74話 『光の風』の皆さんを我が家へ招待しました。
「いたいた! お前ら何で会議室で食べてんだ? 『メラン』の2人も一緒だし」
ギルド長との話を終わらせたヤンが合流した時はすでに昼食も終わり、今はヒメカお手製のテテ芋揚げを食べていた。切り方は櫛切りと薄くスライスしたものの2種類。味付けは塩のみのシンプルなものだ。ディップも何種類か出されているので味のバリエーションとしては充分だろう。
「遅かったわねーヤン」
「これめっちゃ美味い。早く食べねーと無くなるぞ」
「……(もぐもぐもぐもぐ)」
シンプルだが揚げるだけでここまで美味しくなるのだからテテ芋は偉大である。
ヤンを除いた『光の風』はすっかり魅了されている。エーランドに至ってはただただ無言でそれを口に放り込んでは咀嚼している。
目の前でどんどん消費される目新しいものに、ヤンも慌てて席につき、それを食べてみる。
「! 美味い!! 美味いぞこれっ!!」
「でしょでしょ?」
「ディップ(?)も何種類かあるからつけて食べてみろよ。全部美味しいぞ」
「……(もぐもぐもぐもぐ)」
ヤンも好みだったようで、フライドポテトとポテトチップスがなくなるまでエーランドとヤンは無言で食べ続けた。
そして落ち着いた頃に、マリベルがヤンに集まりの理由を説明し、事後承諾を取った。
「やっぱり魔法士だったか」
「黙っていて申し訳ありません」
「いや、事情は分かるから謝んな。最近の風潮のせいで言い出せないのは分かるし、黙ってて正解だと思うぞ。剣の腕もあるんだし、そのまま黙ってた方がいいかもしれん」
理解のある返答をいただいたヒメカはホッと胸を撫で下ろす。魔法士に対する不信感はやはり相当なようで、ヤンは姉弟にそのまま隠すことを提案した。短慮な人間はどこにでもいるということだろう。
(ダンジョン内ならある程度大丈夫かと思っていたけれど先に味方を作っておいた方がいいわね……ホント、魔法士ギルドって碌な事しないわ……)
(同感)
着々と魔法士ギルドへのヘイトを貯める姉弟。魔法士ギルドの魔法士を先入観ありきで見る気はないが、自身は絶対に魔法士ギルドには登録しないと固く心に誓うのだった。同類に見られるのは御免である。
とにかく、当初の目的は達せられたので、食べ終えた食器類を食堂へ返しに行った後にローブを買いに行き、そのままユウト達が借りている家へ行くことになった。
「じゃあ私は魔法陣を刻んできますね」
そう言って調合室へ籠ったヒメカ。別にリビングでもいいが、テーブルは客人でいっぱいだし、地面に広げるわけにはいかないので広い作業台があるそこが手っ取り早かった。
ミストは魔法陣に少し興味があるのか、はたまた自分が身に付けるからか、ヒメカについて行ったので、リビングにはユウト、ヤン、マリベル、エーランドの4人がいた。テオとジェードは少し早いが仕事に戻るそうでここにはいない。
大分育った緑のカーテンの隙間から庭の馬たちの様子を見ながらのんびりとする。先程昼を食べたばかりなので冷たい果実水しか出していないが、暑くなってきたこの季節に冷たい飲み物というだけで受けは良かった。
「はー……魔法ってホント便利なんだなぁ」
「ほとんど姉さんの作る道具のおかげですけど」
室内は冷却の魔道具と緑のカーテンで過ごしやすい温度になっている。マルズの暑さに慣れている『光の風』の面々も、日に日に上がっていく気温に辟易しているし、涼しいならばその方がいい。ヤンはすっかりくつろいでいて椅子の背に体重を預けて座っている。
「それにしても魔道具技師に会えるとは思ってなかったわ」
「魔道具技師、ですか?」
初めて聞く職業にきょとんとするユウト。ヒメカは魔法の勉強はしているが、師がいるわけでもなく、適当な小物やらに魔法陣を刻むだけのなんちゃって魔道具しか作っていないので魔道具技師というのがどんなことをするのか気になった。
「あれ? 違うのか?」
「初めて聞きました。姉さんの場合、魔法陣を物に刻むだけなので魔法陣学の延長だとばかり思っていました」
「ああ。そういえば独学だって言っていたわね。魔道具技師っていうのは読んで字の如くな職業なんだけど、その最たる物がコレよ」
そういってマリベルが指すのはマジックポーチ。ヒメカも容量拡大と時間経過を緩める機能付きのものを作っていたので、知らずに魔道具技師のようなことをしていたのだろう。
「私達のも魔道具技師に作ってもらったのよ」
「技師は少ないし基本的に自分が魔道具技師だとは名乗らないのだ。だから伝手がなければ会うことも難しい。俺達もギルド所属になった時に初めてギルド長の紹介で作って貰えた」
「ただ問題は維持コストだよなぁ。魔石なんてそうホイホイ手に入るもんでもないし」
魔法士ではない人間相手でも使えるように魔道具に魔石を仕込むのは当たり前だが、ユウトの知る限り、維持コストが問題と言う程、ヒメカが魔石を使っているのを見たことがない。常時発動型の魔道具では、空気中の魔素を利用するように陣を描くので、魔石は最初の起動スイッチの役目だけでいいはずである。
(もしかして、根本的に違うものなのか?)
ユウトの好奇心が静かに刺激される。ユウトも魔法陣の読み解きは出来るので、ダメ元で見せてもらえないかとお願いしたらすぐにOKが出た。
ユウトがヤンのマジックポーチを手に取り、魔法陣を可視化させて読み解くと、基本は同じだが空気中の魔素は利用していないようだ。なので、可動している間は魔石の魔力が常に必要になり、こぶし大の魔石で2~3年持てばいい方で、定期的な魔石の交換作業が必要だった。
(そういえば魔力感知が出来るようになってから分かるようになったとか言ってたような……)
つまり、空気中の魔素を取り込む仕組みはオリジナルの可能性が出てきた。こればかりは本人に聞くしかないが、今現在は作業室に引き篭もっているので、覚えていたら後で聞いてみようと考えた。
熱心に魔法陣を見つめるユウトに、ヤン達が少しばかり気になって声を掛けたことでユウトは思考を中止し、魔法陣の可視化を解いてヤンにマジックポーチを返却した。
「ありがとうございました。勉強になりました」
「いや、それはいいが……もしかしてお前も魔法陣が読めるのか……?」
ヒメカだけだとばかり思っていたヤンが驚愕の表情でユウトを見るが、あっさりと肯定されてしまった。
ユウトが魔道具作りをしないのは、ヒメカの分野だから手を出していないだけで知識は共有している。知能にもほとんど差がないのでヒメカが理解していることはユウトも理解しているし、その逆もまたしかり。だから意見交換をすることもあるし、別視点からの発見で効率化できた問題も多い。姉弟の場合、固定概念がないことも研究結果を出せている要因なのかもしれない。
不思議そうにするユウトに、魔法の知識が一切なくともそれが普通ではないと分かる。
弁明するならば、ユウトの基準はナルとギル。しかし、ナルはロザリア随一の天才学者だし、ギルはヒメカやユウトに勉強を見てもらっていただけに影響は色濃く受けている。しかし、ナルの凄さをユウトは知らないし、ギルはあまり勉学が得意ではないという事前情報があっての急成長だったので理解できていなかった。
そんな微妙な空気が漂う中、ヒメカとミストが戻ってきたことで有耶無耶になった。
「もう済んだのか?」
「ああ。とりあえず性能テストで庭に出てみることになった。この家の中だと分からないからな」
屋内は魔道具で適温になっているため、外へ出てみることにした。ダンジョン内の暑さとは比べものにならないが、それでも事前テストをしないよりはマシだろう。
全員で庭へ出ると、日が傾いているとはまだまだ暑い外は、先程まで快適だっただけ余計にうんざりする。
「ミストさん、お願いします」
ヒメカに魔法陣を刻んだローブを渡されたミストがそれを被る。この位の暑さならばプラスしてローブを身に付ける人はそうそういない。熱がこもってさらに暑くなるだけだ。実験のためなので仕方がないが、全身をすっぽりと覆うローブにフードまでかぶっている見た目はかなり暑そうである。
「どうですか?」
「おー……すげぇ……!」
凄いとしか言わないミストは、何度か着脱をしたり、ローブから部分的に手を出したりフードを外してみたりして効果を確かめる。
「やっぱローブに覆われてる部分だけだな。手・足・顔の対策は必要になりそうだ。なあ、これ(魔法陣)って防具には付与できないのか? 全身鎧に付与したら快適そう」
「出来なくはないと思いますが装備しませんしねー」
あくまで自分達用なので手を広げようとはしないヒメカ。もし1度でも引き受けてしまえば延々魔法陣を刻み続けなければならない生活になりそうなので、『光の風』の面々には対価を渡しているし、守秘義務も取り付けていた。
とはいえ、『光の風』で全身鎧を身に付ける人間はいない。ごくたまに盾役をすることがあるエーランドが一応一式を持っている位だろうか。身軽を売りにしている斥候役と軽戦士なマリベルとミストには無縁だし、剣士のヤンも着てもハーフアーマーまでだ。
「たしかに冒険者で全身鎧って滅多にいないわよね」
「盾役でもハーフアーマーが多いよな」
とりあえず話は室内へ戻ってからにすることにした。ローブがあるミストはいいが、他の面々は額にじわりと汗が滲んでいる。
室内へ戻り、汗を拭く用のタオルと冷たい飲み物を再度出されて一休憩。気付いたことや思いついたことを好き勝手に話しながら、ヒメカはそれをメモしていく。ローブの効果自体にはとりあえず問題はなさそうなのは幸いだ。
色々な案が出揃ってそろそろお開きにしようかという時間になったので、姉弟の提案で夕食を食べていくことになった。
夕食を食べ、せっかくだからと風呂も堪能し、満足した表情で帰っていく『光の風』。ホスト側としても嬉しくなるほどのリアクションも戴いた。
「テオやジェードも一緒に食べられて良かったわ」
「そうだな。奴隷に偏見がない上に世話焼きというかなんというか……」
いつものように部屋で最低限の食事をしようとしていた2人だったのだが、ヤンを筆頭に全員が一緒に食べるように言った。姉弟は元より同じ食事をさせたい派なので、客が言うのだから、という建前を全面に押し出して同じテーブルで同じ食事をすることにしたのだった。
テオ達も、奴隷の自分達が人として扱われていることに居心地の悪さを感じていたが、どこか嬉しそうでもあった。食事も初めて食べる物が多く、一口食べては驚き、花を咲かせるように笑っていた。ジェードでさえも、思わず零れるように小さな声で美味しいと言っていたのを聞いたヒメカが早々に撃沈。その他の面々は、目頭を押さえていたり、豪快に笑い飛ばしながら「もっと食え」と自分の分を差し出したり、今度おいしいものを差し入れすると約束したりと様々。いつもより賑やかな食卓となった。




