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91話 お迎えしました。

 あっという間に日が経ち、お迎え当日、姉弟はロザリア王都の土を踏みしめていた。

「おい」

「何?」

「どうしましたか、ナストさん?」

 待ち合わせ時間まで少しあるので、市場を歩きながら大量に食材を買い込んでいた姉弟。そして、そのすぐ後ろにはウルプスにいるはずのナストが眉間に皺を寄せながら立っていた。

「いや、何で俺王都にいるんだよ!? 何で買い物!? マルズは!? ダンジョンは!?」

「ギル達も一緒なんだから一気に連れて行った方が魔力の節約になる。買い物してるのは待ち合わせまでの時間潰しと、マルズよりこっちの方が食材が安くて美味しいから」

 今後の予定を考えて街とダンジョンで二手に分かれることになるからと、わざわざウルプスまでナストを勧誘しに行った姉弟。異国のダンジョンに潜れる上に、宿代はタダ、往復も魔法ですぐ、という姉弟の口車にまんまと乗せられたのがナストであった。

「言っておくが俺は子守りなんてしないからな!」

「安心しろ。ギルの方が年下だが知能的にナストより上だ」

 何せ現役学院生。ナストが四苦八苦していた四則計算は当たり前に出来るし、他にも歴史、魔法学、薬学など、色々な科目を学んでいる最中である。それに、貴族が通う学校だけあって、常日頃から学院生としての気品を持って行動せよと教育されているため、比較的落ち着きがある。

「ぅぐっ! どうせ俺は頭が悪……痛ぇっ!」

 口をとがらせて拗ねるナストにデコピンをお見舞いしたユウト。なかなかいい音がした。

「今日会うのは3人とも冒険者志望で、お前はギル達から見たら若くしてBランクまで駆け上がった憧れの冒険者なんだからな。お前が幻滅されるのはどうでもいいが、ギル達に八つ当たりはするなよ」

「憧れの冒険者」

「そうですよ。それにナストさんにも彼らと一緒にいる利点もありますよ?」

「利点?」

「Aランクを目指すなら最低限のマナーは必要です。彼らはその辺りの教育を学院で受けていますから話を聞くだけでも違うと思いますよ」

 またも面白いくらい簡単に口車に乗せられたナストはすっかりご機嫌になり、姉弟の買い物に付き合うのだった。



 集合場所であるザライ家の家の前に一行が到着すると、まだ時間前だというのに、待ちきれなかったのかギルがソワソワしながら荷物を持って待っていた。

「あ、ヒメカさん! ユウトさん! ……えっと、そっちの人は?」

「ウルプスの方で、Bランク冒険者のナストさんです。一度私達と組んだことがあって、その縁で今回同行してくれることになりました」

「よろしくな!」

 ヒメカ達を見つけるなり駆け寄ってくるギルに、ヒメカがナストを紹介し、ナストも良い笑顔でギルに挨拶をした。ギルの友人達は、ヒメカがご両親に直接挨拶をしたいから、ということで、ギルの案内で家まで行くことになっているのでこの場にはギルだけである。

「Bランク! 父ちゃん達と一緒だ!」

「そうなのか?」

「ギル君のお父様が冒険者なんです。お母様も元冒険者ですよ」

「Bランクになるのは凄く大変だって父ちゃんに聞きました! 凄いです!」

「お、おう」

「あの、時間がある時でいいので剣の相手してくれませんか!?」

「おう、いいぞ! ただし時間がある時だけだからな!」

「はい! ありがとうございます!」

 純粋な尊敬の眼差しを向けるギルに、ナストもむず痒くなる。勝手なイメージだが、学院生というだけで、何だか鼻持ちならぬ子どもなのでは、と思っていただけにギャップにやられた。

「ギル、忘れ物は……って、おや、もうヒメカ達が来てたんだね。待たせちまったかい?」

「いえいえ。まだ時間前です。少し早く来てしまいまして」

 ヒメカはナタリーにもナストを紹介し、ナストは元とはいえ先輩冒険者のナタリーに恐縮しながらも挨拶し、ナタリーも「ギルをよろしく」と挨拶を交わして顔合わせとした。

「まだ時間があるならお茶でも飲んでくかい?」

「いえ、これからギル君のお友達の家にも挨拶に行きますので」

「そうかい。そういうことなら仕方ないね。……ギル、市民証はちゃんと持ったかい?」

「さっき確認したばっかだろ! 大丈夫だって!」

「それがないとアーンスに入れないんだから何回だって確認しておいて損はないよ。忘れ物は……」

「それも昨日さんざん確認した!」

 初めての遠出が異国ということもあり、ギルを心配するナタリー。心配する気持ちも分かるが、とりあえず市民証だけ持っていてもらえれば大丈夫、ということで、ヒメカはギルの持っていた荷物を受け取りマジックポーチに収納した。そしてナタリーには、アーンスで手に入れた香辛料を中心にしたお土産とそれを使ったレシピを取り出して渡した。

「じゃあ、ギルのことよろしく頼むね。何か悪さしたらガツンと叱ってくれていいから。ギルも異国なんだから勝手な行動はするんじゃないよ!」

「分かってるって」

「あはは。……では確かにお預かりします」

 ザライは指名依頼が入ってしまったため不在だが、ギルを頼むという言伝をナタリーから聞いて次のお宅に向かった。



 ギルの案内で2軒巡り、商家の3男のカルロと、家が食堂を営んでいるサントを引き連れて出発の運びとなった。

 最初に向かった食堂では快活なご両親が快くサントを送り出し、商家の方はしっかりマルズで学んで来い、と商人らしい言葉でこちらも快く送り出した。

 どちらの家もうっすらと姉弟の噂を聞いたことがある程度で、顔合わせは初めてであったが、けして若すぎる姉弟を侮ることもなく、わざわざ挨拶へ来てくれる律儀さと魔法士でありCランク冒険者でもあることを高く評価してくれた。そして地味にナストのBランク冒険者というのも後押しとなり、息子達が恥ずかしがるくらい大手を振ってのお見送りとなった。

「うぅ……ウチの両親がすみません……」

「うちも……その、お恥ずかしい限りで……」

 顔を真っ赤にしているカルロとサントに、姉弟もナストも気にするな、と慰めた。

「うちの母ちゃんは直前まで市民証は持ってるか、とか、忘れ物はないかってうるさかったぞ」

「うちも家を出る前はそんな感じだったよ」

「そうなの? うちはそういうのはなかったかな。香辛料は絶対に買って来いって催促されたけど」

「それはうちもだな。香辛料だけじゃなくて色々と買って帰れってメモとお金とマジックバッグ渡された」

 サントとカルロの両親は息子に仕入れさせる気満々で、お土産代と称した仕入れ代金をしっかり渡してきたそうだ。息子達は「俺達勉強しに行くのにな」と呆れながら言っている。

「今回は同行を許可していただいてありがとうございます」

「なるべくご迷惑かけないようにしますが、分からないことも多いのでぜひ色々と教えてください」

「よろしくお願いします」

 サント、カルロ、ギルの順で改めてしっかりと挨拶をするので、ナストは少々驚いている。

「こちらこそ。こちらもいくつか予定が入っているから絶対とはいえないけれど、出来る限り意見や要望は聞くので、行きたい場所やお店、調べたいことがあればどんどん言ってね。基本的には私が皆を案内するからよろしくね」

「「「ありがとうございます!」」」

 10歳か11歳の少年達の良いお返事にヒメカは優しく微笑みながら頷くと、全員連れだって北門まで歩き、門を出て道から少し外れた場所から国境まで一気に転移した。



 アーンスとの国境の街フィーニスへ一瞬で到着。魔法での転移に慣れているのはヒメカとユウトだけであり、他の4人は少しの浮遊感と一瞬で周囲の景色が変わったことに目を白黒させた。

「ここが国境の街フィーニスです。今からあの列に並んで手続きをします」

 ヒメカの声に呆然としていた4人は意識を戻し、順番待ちの列に並んだ。

「なあ、馬車とか用意しなくて大丈夫だったのか?」

「馬車だと砦を通過するのに調べられて少し時間がかかってしまいますし、何より人攫いに間違われないか心配で……。徒歩の方が身分証のチェックと軽く口頭で質問されるだけなので」

「あー……」

 苦笑しながら答えるヒメカに、ナストは納得してしまった。何せ馬車に乗せるとすれば子どものみ。荷物はすべてヒメカのマジックポーチか自前のマジックバッグでほぼ手ぶら。武装と身分証で冒険者だと分かるが怪しすぎる。まだここに誰かの親が一緒だったならば馬車でも良かったが、長期間家を空けることが出来ないので仕方がない。

「まあ、徒歩の人も割といるし大丈夫か」

「砦付近の街や村の人は歩いて行き来することもあるそうですよ。フィーリアは栄えていますから」

「なるほどなぁ」

 しっかり下調べをしていたヒメカがさらりと答えるので、ナストは納得するように頷いた。

 その後は、ギル達と交流がてら質問を受けながら時間を潰していると、長かった待機列もあと少しとなる。

「そろそろ順番だからもう一度説明しておくわね。順番が来たらまず兵士に身分証を提示します。その後、名前と年齢、保護者……私達の名前と、アーンスに入国する理由などを質問されると思うから慌てずにしっかりと答えてね。最後に通行料を払ったらそのまま真っ直ぐ進んで外に出てね」

 ナスト、ヒメカ、ユウトの名前を再確認し、入国の理由は夏季休暇を利用した旅行。ナスト達はその護衛である。

 そして順番になり、皆しっかりしていることもあって問題なくアーンスへ入国することが出来た。

「うわー緊張したー!」

「俺自分の名前言う時ちょっと噛んじゃった……」

「初めてだし仕方ないよ」

 身分証を提示する機会などそうそうないため、学院組は緊張から解き放たれて少し気分が高揚しているようだ。楽しそうに話している。

「皆お疲れ様。そしてもうここはアーンス国内だからね。少し歩いたらマルズまで魔法で転移するわよ。マルズでも身分証の提示があるけれどそちらは質問されたりしないはずだから」

 もうアーンス国という言葉に緩んでいた背筋を伸ばして顔に「そうだった!」とありありと書いている学院組。ヒメカはその様子を微笑ましく眺めながら、ユウトとナストと話し合って場所を移動した。



 そしてあっという間にマルズへ到着し、身分証の提示と通行料を支払って、門を通過した。

「ふわぁあ! 凄い!」

「ロザリアと全然違う!」

「あれって何の店なんだろう!?」

 門をくぐり、照りつける太陽の眩しさを感じながら顔を見上げると、異国情緒あふれる街並みが広がっていた。

「とりあえず家に案内するわね。街を見るのはその後にしましょう」

 気になる建物やお店が建ち並んでキョロキョロと忙しなく視線を動かしていたが、ギル達は列から飛び出すこともなく、ヒメカの先導で姉弟宅へ到着した。

「うわっ! でっかい家だなー」

「裏手に厩と庭がある」

「マジか……お前らどんだけ金持ちだよ」

 ナストとユウトが家について話している間にヒメカが鍵を開けて家に招き入れた。

 わいわいと賑やかに話しながらリビングへ向かうと、待ち構えていたテオとジェードが出迎えた。テオもジェードも仕事着ではなく外行きの清潔な服装。主に恥をかかせないように気を付けているのか、まさに使用人然とした綺麗なお辞儀をしてみせた。

「「おかえりなさいませ」」

「「「え!?」」」

 事前に手紙で知っていたギル以外の3人は驚き、開かれた扉の前で固まった。



「うちで引き取ったジェードとテオです」

「お初にお目に掛かります。ヒメカ様とユウト様の奴隷でジェードと申します」

「同じくテオです」

「奴隷といっても私達はジェードもテオも家族だと思っているから、そのつもりで接してもらえると嬉しいわ。家の中のことで分からなければ私達か2人に聞いてね」

「はい! 俺はギルって言います。ジェードさん、テオさん、よろしくお願いします!」

「僕はサントです。よろしくお願いします」

「カルロです。皆さん、お世話になります」

 学院組全員が自己紹介をし終えてナストの番。しかし、ナストは唯一この状況について行けていなかった。

「ちょちょちょちょっと待った! 初耳過ぎて色々混乱してるんだが!?」

「購入した家に案内して家族を紹介しただけだろ?」

「その心底分からないって顔はやめろ!」

「失礼だな。いつもの顔だ」

 たしかに表情は変わっていないがそういうことじゃない! とナストが叫んだ。

「ヒメカ様、ナスト様に我々のことを説明していなかったのですか?」

「言ったつもりになっていたけれど違ったみたいね」

 ジェードとテオは昨日の内にナストも誘うことを伝えられていたが、ナストはジェードとテオのことを伝えられていなかったようだ。悪気もなく他人事のように言うヒメカだが、ナストはユウトの方に気を取られていてツッコミは飛んでこなかった。ついでに、テオとジェードと学院組に、あれはナストとユウトの日常であると説明しておいた。

 結局、うっかり伝え忘れていたということで、ナストも自己紹介をしたのだった。



「全員自己紹介をしたことだし部屋へ案内するわね。ギル君達は部屋が近い方がいいかと思って2階にしたけれど良かったかしら?」

「その方が話し合いもしやすいですし助かります!」

「部屋に足りない物があれば遠慮なく言ってね。調合室も悠が使っていなければ使ってくれて大丈夫。一応私が側に付かせてもらうけれど、それでもよければどんどん使って頂戴」

「調合室もあるんですか?」

「その部屋がそうよ」

 1階の階段に一番近い部屋の扉を指し示すヒメカ。取扱注意の物は全て撤去し、ギル達が使っても問題ないようにしている。机上の空論より実践推奨な姉弟なので、危険がない限りはお好きにどうぞ、というスタンスである。

 そして2階へ上がると、廊下兼談話室の広い空間と部屋が7部屋。階段に近い1部屋はすでにユウトが使っているのでそれを伝えて、客室として整えた部屋を案内する。

「え? え? こんなに広い部屋を1人で使っていいんですか!?」

「勿論よ。ああ、それと、1部屋だけ内装が違うけどごめんなさいね」

 内装が違う部屋はギル用に準備していた部屋である。部屋の大きさは同じなので、あえて誰の部屋ということは指示せず、好きな部屋を使ってもらうようだ。

「いえ、大丈夫です! むしろ僕達のためにここまでしていただいてありがとうございます」

「ただの客室だから気にしないで。1ヶ月以上生活する部屋だから少しでも過ごしやすいように弄ってくれていいから」

「ありがとうございます」

 3人で部屋決めをしたら、ヒメカは預かっていた荷物を各部屋へ置き、先程のリビングでゆっくりしているから、と1階へ下りて行った。



「あら? そっちはもう終わったの?」

 ユウトは元々ギルの部屋を予定していた客室にナストを案内していたが、ヒメカがリビングに戻るとユウトもナストもすでにそこにいた。

「俺は荷解きしなくていいからな」

 冒険者の仕事で旅慣れているナストは荷物も少なく、ダンジョンに潜ることが目的なので荷解きはしない。精々装備を外して部屋に置いておく位である。

「まだ昼まで時間あるし、俺はその辺ぶらついて来るわ」

「街を見て回るのはいいがポーション類は買わない方が良い。値段は安いが粗悪品が多い」

「え!?」

「薬効が低いだけで使えないこともないですが、やめておいた方が良いと思います」

「必要なら俺が作る」

「そっか……りょーかい。んじゃ行って来るわ」

「いってらっしゃいませ。家に入る時は呼び鈴を鳴らしてくださいね。防衛の魔法を組んでいるので危ないですから」

「お、おう……」

 ヒメカの言う「危ない」の範囲がわからず、少しだけ顔を引きつらせるナストは、絶対に呼び鈴を忘れないようにと頭に刻んだ。ユウトから「筋肉自慢をしてヒメカに腹パンされる叔父の話」を聞いて以来、ナストの中のヒメカは割と容赦がないイメージになっている。

 ナストが出掛け、ヒメカとユウトがジェードとテオの勉強を見ながらまったり過ごしていると、荷解きを終えたギル達が顔を出した。

「もう終わったの?」

「はい! 早く街を見て回りたくて!」

 元気に答えてくれるギル。そんなにも楽しみにしているならば、と、家主達は相談して、ギル達を連れ出すことにした。

「じゃあいってくる」

「いってらっしゃーい」

「いってらっしゃいませ!」

 外出しているナストと入れ違いになると悪いので、ユウトとジェードがギル達を連れ出し、ヒメカとテオは留守番することにした。

「…………じゃあ早速料理をしましょうか」

「はい!」

 玄関先まで外出組を見送ったヒメカとテオは、買ったばかりのロザリア産の食材を使って料理の研究をするのだった。


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