79話 ラトローの迷宮へ挑みます。
翌朝。ご機嫌なヒメカは鼻歌を歌いながら朝食作りを始めようと準備をしていると、起床時間よりも早めにジェードが起きてきた。
「おはようございます」
「おはよう。今日はいつもより早いのね。もしかして眠れなかった?」
昨日色々と一方的に話してしまったために、ジェード達の負担になってしまったのではと心配になる。
「いえ。ですが仕事の前に少し料理を教えていただければと思いまして……ご迷惑だったでしょうか?」
「あら、勿論大丈夫よ!」
そうと決まれば早速食料庫へ行き、ジェードに確認を取りながら知らない事を教えていく。ジェードは最低限の食事しかしたことがないために、名前は知っていても実物を知らないことが多々あり、料理も初挑戦で、火の起こし方も知らなかったので一から教えることになった。
ただ、地頭がいいのと手先が器用なのとで、一度教えてしまえばある程度出来てしまう。
まさかの即戦力で朝食作りはさくさく進み、テオが起きてくる頃にはキッチンの使い方と切る・焼くは問題なく出来るようになっていた。
「あっ……おはようございます! すみません! 俺だけ手伝いしてない……あ、でも今から仕事……うぅぅ……」
「ほらほら落ち着いて? 大丈夫だから。……ところでテオはどの程度料理が出来るか聞いてもいい?」
「あ、はい! 鳥をさばいて焼くだけとか、適当な野菜を鍋で煮たりとかなら出来ますけど……正直ご主人様に出せる味ではないと……」
料理の味を思い出して微妙な顔になるテオ。当時は御馳走だと思って食べていたが、ヒメカの料理を食べてからは価値観が崩れてしまっていた。
(ということはお鍋に作り置きしておけば温め直して食べるのも出来るわよね?)
予想以上にテオが料理出来ることが判明したため、自分達がいなくとも大丈夫かもしれない。そう考えたヒメカはテオにも説明をすることにした。
「後で手伝うから少し時間を頂戴。新たに作った魔道具の説明をするわ」
「ぇえええ!? ご主人様に手伝ってもらうなんてダメですよ!!」
「あら、私の都合で時間を貰うのだから当然の措置よ。それに朝食は一緒に食べるのだから気にしない気にしない。ジェードには繰り返しになるけど一応一緒に聞いてね。説明漏れがあるかもしれないから」
「はい」
そう言うと、ヒメカは冷蔵庫と冷凍庫について説明する。両方『時間経過減少』も組み込んで腐りにくくしているが、そのままでは冷却の妨げになってしまうため、放り込んだものが一定の温度になったら発動するだとか、温度は個別感知だとか、技術的に難しい事も組み込んでいるが、省略して使い方だけ教える。
「とりあえず実験的に作った物だから食べる前に腐ってないか確認して、肉類や作り置きのスープはしっかり火を通してから食べてね。少しでもお腹の調子が悪くなったら悠が用意してくれた薬を飲むこと」
〆るようにそういうと、約束通りセキトバとスイのお世話を一緒にしに厩舎へ向かったヒメカだった。
魔法を使ったことでいつもより早く仕事が終わり、全員風呂で汗と臭いを流してから朝食の席に着いた。
テーブルにはクリームパスタとスープ、パン用の取り皿が並べられている。パンはバターロールとクロワッサンが中央のカゴに入っていて、トングが添えられている。飲み物は果実水、紅茶、水が入ったピッチャーから好きな物を自分のコップに注ぐ。
(この麺って添え物だと思ってたけどご主人様達は普通に食べてるし……)
料理の腕は知っているがテオは見たことがない調理法やアレンジの仕方に情報過多になる。ちらりと横を見るが、ジェードは疑問すら抱いてない様子で静かに食べ進めている。
(パンだってこんなにふわふわだったりサクサクしているの見たことない……)
昔の事は思い出したくないが、それでも知識としてテオの中にある食事風景。パンはスープに浸さないと噛み千切れないくらい固くて美味しくない。腹にたまればそれでいいという考えでずっと食べてきた。
奴隷の扱いなんて酷いものだと思っていたが、今の方が昔より余程まともな生活を送っているし、テオの常識は短期間でことごとく姉弟によって打ち砕かれている。
それでも一口料理を食べれば悩みなど頭から飛んでいく。
テオがパスタだけじゃなくてパンも1つずつ食べて満たされた腹を撫でると、「おいしかった?」とヒメカが話しかける。
「はい! 朝からこんな美味しい物が食べられるなんて……ありがとうございます!」
「あらあら。ふふふ。それは良かった。これからも色々作るから好きな物があったら教えてね」
あまりにも当たり前のように好みを聞くが、テオにはそれがどうしようもなく嬉しかった。絞り出すように「ありがとう、ございます」と返事をするのがやっとだった。
「さて。じゃあ私達は出るわね。冷蔵庫にお鍋ごとスープを入れているから火に掛けて食べて。冷凍庫には果実水を凍らせたおやつが入っているから水分補給がてら食べちゃって」
「うち、基本的に1日3食だから少しずつ慣れて。俺達がいなくてもちゃんと食べて」
「もし靴屋さんが来たら明後日帰って来るって伝えてくれる? 知らない人が来ても敷地内には入らせないようにね。家の中なら安全だから。あ、そうそう。家の鍵も渡しておくわね」
どうせ魔道具制作をするのだからとスペアキー(正確には防犯魔法解除用のストラップ)を用意しておいたヒメカ。3日位なら何があっても困らない程度のお金は渡しているし、それとは別にお小遣いを渡して好きに使っていいと言ってあるので外出するかもしれない。
残念ながら防犯グッズは間に合わなかったので口頭で充分注意するように呼びかけるだけだが、テオもジェードも外へ出る気はなさそうだ。
「じゃあ行ってくる」
「いってきます」
「「いってらっしゃいませ」」
テオとジェードに見送られ、ヒメカとユウトは冒険者ギルドへ向かった。
「中級ダンジョンって初級ダンジョンより人が多いのねー」
通行証を手に入れて南門から出て南西へ進んだところに中級ダンジョン・ラトローの迷宮はある。その入り口には職員用だと思われる簡易テントが張られていて、長蛇の列が出来ている。
「入場待ち最後尾はこちらでーす! 通行証を発行してない方は東側のテントへ並んでくださーい!」という誘導案内の声にしたがって並ぶと、迷宮の入口はさっぱり見えなくなってしまう。
「とりあえず待つか」
「そうね」
さすがに中級ダンジョンに潜る冒険者は慣れている人も多いので、遅々として列が進まないということはなく、20分後には姉弟もダンジョン内へ入場出来た。
「とりあえず転移陣登録しつつ最下層まで一気に行く。その後ボス部屋の転移陣で上層階へ飛んで、時間いっぱいになるか、飽きたらマルズへ戻る。で良かったよな?」
「そうそう。じゃあとりあえず最下層へ行きましょうか」
「了解」
邪魔にならない位置で確認を終えると人の波をスルスルと潜り抜けて少し駆け足で最下層を目指した。




