69話 ダンジョン初心者講習です。
翌日、翌々日は本格的に講習へ向けての準備に明け暮れた。講習の内容は初心者ダンジョンで2泊3日するので各自それ用の準備をするように、と言われている。もし道具等が足りなくても講習中はダンジョンから出られないという条件付きなので、情報収集もしながら道具も揃えて、と忙しい。
それに加えて、家を空ける用意もしなければならない。パン屋へ配達を依頼したり、家主不在時の対応を教えたり、いざという時の為にこの街の知り合いに根回ししたり、馬たちのエサを入れるための魔法鞄(容量拡張と時間経過減少効果付き)を製作したり等々。
一度靴屋へ行ってみたが、店主は工房に籠りきりで取り憑かれたように靴を作り続けるも満足できていないらしく、残念ながら今回は間に合わないというので引き続き製作をお願いした。この分だといつ完成するか全くわからない、と奥さんが申し訳なさそうにしていたが、姉弟は特に急ぎというわけではないので大丈夫、と答えておいた。
とりあえず全ての準備を終えた姉弟は、いざという時の為に幾分かの金銭をジェード達に渡し、昼前には冒険者ギルドへ到着するように家を出た。
「すみません、ダンジョン初心者用講習を予約した『メラン』です」
「あ、はーい。メランメランっと……はいたしかに」
講習受付担当の受付嬢はすぐに帳面を開き、予約を確認した。名前を認めると、ギルドカードの提示を求め、そちらも確認して係の者に声をかけた。
案内されたのは冒険者ギルドの訓練場。しかし、訓練場には誰もいない。
「お2人が今回の受講生の中で最初に来られたんですよ。教官は時間になったら来ますのでこちらでお待ちください」
「わかりました」
「ありがとうございます」
案内役の女性がそう教えてくれたので大人しく待っていると、続々と受講者がやってきた。ほとんどが十代の冒険者で、魔法士は見当たらない。ヒメカも今回は細剣を帯剣しているので、この場には魔法士が1人もいないように見えるだろう。
「お、もう全員揃ってるか~?」
腰に長剣を差し、ハーフメイルを装備した男性が入ってくる。その後ろから、バインダーを持った女性職員が入ってきた。
「ヤンさん、まだ2パーティが到着しておりません」
「まじ? ま、もう時間だし始めるかぁ」
「かしこまりました」
職員がバインダーに挟んでいる紙を確認しているが、ヤンと呼ばれた男性冒険者は受講生を一か所に集めると自己紹介と説明を始めた。
「俺はこの街のギルド専属冒険者パーティの1つ、『光の風』でリーダーをしているヤンだ。職員とはちいと違うが、まあいいだろ。とりあえず今回の講習の教官役ってのは間違いないから覚えといてくれや。他のパーティメンバーは後で合流するからその時に紹介するわー」
軽い口調で自己紹介を終えると、講習の内容に移る。といっても、予約時に受けた説明をそのまま告げるだけである。
・期間は2泊3日
・一度ダンジョンに潜れば期間中は外へ出ることが出来ない
・移動は団体でだが、基本パーティ毎での活動になる
・他パーティとの協力関係は可
・途中離脱は自由。ただし受講料(銀貨1枚)の返金には応じない
等々
ただし、ユウト達は他の受講生とランク差がありすぎるので、なるべく協力関係にはならないで欲しい、と事前に言われている。その代わりに教官はランクの高いパーティにお願いする予定だというので、悪い事ばかりでもないだろう。
(確認事項ばかりで退屈ね……)
それでも聞き逃したことがあるかもしれないからと真面目に話を聞く中、ようやく残りの受講生が現れた。
「すみません! 遅れました!」
「遅いぞ! すでに講習は始まっている!」
『すみません!』
ペコペコと頭を下げる2パーティ(8人)。ヤンは「一番後ろで聞いてろ!」といいながら説明を続ける。その説明を聞きながら、遅れてきた人達は知っている内容に少しホッとした様子だった。
一通り説明を終えると、今度は自己紹介の時間となる。とりあえず、リーダーがパーティ名を名乗り、名前・得意武器・講習を受ける理由は最低限言うように、とのことだ。
一番に誰が自己紹介するか視線で牽制し合うが、ヤンがユウトとヒメカを指名したので解決した。
「パーティ名『メラン』。リーダーのユウトだ。得意武器は剣。ダンジョンに挑むのは初めてなので講習を受けることにした」
「ヒメカと申します。『メラン』は私とリーダーだけの2人組パーティです。基本的に武器はこの細剣かナイフを使います。講習を受ける理由はリーダーと同じです。なので、引率の先輩方には色々と質問させていただくかもしれないのでよろしくお願いします。皆さんも同じダンジョン初心者として頑張りましょうね」
最低限の情報のみ答えるユウトと、人好きのする笑顔で最後に挨拶を付け加えるヒメカ。引率の~の部分でヤンの表情が少し強張ったが、受講生の視線はヒメカ達に向いていたので気付く者は少ないだろう。
ユウト達の自己紹介が終わると、後は流れが出来て順々に自己紹介をしていく。
今回の受講生は8パーティの総勢29名。一番人数が多いパーティが5人で、少ないのが『メラン』の2人。1人参加はいなかった。
自己紹介の後は装備と荷物チェック。ここでヤンのパーティメンバーが合流したので手分けして確認をしていく。新人研修も含まれている講習なので、念入りに行われている。
ユウト達の番になるが、手荷物が多過ぎるのでリスト提出形式でチェックしてもらった。マジックポーチ持ちだと事前に申請しておけば使える方法である。
「――――うん。全く問題ないわ。さすがね」
「ありがとうございます」
ヤンのパーティで斥候役をしているマリベルがリストを返しながら太鼓判を押す。マリベルは『光の風』の中でもかなり物知りなので、Cランク冒険者であるユウト達の担当に割り振られていた。
(新人くん達と同じくらいの歳でもうCランクなんて……)
表面的な強さが分かり難い姉弟だが、マリベルはそれでも警戒を怠らない。姉弟のように、若くてランクが高い冒険者には大まかに2通り。パワーレベリングか本当に実力があるか。だが、そのどちらも初心者講習を受けるタイプとは言い難い。
(性格は悪くなさそうだし、持ち物を見るに慎重なタイプなのかも)
完全無警戒とはいかないが、やはり普通と違う、というのは警戒対象である。マリベルは報告がてら、職員と打ち合わせをしているヤンへ荷物チェックの終了報告と『メラン』の現状報告をしに向かった。
(警戒されてたな)
(まあ無理もないんじゃない? 他の受講者を見るに、私達のランクで講習を受ける人は珍しいでしょうから)
現在ユウト達はダンジョン内を集団で移動中。講習で行くのは初級ダンジョンの1つで、地下10階層まであり、主な魔物はスライム、コボルト、ゴブリン。人型の魔物を忌避する初心者冒険者も多いので、講習中1体は倒すようにと厳命されている。
冒険者登録をして装備等々を揃えたらこの講習を受けろ、というのがこの街の冒険者の通例らしいので丁度いいのかもしれない。
(人型うんぬんより臭いが嫌な人も多そうだけど)
ゴブリンの腰布といえば悪臭の代表とも言える代物である。一度あれの臭いを嗅げばドブ攫いくらいなんとも思わなくなる、と冒険者ならば必ず口にするくらいだ。出来れば一生知りたくない。
だが、そこまで言われる臭いというのがどの程度なのか知りたいとも思ってしまうのが姉弟だった。
「さて。今日はここを拠点に一晩明かすぞ」
『え!?』
ヤンの言葉に一部の冒険者が驚きの声を上げる。今現在受講生達がいるのは3階層。先に挙げた、このダンジョンの主な魔物3種が混在する階層である。
「あ、あの! ダンジョンにはセーフティエリアがあるって聞いたんですけど、そこじゃないんですか?」
「残念だがこのダンジョンにセーフティエリアはないんだな~。初級ダンジョンでセーフティエリアがあるのは大体15階層以上あるダンジョンだな。というか、セーフティエリアは魔物が入ってき難いだけで絶対に安全ってわけじゃないから。事前に渡される冊子に書いてなかったか? 野宿の用意をするように、ってさ。他に質問がある奴はいるか?」
「魔物避けの香を持ってないパーティはどうすれば……?」
「ん!? あー……ちなみに持ってないのはどのくらいいるんだ?」
ヤンの言葉に3パーティが手を挙げた。魔物避けの香は野宿するならば必需品。引率である『光の風』のメンバーも苦笑している。
「仕方がないから今回に限って予備の分をギルドと同価格で販売するわ。いいわよね、リーダー?」
「おう」
魔物避けの香を持っていなかった3パーティは無事購入。他に質問は出なかったので、さっそくテントの設営に取り掛かった。




