89話 袖振り合うも多生の縁?
「うわぁ、予想以上に沢山ありますね……」
「ほとんどの繭がそのまま糸に出来たからな。ガリンド工房の分もここに運び入れてるからこれで全部だ」
加工済みの物を置いておく倉庫の一角が、完全にヒメカが依頼した物で溢れている。工房主曰く、どの糸も最高品質かそれに近い上質な物だそうだ。繭玉の中身がない分カサは減っているけれど、それでも個人依頼とは思えない量の糸玉が積み重ねられていた。
「では引き取らせていただきますね」
工房主の目の前で次々に収納していき、全てを受け取った後、少しだけお茶をして工房を後にした。
「さて、後は商業ギルドだけど……その前に昼食にしましょうか。屋台でいい?」
「はい」
すでにお馴染みとなった市場へ向かい、食べ物を扱う屋台が並ぶ一角を歩きながら気になる物をどんどん購入する。屋台にはほとんど常設といってもいいお店もあれば、初めて出店するお店も多くあって、いつ来ても新鮮な気分が味わえる、とヒメカは好んでいる。
「今日は屋台が少ないわね……っと」
人混みの中を歩いていると、不意にヒメカが体勢を変えた。小柄なのですぐに人に埋もれてしまうが、すぐに頭を上げたので完全に見失うことはなかった。しかし、その手の先には見知らぬ少年がいた。
「は、放せ!!」
「そちらの少年はどうされましたか?」
「んー? 私のポーチをスろうとしていたから確保してみたの」
「そうですか。では場所を移動しますか?」
「そうね」
主従がマイペースな会話をする間も捕まった少年は「はーなーせーよー!!!」とヒメカの手を振りほどこうとするが、残念ながら指1本動かせない。
「で、貴方の名前は? 何故こんなことをしているの?」
人混みを出て、落ち着ける場所まで移動する頃には少年も観念しており、ぼそぼそと事情を話し始めた。
「……お、お腹が空いて……でもお金ないし……あんたらお金持ってそうだったから…………」
一応、この状況で「足が遅そう」だとか「抜けてそう」だとかを言わない神経は持ち合わせているようで、慎重に言葉を選びながらヒメカ達の顔色を窺っている様子の少年だった。
「……んー、見たところスラムの子ってわけじゃなさそうね。孤児院の子かしら? 院長先生や職員の方はこの事知っているの?」
「……な、なんで…………」
「どうして分かるのですか?」
「服装と態度? 服は古そうだけど穴もないし洗っている様子もある。それに、スラムの子なら捕まったらどうなるかよく知っているらしいから、逃げるのを諦めたりしないでしょうね」
ヒメカの言葉に、少年は顔を青くさせてガタガタと震える。警備兵につき出されれば鞭打ちの刑を受けた後、治療されることもなく放り出されると聞く。食べていくのもやっとである孤児院に治療費を出す余裕などあるわけもなく、最悪孤児院にいられなくなるかもしれない。
「ジェード、今から孤児院へ行きましょう」
「かしこまりました」
ヒメカとジェードの表情からは何を考えているのか分からない。少年は屯所へ連れて行かれないことに安堵はするが、孤児院の大人達に今回のことがバレたくない。しかし、現状、決定権を持つのは目の前の男女であり、渋々ながら孤児院まで案内せざるを得なかった。
少年が案内した孤児院は、教会に併設されているわけではなく、わずかな支援金と寄付、そして手仕事で作った物を売ったりしてギリギリ成り立っている場所だった。
建物はお世辞にも綺麗とは言えず、壁の一部にはヒビや、はっきりと分かる補修跡を横目に見ながら、ヒメカ達は敷地内へ入る。少年が玄関の扉を開けると、立てつけの悪い扉がきしむ音を立てながら開かれる。
(…………)
今まで見てきた孤児院は割ときれいだったために、少しばかり衝撃を受けるヒメカ。ジェードは孤児院に訪れるのが初めてなので、興味を示しながらも大人しくヒメカの後ろを歩いた。
少年にイスとテーブルのある簡素な部屋へ通され、ここで待つように言われて少し待っていると、少々やつれているが若く綺麗な女性が申し訳なさそうな顔で少年と一緒にやってきた。
「この度はイクセルがご迷惑をおかけして誠に申し訳ありませんでした。私はこの孤児院の院長をしておりますジュディと申します」
深々と頭を下げながら謝罪するジュディ。そしてそんなジュディをギョッとした目で見た後、ヒメカの方に後悔でいっぱいの目を向けて、小さく「ごめんなさい」と頭を下げた少年ことイクセル。
「厚かましいお願いであることは重々承知ですが、どうかイクセルをお許しいただけないでしょうか? イクセルにはきちんと言って聞かせます。罰ならば私が代わりに受けますのでどうか……!」
「頭を上げてください。実害はなかったですし、今回だけは罪に問う気はありません。ただ、少し孤児院の実情をお聞きしたかったので案内してもらった次第です。まあ、お説教は必要だと思いますが。次また同じことをしたら容赦なく罰してもらいますし。勿論、ジュディさんではなくその子本人を」
「あ、ありがとうございます……! もう二度とスリなどしないようにこの子にはきちんと言って聞かせます!」
顔を上げたジュディの目には涙が溜まっており、罪に問わないという言葉に安堵したためか、ぽろぽろと零れ落ちていく。そんなジュディの様子に、イクセルは泣きそうになりながらジュディのスカートを握り、「ごめんなさい、ごめんなさい……!」と繰り返した。
とりあえず落ち着いて話をするために、ヒメカが椅子に座るように促すと、ジュディとイクセルは大人しく座った。
「あの昼食はもうお済ですか?」
「い、いえ……その、うちでは食事は朝夕の2回だけでして……去年、院長先生……いえ、前院長が存命だった頃は粗食ではありますがなんとか3食食べられていたのですが…………私の力不足です。申し訳ありません」
「先生は悪くない!」
別にヒメカに謝る必要はないが、至極申し訳なさそうに座ったまま頭を下げるジュディ。そんなジュディを慰めるように声を荒げるイクセルだが、お腹が空いたからとスリの真似事をしているので説得力は皆無である。
「……ええと、とりあえず職員の方や子ども達を集めて一緒に食事をしませんか? 私達もまだ昼食を食べていないので、よければ皆で食べましょう」
「よ、よろしいのですか!?」
「勿論です。こちらからの申し出ですので」
ヒメカのマジックポーチには作り置きも含めて大量の料理が眠っているので多少放出した位では問題ない。それよりも、しばらくは冒険者業を休むつもりなので、新たな料理を研究するためにも量を減らしておきたかった。
「重ね重ねありがとうございます。すぐに皆を呼んでまいります!」
「お、俺、外に出てる奴らを呼んでくる!」
「え? 外? もしかしてイクセル以外にも同じことをしている子がいるの?」
「あっ……」
ジュディの問い詰めで白状したイクセルにより、市場近辺でイクセルと同じようなことをしていた少年少女達は急遽孤児院に呼び戻され、大人しく孤児院に残っていた子ども達が御馳走をたらふく食べている横でジュディにお説教をされた。元々お腹がすいたからやっていたことなので、説教を受ける子ども達のお腹からは音がしている。
しばらくお説教をしていたジュディのお腹もなったことでお説教は終了し、ジュディのお許しを得た子ども達はようやく食事にありつけたのだった。
「本当に申し訳ありません……!」
お説教受けて反省の言葉もこぼしていたのに許された途端に料理に飛びつく子ども達に、ジュディはヒメカに謝り倒す。
「いえいえ。それより別室をお借りできれば、そちらで食事をしながらお話を伺えませんか?」
「あ、は、はい! ご案内しますのでそちらで」
「ありがとうございます」
場所を移し、ジュディの私室に通されたヒメカとジェード。女性の私室に男が立ち入るのは、とヒメカが困惑するが、食堂が応接室を兼ねているらしく、ジュディはジェードを快く招き入れた。
「料理はこちらのテーブルでよろしいですか?」
「はい。そちらにお願いします」
部屋のテーブルはあまり大きくなかったので、テーブルに乗る分だけセッティングして後は順次取り出すことにした3人は、早速食事をすることにした。ジュディは席に着いてスープを一口。一瞬、目を見開いて固まり、恐る恐る二口目を食べてふにゃりと頬を緩ませた。
「凄く美味しいです!」
「ありがとうございます。…………それで、食べながらでいいので少しだけ孤児院について教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、は、はい! ええと、何からお話すればいいのか……」
まずは基本情報から聞き出していき、ある程度おおまかな情報が集まれば、ヒメカやジェードが質問する形で事情を聞いて行くと、どうやらこの孤児院は存続が危ぶまれる状態らしい。まだ借金はしていないが、ジュディは土地や建物を担保にお金を借りられないか考えているという。
「「それはやめておいた方がいいと思います」」
ジュディが借金奴隷になる姿を幻視したヒメカとジェードがすかさず止める。なにせジュディは曖昧な表現を多用し、返済計画すら立てていない。そして収入の当てもないそうだ。
「手仕事をされたりはしないのですか?」
「日中は子ども達から目が離せないのでなかなか難しく…………子ども達が寝静まってから針仕事をしたりしていますが、材料費や明かり用の蝋燭代もままならなくて」
夜、充分に眠っていないせいでジュディの顔色はあまり良くない。その上、自分達よりも子ども達の食事を優先させているので栄養も不足しているかもしれない。ただ、まだ胃腸が弱ったりはしていないし、体は動かせるようなので今すぐにどうこうなるというわけではなさそうだ。
(時間の問題ではあるけれど……うーん。ここの場合、多少寄付したところでそれを使い切ってお終いなのよねぇ。安定した収入がないし、短時間でしか仕事が出来ない。そもそもお金がないっていっているのに帳簿すらつけてない………………)
これも何かの縁だし、多少の手助けくらいはしようかと考えていたヒメカも少し面倒になってきた様子。杜撰な管理ではあるが、この世界ではさほど珍しくもないので責められもしない。
とりあえず、借金をした場合のシミュレーションとして、どの位借りて利息がいくらで完済するには、と説明するも、ジュディには首を傾げられてしまったヒメカは、端的に「借金をしても返済する方法がないので一時しのぎにしかならず、奴隷落ち一直線」と結果だけ伝えると、ようやくジュディも理解したのか顔を青くさせた。
「そんな…………」
「あの、御主人様」
「どうしたの、ジェード?」
「とりあえず帳簿の付け方を教えて差し上げるのはいかがでしょうか? 私も一緒に勉強させていただければと思います」
静かに話を聞いていたジェードが提案し、ジュディが顔を明るくして、期待のこもった目をヒメカに向ける。身内には甘いヒメカは、外面は良くしつつも、心の中で「ジェードのお願い」と「面倒くさい」を天秤にかけた。
「………………しばらく冒険者業は休業するつもりでしたが、知り合いの子を案内したいのでそんなに時間は取れませんが」
それでもいいですか? と聞くと、ジュディは勢いよく頷き、感謝の言葉を繰り返した。
「ありがとうございます、御主人様」
「ジェードの貴重なお願いだもの」
そう言うものの、ジュディがどの程度の読み書き計算が出来るのか分からないので聞いてみると、文字は一応書けるが、計算は買い物で困らない程度であまり得意ではないことが判明。ヒメカは困ったように微笑みながら、そっとこめかみを抑えた。




