76話 弟は強し。
マルズへ帰ると、初、パーティのみでのダンジョン踏破を記念して一杯ひっかけ……るわけもなく、冒険者ギルドへ向かい、討伐証明や素材を提出するだけで終わる依頼を受理してもらう。シルクワームの繭も依頼には出されていたが一旦保留にし、工房の名前だけ控えて次に向かうのは商業ギルド。
窓口で糸の加工をしている工房を紹介してもらえないかと尋ねたが、何故か不動産部門のマルスランが対応するらしい。
「えっと……大変ありがたいのですが分野が違いませんか……?」
「実は御二方のことはなるべく私が担当するようにと支部長に厳命されておりまして。勿論、私では対応出来かねることも多々あるかとは思いますが、一応これでも役職を持っているので私を通して他部門へ依頼した方が何かと便利かと思われます」
満面の笑みでそう言うマルスランに、姉弟は少し思案してそのまま流れに身を任せることにした。
「では糸の加工を引き受けてくれる工房を紹介していただけますか?」
「かしこまりました。して、素材はどのようなものでしょうか?」
「チャームシープとシルクワームの繭玉です」
「ほう! アルヒの塔へ行かれたのですね!」
マルスランの瞳の奥が光る。アルヒの塔は初級ダンジョンとはいえ、一般人が採取に向かって無事で済む場所ではなく、かといって人を雇うには採算が取れない。なので冒険者ギルドから買い付けるしかないのだが、1つギルドを通しているので今一つ安くならない。
「あの、もしよろしければ一部商業ギルドへ売っていただけたりは……?」
「え? でも自分達で使うつもりで……」
自分達で使ったとしても大半はそのまま残るだろうがあえて渋る。そういうところが商人の琴線に触れるのだが、当の本人はここで渋っておかなければ損しかしないという勘の元で発言しているだけなので、全く気付いていない。
「勿論使う分までお売りいただこうとは思っておりません。ですが、余りがあればという話です。もしご了承いただけるのであれば紹介料はいただきません」
「それは申し訳ありませんからきちんと紹介料は支払います」
「いえいえ。たしかに日は短いですが知った仲ではありませんか。ぜひとも手助けをさせていただきたい」
「でしたら紹介料を支払いますので仲介だけお願いします。商業ギルドはそれが可能だとお聞きしておりますが? それとも私どものようなたかが冒険者にはそれすらしていただけないのでしょうか?」
相変わらず友好的な笑顔で舌戦を繰り広げる2人。ユウトはもう慣れたようで、溜息を吐きながらお茶を飲んでいる。
「(このお茶もなかなか美味しいな)すみません。このお茶の茶葉が欲しいんですが」
「かしこまりました。どの程度ご用意いたしましょうか?」
「とりあえず100g程お願いします。代金は――――」
「――――くらいになりますがよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
ヒメカとマルスランの静かに白熱する商戦とは違い、ユウトとお茶汲みをしていた職員は普通に茶葉の売買をしていて平和なものである。
職員が茶葉を持って戻ってきても交渉は続いているので、ユウトは扉の近くで支払いを済ませて席に戻る。
一度失敗を経験したヒメカは反省を生かしてマルスランと同等に渡り合っているが、だからこそ交渉が終わりそうにない。
「姉さん、話がまとまらないなら今日はもう帰ろう」
「そうね」
鶴の一声ならぬユウトの一声。ヒメカは張り付けた隙のない微笑みを消し、いつものどこかぽやっとした笑顔に戻る。
「へ? あ、あの……」
急に商談を放り出されたマルスランが困惑するが、ユウトは立ち上がりながら釘を指した。
「マルスランさん。こちらは無理を押し通そうとしているわけではないのですから、普通に仲介料を取って工房を紹介してもらえませんか? もし次も話を長引かせるなら担当は別の方にお願いします」
「う……申し訳ありませんでした……」
「姉さんも。たしかにいつも交渉を任せっぱなしで悪いとは思ってるけど、普段ならもっと冷静に対応できるだろ?」
「はい。気を付けます」
交渉人コンビ、最年少に怒られるの図。
何気にずっとこの場にいたお茶汲みをしてくれていた職員も、マルスランの斜め後ろで口元を抑えて肩を震わせている。
「というわけで今日は帰ります。お茶御馳走様でした」
「ありがとうございました。失礼します」
ユウトとヒメカは席を立ち、一礼する。
「いえ。またいつでもお越しください」
「本日は申し訳ありませんでした。明日までに工房の選定をしておきますので、何卒ご容赦のほどお願い申し上げます」
謝罪するマルスランに、ユウトは別に怒ってはいないことを伝え、工房の紹介お願いします、と依頼した。ヒメカの商談はなんだったのかといえるくらいスムーズに事が済んでしまった。
帰り道、ちらちらとユウトの表情を確認するヒメカだったが、元々喧嘩をしたわけではないのでユウトも気にしていないし、どうしてもというならばプリンが食べたいというリクエストにより、夕食時にはすっかり元通りとなった。
翌日。元々予備日にしていたのと、マルスランが工房を選定しているはずだからと、街歩き用の服装に着替え、出かける準備を整えてリビングでゆっくりするヒメカにジェードが声を掛けてきた。
「あの……少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「大丈夫よ。どうしたの?」
ジェードから話し掛けてくるのは珍しいと思いながらも、居住まいを正して話を聞く体勢を作るヒメカ。テオの教師役をユウトがすることが多いためにテオ担当がユウトになっているのと同時に、ジェードに手仕事を教えているヒメカはジェード担当と言ってもいい。ジェードが相談事をするのがヒメカであること自体は不思議ではなかった。
「テオのことですが、ご主人様の正式な奴隷になることを悩んでいるようです」
「……そうね。日が浅いし急だったから申し訳ないとは思っているわ。でもその言い分だとジェードは答えが出ているようだけど?」
「私のような者を受け入れていただけるのであれば、ありがたいと思いこそすれ、悩むことはありません。ただ、テオが悩んでいる理由に心当たりがありましたのでお伝えしようと思った次第です」
「理由?」
ジェードはすでに心を決めていた。これは姉弟の知らぬことだが、実は姉弟がジェードを雇うことが決定した後、ルーベンに「あの2人程良心的な主人は現れないだろう。媚を売る必要はないが、きちんと仕事をこなし、従順な態度で臨め。手を差し出されたならば迷わず掴め」と言われていた。ジェードは疑うということを知らないのでその通りにしている。
「はい。奴隷の中には短期雇用の後に引き取られる者がいますが、その中にはしばらくしてまた売られる者もいます。その者が言うには、短期雇用の折には良い顔をするが、正式に引き取った後は酷い扱いを受けることもあるらしいです。テオも同じ話を聞いている可能性は高いです」
奴隷は大部屋生活が基本なのでジェードもその話は聞いていたが、特に興味がないと言う。だが、テオは分からない、とも。
何故、テオがユウトに懐いているにも関わらず、あんなにも悩んでいるのかという疑問が解けたヒメカは、ジェードにお礼を言った。
「納得したわ。こちらもテオに信頼されるように頑張ってみるわ。……何が出来るかは分からないけれど」
「それは勉強を教えるだけで充分かと思います。教育は奴隷に取って何よりもありがたい財産になります」
「そ、うね。うん。ありがとう。とても参考になるわ。これからも何かあったら教えてね。勿論、貴方がしたいことでも学びたいことでも何でもいいから。ただの愚痴でもいいわよ」
「ありがとうございます」
この後、ジェードにすぐに契約を書き換えに行くか聞くと、「テオが答えを出すまで待たせていただきたいです」とのことなのでヒメカは了承した。
ぺこりと頭を下げて厩舎へ向かうジェード。まだ時間よりは少し早いが、テオは先に行って準備を始めているようだ。
そんなジェードの背中を見やりながら、ユウトの部屋の扉へ目を向けるとゆっくりと扉が開いた。
「ジェードはうちの子確定ね。ちょうど今日商業ギルドへ行くし、色々聞いておきましょう。勿論ルーベンさんにもだけど、今日行く?」
「そうしようか。…………にしてもテオよりジェードが先とは予想外だった」
「そ? あれでも結構したたかだと思うわよ。教わったことはどんなものでも身に付ける所とか、テオに隠れていて分かり難いけどこちらを観察している所とか。むしろ私はテオを待つって言ったことに驚いたわ」
「……たしかに。少し前なら言いそうにないよな」
「そうね」
「どうせウチで引き取るんだし、意見は言ってくれた方がありがたい」
良い変化だと受け取った姉弟は意気揚々と出掛けた。




