88話 ダンジョンは帰ってきてから忙しい。
ユウトとヒメカがオビギュの迷宮へ潜っている間、テオとジェードはつつがなく日々を過ごしていた。
「とりあえず日持ちしない物から食べないとな」
家事はテオが主体となって行い、ジェードはその補助。主人が何度か家を空けているので掃除は出来るようになったが、まだまだ融通を利かせられるほどではないジェードをテオが導く。その代わり、テオは自由時間にジェードに文字や計算、繕い物を教わっている。
ジェードはジェードで、ヒメカから計算を出来るだけ早く正確に暗算できるようにと言い渡されていることもあり、大抵2人は一緒に勉強をするので自然と勉強の時間というのが出来る。途中でセキトバとスイの様子を見るが、それ以外は暇さえあれば勉強をしていた。
「あ、そろそろ買い物行かないと」
「いってらっしゃい」
最初の2、3日は全く買い物に行かなくとも良かったが、食事はしっかり食べるようにと食費を多く渡されているので、テオとジェードはちゃんと買い物に行っている。挨拶回りのおかげで、テオやジェードが買い物へ行っても嫌な顔をされず、ぞんざいな扱いも受けずに普通に買うことが出来ている。
どちらかは家にいるようにしているので買い物は交代で行くが、どのお店でも何故かおまけだったり少し安く売ってくれたりする。店の人曰く、細すぎて心配になるとのことだが、テオもジェードも労働奴隷としては肉付きがいい方なので本人達は首を傾げるが、数回も言われればすっかり慣れた様子である。
買い出しから戻って夕食の下拵えを終えると、すぐに夕方の仕事に取り掛かり、仕事が終わったら風呂に入って汚れを落としてから夕食を仕上げ、夕食を食べた後は、片付けをしてあとは寝るだけの状態で少し勉強をしてから就寝する毎日であった。
そんな日々を過ごしているとあっという間に10日が経ち、11日目の昼過ぎにユウトとヒメカが帰宅した。
ダンジョンから戻ったばかりなので風呂へ交代で入ると、ユウトは一声かけて調合室へ籠った。ヒメカは苦笑しながらも見送り、テオとジェードに自分達がいない間の話を聞きながら過ごした。
そして翌日、ユウトは相変わらず調合室に籠っているので、ヒメカとジェードで外出することになった。ケントとニコライに会いに行くのと、3週間前に頼んでおいたチャームシープとシルクワームの繭の加工を頼んでおいた工房に行く。
「本当にテオは留守番するの? 悠の事は放っておいていいのよ?」
「はい。もしかしたら来客があるかもしれないですし、御主人様はマルスランさんと交渉もするとのことですから。俺は留守番させて下さい」
「そう……それならお願い。何かお土産を買って来るわね。夕方には帰って来るから」
「ありがとうございます」
テオに見送られたヒメカとジェードはケントの店へと向かった。
「いや~ホント助かったよ。ありがとな」
ケントの店へ到着したヒメカは、頼まれていた物を買取してもらうために、素材の扱いには充分注意しながらカウンターに並べていく。
「いえいえ。自分達の採取のついでだったので問題ありません。頼まれた物は全てありますか?」
「あるある! ……ただ、申し訳ないんだが全部買い取る資金はないんだがいいか?」
「大丈夫ですよ。余った分は別の所に持っていきますから、必要な分だけ選んでください」
「すまんな。じゃあこれとこれと――――」
ケントが1つ1つ慎重に選定し終わると、余った物は全てヒメカのポーチに収納し、買取り価格の計算に移る。
ジェードは、ケントの選定中、ヒメカにどういう基準で素材を選定するのかを教えてもらいながら、どんな薬に使われるのかも一緒に伝えられる。
「具体的な調合方法まで覚える必要はないけれど、大体でいいから、どういう薬に使われるかは覚えておいた方が交渉に有利になるわよ。ただ、即時治療が必要な薬関連は、出来れば腕の良い薬師か調合師に安く素材が渡るようにしたいところなのよね」
「それはこっちとしてもありがてぇがな。……っと、こんなもんでどうだ?」
一生懸命計算をしていたケントが顔を上げ、買い取り額を提示。ヒメカは一瞥してから頷いた。
「大丈夫です」
「うし。じゃあこれが金だ。確認してくれ」
計算する時にお金も用意していたケントはじゃらじゃらと硬貨の入った袋をカウンターに置いた。ヒメカはさっと金額が合っているか確認し、ポーチへと収納した。
「はい、確かに」
取引は無事終了。さて、お次はニコライの所へ行かなければと踵を返すと、店の扉が開いた。
「ほっほ。そろそろ帰って来る頃かと思って来て見れば、なかなか良いタイミングだったようじゃな」
「ニコライさん」
「ニコライの爺さん」
「うむ。無事戻ってきてくれて嬉しく思うぞ。して、わしが頼んだ分はあるかの?」
楽しそうな声で店に入ってきたニコライは、そわそわした様子で早速依頼の品を見せて欲しいと頼んだ。
「言われた物は全てあるはずです。モーリュの花は多めで他も余分に採取しているので必要な分だけ買い取っていただければと思います」
「ふむ。では見せてもらおうかの。坊、ちとカウンターを借りるぞ」
「坊はやめろクソジジイ!」
「わかったわかった。ほれほれ、いいから場所を開けぃ」
なんだかんだ素直に場所を開けたケントは、ヒメカとジェードにカウンター内へ入るように促し、先程と立ち位置は違うが薬草を並べた。
「ほほう! どれもこれも状態がいい上に大量じゃ! これは全て買い取ってもいいのかの?」
「あ、はい。大丈夫です」
「ふむふむ。では全て頂こうかの。お代はこれでどうじゃ?」
ニコライは計算もせずに、懐からお金が詰まった袋を取り出して置いた。あまりにも無造作に置いたため、袋の口が緩んで中の金貨や銀貨が見えてしまっている。
「「!?」」
「うーん。これだと多過ぎますのでこちらはお返しします」
大金を目にして驚き固まるケントとジェード。そしてヒメカは、少し考えた後、袋から金貨と銀貨をいくらか取り出してカウンターに並べ、残りはきちんと口を閉めてニコライに返却した。
「ふむ? それだけでよいのかの?」
「最低限の処理しかしていない未加工の素材ですから。直接取引としては妥当な額だと思いますよ。それと、些少で申し訳ありませんが、ニコライさんには色々と教えていただいたのでお礼も込めさせていただきました」
ヒメカは状態の良し悪しを加味した上で、全ての素材を最安値でニコライに提供することにしたようだ。ニコライがケントをちらりと見て、ケントが頷いたのを確認すると、「ふむ」といって袋を懐に戻した。
「ではお言葉に甘えさせてもらおうかの」
「是非そうしてください」
笑顔で取引を終え、まだ状況が掴めていないジェードに、ヒメカは先程自分の頭の中でした計算を分かり易く表にして説明した。すでに取引は終了しているので、取引相手の目の前で説明しても問題ないだろうと判断したようだ。
「ほっほ。これはこれは。一瞬でそこまで計算するとは優秀な商人じゃな」
「出来れば冒険者でいたいのですが…………」
「冒険者としても優秀だがな。少なくとも素材採取の腕は専門家並だろ」
「あ、そうです。これは頼まれていない物なんですが、実は他の素材もあるので見てもらえませんか? 植物系だけじゃなくて魔物素材や鉱石もありますよー」
ジェードが表を見ながら自分でも計算をしてみたりしているので、3人でゆったりと会話をしていたが、ヒメカのこの一言で空気が変わった。
「くっそー! うちにも資金があれば!!」
「ほっほ。すまんな。貴重な素材はいただいて行くぞ」
一通り、姉弟がダンジョンから持ち帰ってきた素材で売っても問題ない物を見終わった後、ケントは買い取り資金の無さに嘆き、ニコライも手持ちの金をほぼ全て放り出す勢いで購入した。競りではないのでヒメカが無難な額を提示し、2人が欲しい量をそれぞれ購入するだけなのだが、やはり資金の差でニコライの方が大量購入する結果となった。
「では私達は次の予定がありますので」
「うむ。色々と感謝するぞ」
「また来てくれな。誰かさんと違って、嬢ちゃん達なら用がなくても歓迎するぜ」
「ありがとうございます。ではまた」
「失礼いたします」
ヒメカとジェードが店を出た後、後ろからケントとニコライの軽口の応酬が聞こえてきたが、まだまだ用事があった2人はそのまま糸の加工を頼んでいた工房へ向かった。




