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92話 街を案内します。

 ヒメカとテオが涼しい室内で料理に勤しんでいる中、外出組はとりあえず街全体を見て回りたいというギル達の要望で街を歩き回っていた。ユウトの説明は端的で分かり易く、ギル達は楽しそうである。同時に、自由課題の題材探しにも余念がないようで、色々とユウトに質問を投げかけていた。

「ここを曲がるぞ」

「真っ直ぐ進まないんですか?」

「あっちは治安が悪い地区だから。もう1本先までは平気だけど念のためここで曲がる」

 マルズにも薄暗い場所はあり、はっきりとした間仕切りがあるわけではないが、雰囲気が物々しく、行き交う人の装い等ですぐに分かる。ユウトはその物々しい空気を感じる前に脇道に逸れ、安全なルートを指し示す。

 ロザリア王都にもそのような場所はあるので、そういう場所には近寄らないのが一番だと知っているギル達は神妙に頷き、ユウトの指示に従った。

 そのまましばらく街を練り歩きながら、一行はケントの素材屋の前まで来ていた。

「ここは良質な素材を扱ってる素材屋だ。俺もたまに来る」

「へー……?」

 良質、と言われても、まだ座学のみで実物をほとんど見たことがないギル達にはピンとこないようだ。3人の中で一番素材を見慣れているのはカルロだが、商品に軽々しく触る事など出来ないし、実際に調合してみなければ良し悪しは分からないだろう。

「ところで薬学は今どの辺を習っているんだ?」

「えっと、今は教科書を見ながらひたすら素材の名前を暗記しているところです」

「絵でしか分からないから覚えるのが大変で」

 ユウトもギルに教科書を見せてもらったことがあるので知っているが、絵といってもペン画なので色や特徴は全て文字で書かれている。それでは勉強にならないだろうからと、ヒメカは入手出来る物は全て加工前と後の両方をギルに見せながら勉強を教えたものだ。ユウトも採取と素材の加工を手伝った。

「教科書は持って来てるのか?」

「あ、はい! 持って来てます!」

 課題は科目ごとに出されたり出されなかったりするが、休み明けには全教科試験が行われるため、ギル達は3人で手分けして全ての教科書を持って来たそうだ。

「…………大変だな」

「いや、まあ…………でも2年目なので」

 否定はしないが慣れたということだろう。サントが苦笑しながら答える。

「学院というのはそんなに試験が多いのですか?」

 学校そのものが良くわかっていないジェードに、カルロが年6回で夏季休暇前に4回、夏季休暇後は休み明けと学年末の進級試験があると説明した。

「冬が社交シーズンだとかで試験がほとんどないんです」

「本格的な社交は12月からだという話だけど準備とか色々あるらしいので」

 ただ、試験がなくとも授業はあるし、進級試験に落ちたらもう1年余分に学院に通わなければなくなるので庶民組は必死なのだとか。女子生徒は結婚したら中途卒業が可能だが、男子生徒は通常最高学年の8学年まで通わせられる。

「貴族は社交で休んでいいしズルいよなー」

「たぶん卒業するまで言われるんだろうな。「庶民はお時間があっていいですわね」ってさ」

「夏季休暇の後は「どこどこへ行って何をした」って自慢し合ってるけどな」

 庶民であるギル達はその会話に入ることなく、空気に徹するようにと同じく庶民の先輩に忠告されているのだとか。庶民にも分け隔てなく接する貴族もいるが、そうじゃない貴族もいるから、不用意な発言で余計な波風は立てないようにするのが共通認識なのだとか。

「あ、でもギルは目を付けられてますけど」

「剣は前からそこそこ強かったけど、最近は剣も勉強も上位に入ってるから……」

「大丈夫なのか?」

「平気です。俺、武術大会には出ないって公言してるから、お小言貰うくらいで実害はないんで」

「武術大会、ですか?」

 初めて聞く言葉にジェードが首を傾げると、ギルが説明してくれた。

 武術大会とは、毎年秋に執り行われる学院行事で、4年生(12歳)以上の希望者が出場し、魔法や剣の腕を競う大きな大会なのだそうだ。王家をはじめとした国の重鎮達もやって来るので、将来のためにもそこで優秀な成績を残しておきたい貴族は多いそうだ。

「ユウトさんが出たら絶対優勝だけどな!」

「いや、それなら姉さんも出場するだろうからせいぜい準優勝だ」

 年齢的には学院に通っていてもおかしくないユウトとヒメカだが、ロザリア国の市民権を持っていないので学院に通うことはない。1度でいいから2人が武術大会で華々しく戦う姿を見たかったとギルは肩を落とすが、ユウトは学院に通ったら生活が出来なくて困るため、助かったと思っている。学費を免除されたとしても、それだけでは生活出来ない。

「ヒメカさんってユウトさんより強いんですか!?」

 驚くカルロとサントに、ユウトはしっかり頷いてみせ、それをみて2人はさらに驚いた。

「ギルから、座学はヒメカさん、剣はユウトさんに教わったって聞いてたのでてっきり……」

「ギルは力があるから俺の方が適任だっただけだな」

 姉の外見詐欺にはとっくに慣れているユウト。ヒメカの戦い方は避けるか流すかして基本的に相手と剣を交えないため、騎士育成の場でもある学院では好まれないだろう、とユウトは冷静に評した。だが、もしギルの適正がヒメカ寄りだったならばヒメカが剣を教えていただろう、とも。

「冒険者なら戦い方なんて関係ないからな」

「あ、あの! もし僕が教えて欲しいって言ったらヒメカさんは教えてくれるでしょうか?」

 サントは年の割に背が低く細身。剣の授業ではいつも力負けしてしまっていた。女顔も相まって馬鹿にされることも少なくない。ユウトの話を聞き、一縷の望みを見出した模様。

「大丈夫だと思うが……帰ったら本人に聞いてみたらいい」

「はい! ありがとうございます!」

 どうせユウトとナストが不在の間は、毎日剣の稽古をしているギルにヒメカも付き合うだろうと予想したユウトは、高確率でヒメカはサントのお願いを了承するだろうと考えた。

「おーい、お前ら。さっきから人の店の前で何長話してんだ?」

「あ、すみません」

 すっかり店の前であることを忘れて話し込んでいたユウト達に、ケントが店から出てきて声をかけた。

「話すんなら中入れや。お茶くらいは出してやるよ」

 ニコライには寄合所ではないとよく言っているケントだが、ユウト達は構わないらしい。休憩するのにちょうどいい時間だったので、お言葉に甘えて店の中へ入ることにした。

「お、お邪魔します……」

「わあ凄い! 薬草がいっぱいだ!」

「あれってポポロかな? それともルノア?」

「そいつはルノアだな。乾燥してて分かりにくいが、ポポロはルノアより葉が丸っこくてギザギザしてる。ちょっと待ってろ。………………ほらこっちがポポロだ」

 ケントは子どもに甘いようで、薬草に興味を示した3人に店の奥からポポロを持って来て並べて見せる。3人は他にもあれこれと興味を示すので、ケントはそちらにかかりきりになるが、とても嬉しそうである。

 その間、ユウトとジェードはギル達のことをケントに任せ、家から持って来ていた飲み物で一服することにしたのだった。



「おお、なんじゃなんじゃ。今日は随分と賑やかじゃのう。いつもは閑古鳥が鳴いておるというのに」

「げっニコライの爺さん」

「客に向かって「げっ」とはなんじゃ。失礼な奴め」

「最近来過ぎだろ。用もないのにお茶だけ飲んで何も買わずに帰りやがって」

「ほっほ。いつまたお嬢ちゃんが素材を売りに来るか分からんからの。今日は弟君の方じゃったが何か仕入れたか?」

 期待のこもった目をケントとユウトに向けるニコライ。学院生組は客が来たからと、接客の邪魔にならないようにお行儀良くユウトとジェードの側に戻った。

「今日はそういうんじゃねえよ」

「むぅ。そうじゃったか……まあそれならそれでいい。ケント坊、お茶を淹れてくれ。この子達の分もじゃ」

「おい!」

 そう言いながらも律儀にお茶を淹れるケントにニコライは満足げに頷く。そしてギル達に目を向け、話し掛けた。

「ワシはしがない調合師をしておるニコライじゃ。おぬし達の名前を聞いてもいいかの?」

 調合師と聞いて目を輝かせた学院生達は、ギル、サント、カルロの順で自分の名前を名乗る。そして3人ともロザリア国の学院に通っているのだと伝えると、ニコライは興味深そうに頷いた。

「学院では調合についても学ぶのかの?」

「はい! といっても俺達まだ2年生なので実際にやったことはないんですけど。今は素材を覚えてるところです。さっきもケントさんに色々教えてもらってました」

「ふむ。勉強熱心で何よりじゃ。……しかし素材を覚えているところか。まあ、他にも学ぶことは多いから仕方ないのじゃろうな」

 ニコライの思う調合師は、弟子入りして雑用をこなしながら素材の名前や薬効、調合方法を覚え、2、3ヶ月も経てば簡単な調合を任されるようになり、半年働いても調合をさせてもらえなければ調合師は諦めた方がいいとされている。

 そんな環境なのでロザリアの学院の教育は随分と悠長に感じてしまうが、それを口に出さない位には大人である。

「こっちにはどのくらい滞在するのじゃ?」

「夏季休暇いっぱいなので大体2ヶ月くらいです」

「うむうむ。師匠でもないわしが言うのもなんだが、ユウト殿もヒメカ嬢もそこらの調合師以上の知識を持っておる。家に調合室もあるらしいから環境としては最高じゃろうて」

「俺は明日からラトローの調査に参加するので姉しかいないですが……」

「む。それでは調合を教える者がいないのではないか?」

 ヒメカから調合をしたことがないと聞いていたニコライが聞き返すと、ユウトも頷いた。出来ないことはないが、ヒメカのレベルが一般的にみてどの程度なのかが分からないので、指導役にするのはどうだろうか、ということのようだ。

 ラトローの迷宮が封鎖されていることはマルズの住人なら知っているので、その調査に尽力してくれるというならば嬉しいことだが、それはそれ、これはこれだ。

「そうですね……基本工程や注意事項はすべて頭に入っているので見守るのは姉でも可能ですが、指導は出来ないと思います」

 ユウトが素直に答えると、ニコライは少し考えてから口を開いた。

「そうじゃな。……ふむ。それならばわしが指導してやろうか?」

「爺さん!?」

「いいんですか!?」

 ケントは驚愕の表情を浮かべ、ギル達は指導してもらえるならばお願いしたい、と貪欲に求める。

「うむ。去年、弟子が独り立ちしてから新たな弟子はとってないのでな。時間はある。正式な弟子ではないから場所とレシピと素材は汝等のものを使わせてもらうが良いかの?」

「はい。問題ありません」

「おお。そうかそうか。…………にしてもあっさりとレシピを公開するんじゃな。同業種の者に教えるとなれば、普通はわずかばかりでも躊躇する物じゃぞ?」

「レシピは絞らせてもらいますし、今使っているレシピも暇があればどんどん改良しているので知られても特に問題はないです。何より俺は冒険者なので。ニコライさんこそ技術提供していただいていいんですか?」

「うむ。若者の成長というのは年寄の楽しみでもあるのでな」

 とんとん拍子で物事が決まっていき、ニコライには週2回家に来てギル達の指導してもらうことになった。ギル達は大喜びでお礼を言い、ケントは少し羨ましそうにしていたが、喜ぶ子ども達に口を綻ばせた。


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