81話 本領発揮です。
重厚な扉は見た目よりも軽く開き、2人が完全に部屋へ入るとひとりでに閉まる。
一度入っているので分かっているが、部屋は薄暗く、だだっ広いだけのシンプルな部屋である。
ある程度姉弟が歩を進めると、奥の方で大きなものがゆっくりと動く気配がして、姉弟は剣を抜く。ただし、ヒメカの剣は先程使っていた物ではなく、別の剣になっている。先のミノタウロスの斧の攻撃をいなした時に刃こぼれしてしまっていたのだ。腱を斬った時は魔法でガチガチに強化していたからこそ出来た芸当である。
「「え」」
ようやくミノタウロスの姿がはっきりと見える距離に来ると、それを見た姉弟は目を見開いた。
普通は茶色なミノタウロスの毛皮だが、目の前のものは赤色。目は金色に爛々と光り、角も随分立派である。持っている斧からは炎が噴き出しており、普通に受け止めれば火が燃え移りそうだ。
「まさかの特殊個体……………………これは素材に期待ね! 悠、あれ相手に近接戦は面倒だから魔法解禁でいいわよね?」
「ん。武器をどうにかするまでは俺も魔法主体で動く」
判断は早く、すぐさま魔法を解禁することにした姉弟は、ミノタウロスの初撃を待たずに左右へ展開し、ちょうど挟み込む位置で同時に氷の塊をぶつけた。
氷の塊はミノタウロスの体に命中し、細かく砕けたかと思うとあっという間に気体となって体表面を凍らせていく。
ブモォオオオオオオオ!!!
ミノタウロスが大きく咆哮をあげると、体にまとわりつく氷がどんどん融けてゆき、湯気となって天井へ上っていった。一応皮膚に凍傷が出来ていたが、深部までは凍らせられなかったようだ。
「うわぁ面倒臭い」
魔法耐性の高さにヒメカがぼやく。その間もミノタウロスが斧を振り回すのでそれを避けるのだが、炎が形を変えるので難易度は高い。
「あっつい……」
「わぁ、床が燃えてるー」
室温は上昇するし、このままでは逃げ場がなくなるのでヒメカが燃え続ける床を冷却し、鎮火。凍ったままだと滑るので、溶けて水になったものと一緒にミノタウロスの足元へ動かして再び冷却。先程より温度を低くしているのか、ミノタウロスも融かそうとするがなかなか融けない。そして足元から膝、膝から腿と徐々に氷は上へと伸びていく。
ヒメカがミノタウロスの足止めをしているので、ユウトは斧を持つ右手目掛けて剣を振るう。武器の強化を重ね掛けして強度も切れ味も増した刃は、握った斧ごと腕を切り飛ばした。
「もしかして物理耐性は通常個体並なのか?」
あっけなく飛んで行った腕を見ながら感想を述べつつ追撃。今度は左腕を切り落とした。邪魔な武器と両腕が無くなれば後は仕上げに首を刎ねて戦闘終了だ。最後のあがきとばかりに角を引っ掛けられそうになったが、ヒメカの氷が胸のあたりまでがっちり固定していたのでユウトは簡単に避けてかすり傷一つない。
「悠、ギルドに報告したいから解体せずに持ち帰りましょう」
「了解」
ボス部屋で特殊個体が出るなど聞いたことがなかったヒメカはギルドへ報告することにしたようだ。別に解体後の物を見せてもいいのだが、特殊個体は通常個体と希少部位が違う可能性があるのでギルドの解体師に任せた方が間違いがない。あとは、せっかくマジックポーチがあるので変わった物はなるべく多く持ち帰りたいという理由もある。
(もしかしたら物凄く美味しいかもしれないし)
通常個体のミノタウロスの肉は高級赤身肉。低脂肪であっさりとしていながら柔らかな食感は貴族女性に大人気である。通常個体の肉はまだマジックポーチの中にあるので、特殊個体と食べ比べてみたいとヒメカは考えていた。
「斧も持って帰るのか?」
「一応? 人間サイズじゃないから実用性はないけど証拠品にはなるでしょう」
「わかった」
すでに斧自身からは炎が出ていないが、その周囲は燃えているし、鎮火しても吹っ飛んだ勢いと重さで地面深くに突き刺さっている。鎮火には水では弱いので氷で。深く刺さっているものをそのまま引っこ抜けば危ないので土魔法で掘り進めながら斧を抜いてヒメカの所へ持っていった。
ヒメカの方も分断された頭と左腕を収納し終えていたのでユウトが持ってきた物を入れて、転移陣のある奥へと歩く。
「これ見せたら絶対騒ぎになるよな?」
「そうだけど報告しないわけにもいかないのよねぇ。たぶん脅威度が上がるから……っと、宝箱発見」
「使い勝手悪そう」
転移部屋の2mほど手前に宝箱が鎮座している。宝石類が埋め込まれて豪華であるがインテリアとしては使えそうにない。
「ボス部屋の宝箱システムも謎よね。出現は完全にランダムらしいし、ボスの強さに比例する価値の物が入っているとか」
「特殊個体を引いたけど宝箱があった俺達は運がいいのか?」
「倒せない相手ではなかったしプラスじゃない?」
一応鑑定スキルで罠がないことを確認してから中身も見ずに収納。宝箱がフォルダ代わりになるので、ステータスの持ち物欄で何がどれだけ入っているか品目と数字を確認する。
「えーっと、金貨、宝石、魔石、魔晶石に、炎斧と大盾が1つずつ。金貨はアッハタート金貨で848枚。宝石、魔石、魔晶石は種類や大きさバラバラだけど読み上げる?」
「いや、いい。魔晶石は全部手元に、宝石と魔石は質がいいのだけ残して売却かな。アッハタートって昔の国の名前だったよな? 持ってても仕方ないし数枚持っておいて残り全部売ろうか」
「約700年前まであった国の名前ね。アーンスの北部を含めた広大な土地を治めていた大国よ。……うん。売りましょうか。手元に残すのは48枚でいい?」
「うん」
「斧と盾は? 私は使わない」
「俺も。売却だな」
「はーい」
さっくり話し合いを済ませて転移陣を起動。透明なパネルが表示されて階数を選べるようになっていたので地上をタッチする。
「はぁ……あと2日は潜れる予定だったのに……」
「まあまあ。予定が後ろ倒しになるよりいいじゃない。ラトローの迷宮制覇という主目的は達せられているわけだし」
上級迷宮にはスムーズにいける、とヒメカが言うと、それもそうかとユウトも納得した。
姉弟は地上へ転移すると、周囲の視線が集まるのを肌で感じる。そして姉弟の方向を見たり指差したりしながらざわざわと騒がしくなる。
(何事?)
「ダンジョン制覇って分かり易い目安だからじゃないの」
ボス部屋からの転移だと転移陣の光の色が違うことを知らないユウトと、知っているが報告を急いだ方がいいかと地上まで直接転移を選んだヒメカである。
「すみません、少しお聞きしたいんですが」
視線をまるっと無視したヒメカは、テント内のギルドの制服を着ている人の中でも、地位が高そうな男性職員に声を掛けた。
まずボス部屋に亜種が出るかの確認。そんな話は聞いたことがないという職員に証拠もあると伝えると、ぜひ見せて欲しいというので、ユウトが切り落とした頭を取り出して見せる。
さすがに大きさがあるので、姉弟に視線を向けていた冒険者達にもソレが見えてしまい、騒ぎが大きくなってしまった。
「予想通り騒ぎになったな」
「まあその前から騒ぎになっていたしいいんじゃない?」
のほほんと会話をする姉弟とは違い、ギルド職員は慌ただしく動き出す。1人は冒険者ギルドへの連絡に馬を走らせ、2人は急いでダンジョン内へ。残りの人も順番待ちをしていた冒険者へ注意喚起と入場を一時禁止した。
「あの、申し訳ありませんがこの亜種の詳細を教えていただけないでしょうか?」
「あ、はい。まず最大の特徴は――――
――――という感じです」
知り得る限りのことを伝えると、外見的特徴と武器は頭と両腕を取り出して見せた。姉弟の言葉通りならば、斧の検証は街中よりこの場の方が得策だと判断した職員により検証が行われた。
斧は魔力を流すと炎を吹き出す仕組みで、比較的魔力の多い職員が安全確保してから起動。すぐに魔力切れを起こして倒れた。魔力供給が途絶えると炎は消えたが、炎が触れた地面は燃え続けている。延焼はしないが土が燃え続ける様子は異様であった。
「よ、よく倒せましたね?」
顔を引き攣らせる職員達。魔法士であることを隠したかったので凍傷の部分は出していないが、頭と腕だけでも大きさは察せられるし、斧から吹き出す炎の勢いも目にした。
戦い方については、この場で質問されたくなかったので、ヒメカは笑顔で、ユウトは表情を変えずに無言で返した。
ダンジョン入場禁止に文句を言っていた者もいたが、実物を目にして少し声が小さくなり、斧の検証で沈黙した。炎の斧というだけでも厄介なのに、燃え続ける地面を見て顔を青くさせた。魔法士でもなければ鎮火は不可能。盾で防ぐことも、武器で受け流すことも出来ない炎など最悪だ。
「ミノタウロス亜種本体は魔法を使わなかったのですか?」
「えっと、体表面から湯気みたいなものを吹き出したのと、最後、口から火を吹こうとはしていましたね。その前に首を落としたので不発でしたけど」
「そうだったか?」
「ええ。悠が角の攻撃を避けたあと、開いた口の中に種火のようなものが見えたわ」
種火が見えたのも本当のことだが、ヒメカは魔力が集まるのも感じていたので魔法だと確信していた。
(足元の氷を融かそうとしたのかもしれないけど結構な量の魔力を練り上げていたのよね。それこそあの部屋全体を丸焦げにするくらいの)
対応は出来るがギルドへの報告が面倒臭い。嘘を吐くのも気が引けるのでこれ以上聞かないでほしいと祈りつつ、ユウトに感謝したヒメカだった。
「すみません、そろそろ街へ戻ってもいいですか? 何かあればマルズのギルドでお話しますので……」
報告はしたし再入場も出来ないので、これ以上ここに居て魔法士だということが広まるのを避ける意味でも、さっさと街へ戻る事にした。職員も亜種を相手にした後なので無理に引き留めることはせず、マルズへ戻ったらギルドへ顔を出して指示を仰ぐようにとだけ伝えて姉弟を見送った。
マルズへ戻った姉弟がギルドへ行くと、早馬を走らせた職員の話を聞いていたギルドはミノタウロス亜種の検分をするからと夜まで拘束された上に、明日も話を聞きたいから顔を出すように言われたのだった。




