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77話 工房へやってきました。

 商業ギルドへ到着し、受付で用件を伝えるとすぐにマルスランが現れた。

「まずは昨日の謝罪を。分を弁えず、貴重なお時間を浪費させてしまいましたこと、誠に申し訳ありませんでした」

「いえ、私の方にも問題がありましたので。申し訳ありません」

「俺も気にしていませんから」

 初手は謝罪から始まったが、その後は普通に工房の紹介が始まる。昨日の事もあり、紹介料をいただかない、とマルスランが言うので、そこはお互い様だったので正規の紹介料は貰ってほしい旨をヒメカが伝え、少々戸惑っていたので、マルスランの補佐役(昨日とは別の職員)に支部長にもお伝えくださいとヒメカがお願いした。

 それでようやくマルスランが安堵の息を漏らしたので、やはり支部長の指示があったのだと姉弟は頷いた。

「ご紹介する工房ですが3つあります。どこも納期はきちんと守りますし、腕もいいです。加工料も差がありませんがいかがいたしましょうか?」

 テーブルの上に3枚の用紙が置かれ、それぞれの工房の名前、場所、料金の目安が書かれてある。

 姉弟は同じタイミングで同じ紙を取ろうとし、お互いに顔を見合わせて頷く。

「ではこの工房でお願いします」

 ヒメカが代表して選ぼうとした1枚を取り、マルスランの方へ向けた。場所は商業ギルドから徒歩で20分程。職人街の端の方にある工房だ。

 工房を選んだら紹介料を支払い、来たばかりの商業ギルドを出て早速工房へ向かった。



「お嬢ちゃん達が依頼主か?」

 先にマルスランが工房へ入っていき、さほど時間を置かずに出てくる。直前まで工房が決まっていなかったので話を通すためなのだろうが、姉弟が店へ入るなりその言葉を投げかけてきた工房主。

「はい。材料持ち込みで糸に加工をお願いします」

 マルスランが執り成そうと口を開く前に、ヒメカが本題を切り出した。工房主から見ればヒメカがお嬢ちゃんなのも間違いないので気にしない。当の本人が気にしていないのだからとマルスランも口から出掛けた言葉を飲み込んだ。

「チャームシープとシルクワームだったな。シルクワームの繭は処理してあるか?」

「いえ。工程が分からなかったので採取してそのままマジックポーチへ放り込んでいます」

 そこまで聞いて、工房主は少し渋い顔をする。

「……加工料は繭の個数で取るが、もしかしたらあんま糸に出来ねぇかもしれないが大丈夫か?」

「問題ありません」

「んじゃこっちだ」

 依頼主の了承を得たことで少し安堵して工房の奥へと案内する。姉弟はその後を着いて行き、マルスランも姉弟の後ろからついてきた。

 奥には作業場があり、とても大きな釜の周りに足場が組まれている。魔物の素材は大きい物も多いのでそれに合わせて道具も大きいのだろう。

「この魔道具にシルクワームの繭を入れてくれるか?」

 特に大きかったのが、工房主が魔道具と言う巨大な箱。上部に繭を放り込む口があり、この箱で繭を乾燥させてサナギを殺すらしい。処理が完了したら下部の口から排出される仕組みになっている。

 姉弟は足場を上り、工房主の言う通りに投入口へどんどんシルクワームの繭玉を放り込んでいくが、1つ1つの繭玉が大きいのと採取した量が多過ぎたようで、26個ほど投入した所でストップがかけられた。

「ちょ、ちょっとまった! これ以上は無理だ!」

「はーい」

 工房主の言葉に素直に従い、姉弟は今まさに投入しようとしていた繭玉を再びポーチへ収納した。

「はぁ……お前らどんだけ取って来たんだよ…………」

「あと13個ほどですねー」

「ダンジョンだし多少取り過ぎてもいいかと思って」

 ねー、と顔を見合わせて声を揃える姉弟。マジックポーチがあるのでほぼ独占してしまった感はあるが、なにせダンジョンなのでそのうち幼生がリポップして繭を作るだろう。

「あーだがどうしようか……さっさと処理しちまわねーと孵化しちまう」

「でしたら残りは別の工房に任せませんか? せっかくの繭玉がダメになってしまっては勿体ありません」

 工房主が困ったように頭を掻いていると、マルスランが代替案を出した。親切心もあるが打算もあるのは今更だが、姉弟としても糸にしてしまえるならその方がいい。別にこの工房に拘る理由もない。

「それしかねえか……知り合いの工房に応援要請するけどアンタらは大丈夫か?」

「私達は問題ありません」

「一応、工房のお名前だけ控えさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 ヒメカが了承すると、すかさずマルスランが工房の名前を聞く。紹介料には問題が起きた時の仲裁料も含まれているので把握は必須。そのことは周知なので工房主とマルスランの遣り取りはスムーズに完了した。

「んじゃ遣いを出すわ。……ダニー、ちいとガリンド工房に応援要請してきてくれ! シルクワームの繭玉13個だ!」

 工房主が奥へ向けて声を張り上げると、わりと離れた場所で作業していた若い職人が「了解っす!」と答え、バタバタと足音を立てて外へ走っていった。

「これでとりあえずいいな。次はチャームシープだったな。こっちだ」

 糸の種類ごとに作業場が違うようで、羊毛を扱う作業場へと案内される。

「ボッカルド、糸の選定を頼む。他と混ざらんようにな」

「はい」

「あっ……ちなみに量はどのくらいなんだ……?」

 シルクワームのことがあるので少々及び腰で質問する工房主に、ヒメカはさらりと答える。

「50匹分です」

「……それくらいならなんとかなるか。ボッカルド、頼んだ」

「分かりました」

 チャームシープは競争が激しかったためにキリの良い数でやめておいた。ただし、通常個体はちゃっかり色別に最低3匹は確保している。

「ではこちらの台に載せていただけますか? 全部は乗らないと思うのでこちらの箱に残りをお願いします」

 ボッカルドと呼ばれた壮年の穏やかそうな男性が指示を出し、言う通りにするが、羊毛は『洗浄』で綺麗にしているため、箱の汚れが少し気になったヒメカ。

「すみません、この箱って綺麗にしてもいいですか?」

「ん? 今から洗ったんじゃ時間がかかるだろ」

「彼女は魔法が使えますのですぐに済みますよ」

「そうなのか? じゃあ頼むわ」

 工房主の許可を得たので、箱を『洗浄』して新品のように綺麗にしておまけに『消臭』もかけてから羊毛を放り込んだ。

「ほぉ。こりゃ便利な魔法だな。嬢ちゃん、加工料に色つけるから他のも綺麗にしてくんねーか?」

「いいですよー」

「!?」

 あまりにも簡単に了承するのでマルスランが驚いている。たしかにヒメカはマルスランを警戒して誤魔化すか話題をすり替えるところがある。

「マルスランさんは一度引き受けたら次から次に仕事をさせようとしそうだから嫌だって言ってましたよ」

「  」

 ユウトがズバリ理由を教えるとマルスランは言葉を失くした。対して、工房主はダメならダメですっぱり諦める気風なため、今回限りであっても粘らないだろう。



 ヒメカが道具清掃を終わらせたら早速簡易な事務所のようなところで納期や代金の話し合い。代金はヒメカのアルバイトのおかげで安くしてもらうことが出来たが、問題は納期。量が量だけに今すぐにと言われても他の仕事もあるので無理だ、と。

「すぐに必要なわけではないので無理はしなくて結構です。他の仕事の兼ね合いを加味して無理なく仕上げていただくとしてどのくらいで出来ますか?」

「そうだな……2週間、できれば3週間欲しい」

「では3週間でお願いします。もしかしたら私達が来られないかもしれないのですが、取り置き、もしくは代理を向かわせても大丈夫ですか? 奴隷なのですが……」

 奴隷と呼ぶのはいささか不本意だが、こういうことははっきりさせておかなければならないと、ヒメカは確認を取っておく。注文分ならばテオやジェードに渡してあるマジックポーチの容量でも充分だろう。

「おう。大丈夫だ。割符を渡しておくからそれ持って来てくれりゃいいぜ」

 工房主も慣れたもので、割符を用意していた。

「おやっさーん、ガリンドさんとこにOK貰ってきやした! 物を持って来て欲しいらしいっす」

「おう! あんがとよ! ……先にガリンド工房へ行ったんでいいか? シルクワームは早い方がいいからよ」

「勿論です。ありがとうございます」

 打ち合わせは一旦中断し、ガリンド工房へ向かって同じように繭玉を機械に放り込んで戻ってくる。繭玉の数の確認と代金等の分配は工房主とマルスランの3人で話し合い、あくまでヒメカ達の契約は元の工房のみということになっている。しかし、工房同士の相互扶助は良くあることなのか、すぐに話し合いは終わった。マルスランもあくまで第三者として契約締結を見守るだけなので口を出すこともない。

「すまん、待たせたな」

「お構いなく」

「んじゃ打ち合わせの続きと行こうぜ」

 元の工房へ戻り、打ち合わせの続きを行うが、そちらもサクッと終了した。金払いもよく、納期も工房の都合に合わせてくれる良客。客と工房間で揉めるはずもなく、ただの確認のみである。

「では代金の確認をお願いします」

「了解だ」

 テーブルの上に厚めの布を敷き、上に硬貨を並べる。

(キャッシュトレイがあればいいのだけど……今度革で作ろうかしら?)

 工房主が数えているのを見ながらヒメカがそんなことを考えていると、集計が終わったようだ。

「ちょうどだな。じゃあ3週間後にこの割符を持って来てくれ」

「はい」

 受け取った割符は失くさないようにすぐポーチへ収納。無事、契約が締結された。

 その後は、もうすぐ繭の乾燥が終了するとかで次の工程の準備等、工房が忙しくなってきたので邪魔になる前に退散することにした。



「では商談といきましょうか」

「え?」

 商業ギルドへ戻り、商品の引き渡しが終わるまで締結した契約書の予備をギルドで保管するというのでおまかせした後、ヒメカの方から商談を持ちかけた。

「こちらが売るのはワームシルクの糸。量は完成品の半分でいかがでしょう?」

「それはありがたいですが……よろしいので?」

 困惑するマルスランに、ニコッと笑顔で返すヒメカ。

「昨日、弟のおかげで頭が冷えましたから。それに、加工済みであれば冒険者ギルドよりも商業ギルドの分野でしょうし」

「ではこちらに何を御望みで? まさか代金のみということはないでしょう?」

 商談というからには完成品がなければ話にならない。この時点での商談では完成品の質が分からないので値段も付けられない。

 さすが話が早いとばかりにヒメカは本題を持ってきた。

「実は今借りている家を買い取りたいのです。それに関して色々とお話を伺えたらと思いまして」

「ほう……つまりそれはマルズを拠点にしてくださるということですか?」

「いえ。奴隷を身請けしようと思うので、こちらに家を買って住まわせようと思うだけですね。まあ年に何度かは戻ってくると思いますが」

「なるほど……たしかにロザリアよりはこちらの方が手続きが簡単ですからね」

「そうですね。なので家を買う場合の注意点等、ご相談に乗っていただければと思いまして」

「それならば得意分野ですのでよろこんでお引き受けしましょう」


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