73話 別れてすぐ会いに行きました。
「「ただいま」」
「お帰りなさい!/お帰りなさいませ」
姉弟が家に帰ったのは昼過ぎ。今は仕事の合間の休憩時間にもかかわらず揃って出迎えてくれるテオとジェード。
リビングに場所を移して、金銭や魔法鞄を姉弟に返したテオとジェードに姉弟がいなかった間のことを聞くが、特に問題なく過ごせていたようだ。テオがいるのでジェードも食事は取っていた。時間があれば、テオは読み書き計算の練習を、ジェードは縫い物の練習をしていたそうだ。
テオは分からなくなればジェードに質問し、今は単語のつづりを覚えている最中で、計算は正答率が上がっていた。
ジェードは基本の縫い方をマスターし、この分ならば次のステップへいっても問題ないレベルに成長していた。基本的に手先は器用なようだ。
「2人とも3日で随分成長したのねぇ。凄いわ!」
「ありがとうございます」
「ご主人様が問題集を作ってくださったおかげです!」
家の中は3日空けていたがとても綺麗で、姉弟がいない間はテオとジェードが共用部分の掃除してくれていたようだ。洗濯も、一応魔道具の使い方を教えていたので庭の木に紐を張って干していたそうだ。
一通り家の中を見て回り、各部屋の換気をしたら、真っ昼間だが風呂に入る。ダンジョンでは魔法を使わなかったので入浴が出来ていない。冒険者装備を着替えるついでだ。
ヒメカの後、風呂で全身リフレッシュしたユウトがリビングへ戻ると、テオは勉強、ジェードはヒメカに教えてもらいながら巾着袋を縫っていた。
「うん。字はとても綺麗ね。ただここのつづりがちょっと違うかな。それ以外は完璧よ」
「あっ……」
「ジェードは綺麗に真っ直ぐ縫えているわ。次はジェードだけで縫ってみましょう。上手く出来たら容量拡張の陣を刻んでテオとジェード専用のマジックポーチにするわ」
魔法鞄はエサ入れ専用にして、新たに作ったポーチは個人用。契約終了時にはヒメカ達に返却するか、材料費と魔法陣の加工費を足した金額から自身の作業費を引いた額で買うかしなければならないが、少なくとも契約期間中は持っていていいので役には立つだろう。たぶん。
「ということで布を選びましょう。今の手持ちは――――」
テーブルにずらりと並べられる布・布・布。個人用なので好みの色で選ばせる。ジェードはまだ好みで選ぶということが出来そうになかったので直感で選ばせた。
「手間賃は支払うから頑張って作ってね」
手仕事をさせるので手間賃はきっちりと。奴隷の道具を揃えるのは主人の責任なので例え自分で使う物でもきちんと2つ分の手間賃を支払うとヒメカが伝えた。いままでの練習で使った糸や布は教育用なので考えない。
「話は変わるのだけど、今後の予定について話し合おうと思うの」
「ん」
「はい」
「は、はい!」
主な議題はダンジョンへ向かう頻度。講習で一つのダンジョンは踏破したので残りは4つ。姉弟は基本的に同じダンジョンへは目的がない限りは1度行けばいいと思っている。何度も行きたいならば、ギルが帰った後、賃貸と奴隷契約を更新すればいいだけなのでとりあえずすべてのダンジョン踏破を目標とするらしい。
となると問題なのが時間。ギルを迎えに行くまであと1ヶ月と少し。移動に時間がかからないので 直前までダンジョンに潜ることができるが、それでもギリギリ出来るか出来ないか、といったところだ。
「もう一つの初級ダンジョン→中級→上級①→上級②の順で行けるところまででいいんじゃないか?」
「それだと計画が立てられないのだけど……テオ達は大丈夫? これから1ヶ月、私達はあまり家に帰らなくなって、その後はギル君……お客様ね。ギル君と私達は家にいることになるけど」
「俺達のことはどうか気にしないでください! この家の主人はご主人様達なので!」
「我らはご主人様方の方針に従うことに否やはありません。御主人様のお好きになさるのがよろしいかと」
ジェードのそれは定型文のような気もするが、テオもジェードも気にしなくていい、と言っているのは良くわかった。
「そう……それなら迷惑をかけると思うけれどよろしくお願いするわ。後は好きにして頂戴」
「「はい」」
何か言いたそうにしながらも言葉を飲み込んだヒメカは、気持ちを切り替えるように弾丸ダンジョンツアーについてユウトと話し合うことにした。
「上級はどちらを先に行くかね。片方が宝石や魔道具系で40階層、もう片方が56階層で希少な薬の素材や料理に使えそうな植物が採取出来るらしいわ。前者はゴーレム系が多くて、後者は階層によって気候も地形も魔物もバラバラ」
「魔法解禁するならゴーレムの方が楽そう」
「そうね」
姉弟はロックゴーレムとは何度か戦ったことがある。剣との相性が悪く、魔法か打撃系武器の方がいいので、ロックゴーレム戦では、ユウトは剣ではなく魔法で身体強化して自らの拳で戦う方法を取る。
「でも希少な薬の素材、か……」
「雪原や熱帯、砂漠なんかもあるらしいからそういう場所にしかない薬草類もあるでしょうね」
天秤が徐々にランダム系ダンジョンへと傾いていたため、そちらを先に踏破することになった。中級以上のダンジョンの場合、5階層毎に転移陣があるので一度踏破してしまえば後が楽である。
(契約更新について聞いておいた方がよさそうね……)
どのくらい滞在するかは分からないが、予定よりも長くなりそうな予感がしたヒメカである。
「となれば今の内に装備を整えないといけないな」
ユウトはまだマシだが、ヒメカは上着を1枚脱げば肩が完全に出ているデザインなのでツライだろう。足元も膝上丈のスカートの下にショートパンツを履いているだけなので、全身の装備を一新する必要がある。
「暑さ対策と寒さ対策ね。それに関して提案があるのだけど、1枚全身をすっぽり包む丈のローブを買って、魔法陣を組み込むのはどうかしら? それで対応可能なら装備はこのままでいいと思うの」
今のキュクロープス素材の装備は割と気に入っているヒメカ。本人の魔法防御力が高すぎて物理防御力が心もとなく感じてしまうので、革防具でありながら物理防御をかなり高めてくれるキュクロープス素材は助かるのだ。
「実験をしてみないとなんとも…………もしかして」
あることを思いついたユウトはヒメカを見る。残念なことにユウトの予想は的中することになった。
「『光の風』の皆さんにお願いしてみようかなって」
満面の笑みでそう答えるヒメカの目は濁りのない純粋な物であった。
『光の風』には魔法が使える事を隠しているが、この際打ち明けてもいいのでは、という結論に至り、そうと決まれば行動は早かった。
今ならばまだ冒険者ギルドにいるだろうと訪ねると、ヤンは報告のためにギルド長と面会していたが、他のメンバーにはすぐに会えた。
「あら、貴方達も食事?」
自分達目当てとは思っていないようで、マリベルは隣の席を勧めながら少し横にずれ、ミストは椅子を一脚持ってきてユウトに勧めた。
家だとテオ達が昼食を取らないのであまり食べないのだが、せっかくこの時間に外へ出たし、と昼食を食べることにした。
「それもありますが、皆さんにお聞きしたいことがありまして」
「何かしら? 答えられることならいくらでも答えるわよ?」
「近々“オビギュの迷宮”へ行く予定はありませんか? 出来れば雪原か熱帯か砂漠エリアへ」
「んーオビギュの迷宮には明後日行く予定だけど……理由を聞いてもいいかしら?」
「とある魔道具の効果を知りたくて協力をしていただけないかと」
出来るだけ声を落として周囲に聞かれないようにするが、耳聡い者はいる。「魔道具」という言葉に反応した冒険者が何人か、『光の風』と『メラン』が座るテーブルに意識を向けた。
「そういうことなら場所を移しましょうか。いいわよね?」
マリベルの提案にミストとエーランドが頷いた。テーブルの上の料理は店員に声を掛けてからマジックポーチに収納し、ギルドの受付に声を掛けるとすぐに会議室を使わせてもらえることに。ミストが笑いながら「専属冒険者の特権」と言う。
「会議室で食事を取ることも出来るから、注文する時はそのベルを鳴らせばいいわ。先に何か頼む?」
「ではそうさせていただけますか?」
『光の風』の3人がおすすめする物と飲み物を注文し、『光の風』もいくつか追加注文をしたので、それらが届いてから本格的な話を始めた。
「それで、どんな魔道具なのか聞いてもいいかしら?」
「その前に一つ。私達は魔法士です。正確には魔法士でもある、でしょうか。武器も使えますので。その上でお話を聞いていただけるかどうか決めていただけないでしょうか?」
ヒメカの告白に、『光の風』の面々は驚いた様子もなく、平然と頷いて話を聞かせてもらえるか、と言う。曰く、なんとなく気付いていた、と。
「そんなに分かり易かったでしょうか……?」
「そうでもないわよ? 私達の場合、貴方達のランクを知っていたのと、魔法士について質問した事、聞いたこともない消臭の魔道具を持っている事なんかから想像しただけだもの。その歳でCランクまで上がるには運と実力とそれなりの理由が必要なのは確かね」
一番の理由はランクであり、半信半疑ではあったが確証はなかった、というので、自分達がやらかしたわけではないのだと分かってホッとした様子のヒメカ。
「では遠慮なく話をさせていただきますね。実はローブに魔法陣を刻んで気温に左右されない装備が出来ないかと思いまして、その実験に付き合っていただけないかと思っています」
「それでオビギュの迷宮なのね。私達なら転移陣で近い階層へ飛べるし、協力者にはぴったりね」
ただ、とマリベルは喰えない笑みを浮かべた。
「勿論タダで協力してもらえるとは思っていないわよね?」
「別に実験に付き合うくらいいいだろう。ヤンならばその位何でもないからと快く引き受ける」
エーランドは協力賛成派で、ヤンも同様なのだろう。ミストは少し様子見なようで、口を挟まなかった。しかし、交渉事はエーランドよりもマリベルが上のようで、リーダー権限を持ちながら、エーランドの肩を持つヤンがいないこの場ではマリベルが有利だ。
「慣れているとはいえ場所は上級ダンジョンなのよ? 講習では助かったけど、無償で引き受けるには事が大きすぎるわ」
これは協力する気はあるが、対価を寄越せという意思表示だろう。しかし、ヒメカ側もそれを待っていたのか、交渉を進めることにしたようだ。時間をかけてヤンが合流すると、マリベルの交渉は無駄になってしまう。
「では報酬はこちらでいかがでしょう?」
そう言って取り出したのは、すでにマリベルも効果を確認している消臭スプレーである。
「い、いいの!?」
「勿論です。ただし、お渡しできるのがこれ1つだけですが」
作るのに繊細な魔力操作と集中力を要するので大量生産はしたくないヒメカである。しかし、1本持っておけばいくらでも再利用可能なのでパーティで1つでも充分である。ただし、そのことはまだ黙っておく。
マリベルは1つだけというのに引っかかっているのか、即答出来ないでいる。1つしかないのでパーティで共有することになるが、香水瓶なので大きさはお察し。中身を継ぎ足せばいいと知らないので、それ1本で何回分なのか考えているのだろう。
しかし、交渉を長引かせたくないマリベルはそれで良しとしたようだ。
「それでいいわ。…………というか、欲を出しちゃった私がいうのもなんだけど、こんな貴重な物を報酬にして良かったの?」
とはいえ、報酬無しに上級ダンジョンで実験に付き合うのはお互いにとって良くないとマリベルは思ったから対価を求めただけで、協力の報酬としては法外である。依頼主自ら提示したので大丈夫なのだろうが少し心配になったようだ。
「面倒なだけで作ろうと思えば作れますから。まあ、そういうわけで注文は一切受け付けておりませんので他の方々に話す時は注意してください」
「了解よ」
無事交渉が成立したので、後の時間は昼食を取りながらの打ち合わせ&交流会となった。実際に実験に付き合ってくれるのはミストに決定。往復も合わせて1週間くらいで戻って来られるそうだ。『光の風』は55階層まで攻略済みで、最下層にいるキマイラに何度か挑戦するも、被害が大きすぎて踏破は断念したらしい。それでも最下層手前までは行っているので雪原も熱帯も砂漠も行くのは問題ない。
「しかし魔道具を自作とは……ロザリアの魔法技術は素晴らしいのだな」
「え? さあ、それはどうなのでしょう……? 私は学院には通っていませんし、基本独学なので参考になるかどうか……」
「独学なの!?」
「基本は国立図書で調べたりや知り合いに教科書を見せてもらったりしましたけど……後は実際の魔法陣を見ながら規則性を見つけたり改変して試してみたりでしょうか。魔法陣学の全盛期と言われた600年前の更に200年前の魔法陣が個人的には好みですね。無駄がないので複雑な組み方をしていても綺麗なので参考にしています。ただ残念なことに文献が少ないのです」
「よくわかんねーけど凄いんだな」
「そうなんです! 800年前の魔法士は本当に優秀です!」
「いや、そっちじゃなくてヒメカの事」
「私ですか?」
ミストの言葉に、研究熱が上がって来ていたヒメカもきょとんとした。ユウトもそろそろヒメカを止めようかとしていたところだったので丁度いいと思いながら、ミストに耳を傾ける。
「そう。俺はたとえ魔法が使えたからってそんな勉強しない」
断言するミストに、マリベルとエーランドも深く頷いた。ユウトはヒメカ側の人間なのでヒメカと一緒に首を傾げている。
「何が出来るのか知りたくなりませんか?」
「「「ならない」」」
ヒメカの問いは即否定された。魔法はヒメカの好奇心をくすぐるものだったが、この世界の一般ではそうではないらしい。
「普通は今あるものを使うだけだもの」
マリベルの一言に、なるほど、と姉弟は思った。
魔法とは規模こそ大きいが単なる攻撃手段であり、生活を豊かにするという視点で行使する人はほとんどいない。ヒメカ達が生活に役立つ魔法を良く使うのも作るのも、異世界で暮らしてきた人間にとってこの世界は色々な物が足りていないからだ。移動手段は徒歩・馬・馬車であり、風呂は公衆浴場があるものの基本水浴び。料理をするにもいちいち薪を組んで火起こしをしなければいけないし、水道も大きな都市にしかないので井戸から組み上げて運ばなければならないので重労働。暑い日は部屋を涼しくしようなどとは思わず、暑さをそのまま受け入れなければならない。
健康な身体と高い身体能力、サバイバル知識があり、魔法が使えて好奇心旺盛な姉弟だからこそなんとかなっているだけである。
「魔法陣が読み解ける人も少ないんじゃね? 昔、自分は魔法に精通しているって偉そうな奴に何て書いてるのか質問したら答えらんなくて顔真っ赤にして怒ってたぞ」
「俺の個人的な意見だが、魔法士とは神官に似たところがあると思っていた。魔法の詠唱もそうではないか? 俺が知る魔法士達は「万物の祖に願う」という言葉で詠唱を始めていた。神官が神に祈り奇跡の御業(※回復魔法)を行使するのと同様に、魔法士も万物の祖とやらに祈っているものだとばかり思っていた」
感想はそれぞれだが、ミストもエーランドも魔法士を全く知らないわけではないようだ。
そこからはミストの話に出てきた魔法士の話になり、そのまま世間話になっていった。




