりいつも通りで少し面白い。ヒメカは大きく伸びをしたあと、とりあえず『洗浄』で自信を綺麗にしてジェードと共に家の中へ入っていった。
その日の夕食の席では様々な話が飛び交いながら賑やかになる。半分以上が今日習ったことや勉強の計画だったりと真面目な内容だが楽しそうに話している。
「あ、そうそう。明日は私とジェードは孤児院で帳簿の付け方を教えに行くのと、商業ギルドで屋台の出店について詳しく話を聞きに行く予定だけど、皆は一緒に行きます? それとも別行動します? 調合室を使ってもらっても大丈夫ですよ」
1つの話題が一段落ついたところでヒメカが明日の予定を聞くと、3人は同行を願い出た。元々、見識を広げるためにマルズへ来たのだから、孤児院も商業ギルドも見てみたいとのことだ。
テオは学院生組に同行すると決めていたので、明日は全員での団体行動に決まった。
「あ、そうだ。ヒメカさん、俺達、馬に乗ってみたいんですけど、時間がある時に教えてもらえませんか!」
「それはいいけれど……もしかして3人とも乗馬は未経験だったりするのかしら?」
ヒメカの質問に学院生組が頷く。
そのことが意外だったのか、かつて農民だったテオは少し驚いているようだが、ロザリア王都のように都会に住む者は、基本的に乗合馬車などを使うので個人で馬や馬車を持っている方が珍しかった。
「テオとジェードは馬には乗れるのよね?」
「は、はい!」
「一通り教わっております」
「それなら私より2人に先生役をお願いしてもいいかしら? 私は正直教える自信がなくて……」
持前の身体能力と感覚、そして優秀な馬たちのおかげで問題なく乗れているが、人に教えられる程ではない自覚があるヒメカは、出来る人間にお任せすることにした。テオもほとんど独学なので、メインの担当はジェードが行う事になった。
「ありがとうございます!」
「セキトバが嫌がったらスイだけでお願いね」
「承知しました」
日頃から2頭の世話をしているジェードとテオは、それぞれの性格をよく知っているので素直に頷いた。
その後は屋台について事前に決めておけることを決めたり、まだマルズ全体を回れていないということなのでその計画を立てたり、ユウトとジェードに案内されて気になった場所のリストアップだったり、マルズにいる間にやりたいことが沢山あるようで、とても楽しそうに話すので、ヒメカは微笑ましく思いながら相槌を打ったり助言を求められれば答えたりしながら、頭の中で計画を練るのだった。
翌朝、早めに朝食の下準備を終えたヒメカは、まだギル達も起きていなかったので、テオとジェードのいる厩舎の方へ来て、セキトバとスイのブラッシングをしながら交流を図っていた。
「うん。今日も健康体! たてがみも尻尾もサラサラでとても素敵よ」
ヒメカに褒めると明らかに嬉しそうに喜ぶのがセキトバ、嬉しそう+甘えるような仕草をするのがスイである。
「実はね、セキトバとスイにお願いがあるのだけど――」
ここでギル達の乗馬訓練をしたいことを2頭に伝えるヒメカ。セキトバはご機嫌だったのが少々嫌そうな表情になるが、スイは問題なさそうだった。
「そう…………セキトバ、それならテオとジェードは乗せても大丈夫?」
セキトバは少し考える仕草をした後、肯定の意を示した。いつも世話をしてくれるテオとジェードなら乗せてやってもいい、ということなのだろう。
「ありがとう。助かるわ」
お礼を言って再びふれあいタイムを楽しむと、ギル達が木剣を持って庭に出て来たので、ヒメカは一言声をかけてからそちらへ向かった。
朝稽古と朝食を終えると、少し食休みをしてから外出準備を始める。とはいっても、皆、朝風呂の後に服を着替えているので、持ち物チェックをするくらいで大して時間はかからない。最後に戸締りの確認をして出発した。
「えっと……ここが孤児院……?」
話しながら歩いていたのであっという間に孤児院へ到着するが、ギル達は建物を見るなり困惑している。ヒメカは納得するように頷くが、テオとジェードは何がおかしいのか分からず不思議そうにその様子を眺めている。
「アーンスではもしかしてこれが普通なのですか?」
「綺麗な所は綺麗だけど、こういう孤児院も珍しいわけではない……とここの院長が言っていたわ」
自分のことではないがなんとなく目をそらしてしまうヒメカ。空気を換えるためにもとりあえず建物に入ろうと少し歩くペースを上げて扉をノックした。
「はーい……あ! おいしいごはんのお姉さんだ!」
「おはようございます。院長先生に用事があるのですが、いらっしゃいますか?」
「いるよー! 入って!」
出迎えてくれたのはギル達と同い年くらいの活発な少女。ヒメカの顔を覚えていたらしく、ヒメカの手を引いて食堂の方へ案内してくれた。
「いんちょーせんせー! おいしいごはんのお姉さんが来てくれたよー!」
ヒメカのことは「おいしいごはんのお姉さん」で通っているらしく、食堂へ入るなり子ども達に囲まれたヒメカの耳にそう呼ぶ声がたくさん入ってくる。
「あ、子ども達がすみません! 皆、そんな風に囲んだらヒメカさんが困ってしまうわ。一度離れましょう?」
一歩出遅れてジュディが子ども達を解散させ、自由になったヒメカ達は一息ついた。
「あの、本日は……」
「お約束通り、帳簿の付け方を教えに来ました。こっちはジェード同様、私の家族のテオです。そしてこちらはロザリア王都の学院に通う学生で、勉学のためにこちらへ来ております、手前からカルロくん、ギルくん、サントくんです。皆、こちらはこの孤児院の院長であるジュディさんです」
ヒメカがまとめて紹介をすると、それぞれ挨拶を交わした。
「それともう一つ、こちらは子ども達にお願いというか、仕事のお話になるので聞いていただけたらと思うのですが、少々よろしいでしょうか」
「え? こ、子ども達にですか?」
「はい」
ニッコリと笑顔で圧をかけてくるヒメカに、ジュディの頬に汗が一筋流れた。
子ども達も関係するということで、このまま食堂で話をすることにしたヒメカは、まず料理の屋台を出す予定があることを伝え、それに伴い2~3人雇いたいことを伝える。募集するのは作業台を使える身長の子ども。スペースが限られるし事故の元なので足台を置くわけにはいかないため、目安となる作業台を取り出してみて高さを確認。簡単な作業を割り振るので特殊な知識や技術等は必要なく、1日の賃金や、昼食を支給することを伝えると、話を聞いていた対象の子ども達が我先にと手を挙げる。反対に、条件から外れてしまった子ども達が分かり易く落ち込んでいる。
「はいはい! 俺やりたい!」
「私も!」
「屋台は最低3回出店することは決めています。条件を満たす希望者を3回に分けて雇わせていただきたいと――――」
「ちょ、ちょっとお待ちください! あの、私としては子ども達を働かせるのはちょっと……」
「院長先生、俺達と同い年で働いてる子はたくさんいるんだから別にいいじゃん!」
「一日働くだけで銀貨3枚もくれるなんて、こんな割のいい仕事滅多にないよ!」
ヒメカが話を進めようとするのをジュディが妨げたが、子ども達の大反発をくらってしまった。子ども達は自分達の暮らす孤児院が経営難であることを感じ取っている。今まではジュディが嫌がるので表立って働いてこなかったが、自分達でも何かしたいとは常々考えていた。間違えた方向に努力したこともあるが、何もしないよりはいいと思っていた。
「で、でも前の院長先生の時は……」
「院長、前院長の時とは何もかも状況が異なります。孤児院とは子ども達を守る場所ではありますが、自立を促す場所でもあるのです。……私は子ども達に賛成したいと思います」
「私も同意見です」
ジュディが前院長の居た頃を基準にしていることは重々承知ではあるが、寄付金の額も違う上に、前院長が私財の一部を運営費に回していたことを知っている他の職員も子ども達側に回ったことで、しばらく逡巡した後、ジュディは諦めるように首を縦に振った。
(前院長の教育なのか、本人の資質なのか……ジュディさんって考え方が綺麗過ぎるのよね。イクセルくんの時も思ったけれど、他人に言われるまで問題点に気付かないってちょっと普通とは言えないような……)
ヒメカが言うのもなんだが、世間ズレが過ぎる、と思ってしまうのも仕方がないだろう。どうやらテオやジェード、ギル達も同様に考えたようで、この人こんなんで大丈夫なのか? とヒメカに耳打ちするくらいである。
「とりあえず本来の目的でもある帳簿の付け方を午前中にお教えします。お昼は屋台で出す料理を知っていただきたいと思いまして材料を用意してきております。そこで、台所をお借りできればと考えているのですが、いかがでしょうか?」
「まあ! ありがとうございます。是非お使いくださいませ」
「ありがとうございます」
またもお昼を御馳走するというヒメカに、歓声が起こる。ジュディも感謝を告げるが、表情はややぎこちない。一応了承したとはいえ、まだ心の整理をつけるまでには至っていない。ヒメカ達もそれは分かっているので、そこには触れなかった。
午前中、ヒメカとジェードが、ジュディと職員1名、そして帳簿に興味を持ったカルロの先生役となり、帳簿の付け方講座を開催した。とはいえ、それだと子ども達を見る職員が1名になってしまうので、場所は食堂で行い、テオ、ギル、サントと年長の子達も小さい子達の面倒を見る事にした。
紙はとても貴重なので、これでもかと小さい字でびっしり書くようにするジュディと職員のラナ。計算練習ならばそれでもいいが、帳簿は見やすくなければ意味がないと、紙をたんまり用意して筆記具とともに寄付するヒメカ。さらに、帳簿を綴じる方法も教えて、保管用の本棚を寄贈、手仕事と練習用に手持ちの布と糸も後で寄付すると言うと、目を白黒させた。
「ジェード、とりあえず1年間は紙と筆記具をウチの分を買う時に一緒に購入、定期的に寄付してもらえる? 費用は経費で出すから」
「かしこまりました」
「ジュディさん、ラナさん、本棚を置く場所を指定していただけますか? 手持ちの本棚が置けるようでしたらすぐにでも設置します」
一通り帳簿の付け方を教えた後だったので、すぐさま作業に取り掛かろうとするヒメカは忙しない。そのペースに乗せられてバタバタと動くジュディとラナだったが、残念ながら執務室すらないため頭を悩ませることになるが、庭の雑草を処理してそこに別棟を建てることになった。
もうすでにキャパを超えたジュディ達は、あっという間に除草作業と建設(魔法)をするヒメカの様子を呆然と眺めるだけであった。
「ヒメカさん、入退室の制限はどうしますか?」
「普通に鍵を付けてもいいけれど、ここは私の得意分野である魔法陣で対応するわ」
「その魔法陣ってメモしてもいいですか?」
「基礎部分はいいけど、一部は防犯上記すとマズイからそこは写さないでもらってもいい? あとでその部分の書き方は教えるから」
「わかりました! ありがとうございます!」
カルロは最初こそ驚いていたが、好奇心と学習意欲が勝ったようで、すでに適応してヒメカの傍らで手伝い兼お勉強をしている。
ヒメカが建物の壁に魔法陣を刻みこみ、対になる鍵を作っている間にカルロが一生懸命それを書き写し、最後に魔石を設置して作動。土魔法で魔法陣を完全に隠した。
「じゃあカルロくん、鍵がきちんと作動するか確認したいから一度外へ出ましょうか」
「はい」
ヒメカとカルロが鍵の正常作動を確認すると、未だに呆然と別棟を見ているジュディにそれを手渡してお昼ご飯を作りに行くのだった。




