67話 少しだけ仲良くなれました。
どこにでも欲をかく人間はいる。ということで聞いた話は頭の隅に置いておき、買い物を続行する。主目的である園芸用品は勿論購入しつつ、ベッド作りなどで消耗した糸や布を補充し、市場調査がてら目新しいものはないかとまんべんなく店を見て回り、薬屋や素材屋を巡ってケントやニコライの話の裏取りをする結果となった。本当はあと1、2軒くらいまともな店を見つけたかった、というのがユウトの本音である。
買い物を終えて家へ帰ると、早速庭へ出てプランターや土、苗などをポーチから取り出してどこに設置するかを話し合う。テオとジェードは馬の世話があるので、グリーンカーテン作りは姉弟だけで行う。場所が決まれば後は作業するのみ。姉弟はさくさくと話し合いを終えて作業を始めた。
「外廊下の屋根を弄ってネットをそのまま固定できるようにしよう」
そう言って、ネットを一度収納してから厩や風呂場を繋ぐ外廊下の屋根に軽々と飛び乗るヒメカ。土魔法でネットを括り付けられるように変形させてはネットを設置し、ユウトは下から指示を出しつつ、垂れ下がるネットに合わせてプランターの用意を進めた。
途中、スイとセキトバが興味深げに近づいてきたが、テオとジェードが迎えに来たので厩舎へと大人しく入っていった。
(芽が出ても食べないように言っておかないと……)
この日は、種まきまで終わらせたので、あとは毎朝水やりをして芽を出すのを待つばかり。夕食後、ユウトは調合室へ籠り、栄養剤と成長促進剤を作ってそのまま調合室で寝た。
翌朝、今日も一番に起きたのはヒメカである。鼻歌を歌いながら水やりをし、朝食を作り始めた。
「「おはようございます」」
「おはよう。昨日は聞きそびれたけど、よく眠れましたか?」
「は、はい! でも、あの、本当に俺達が使ってもいいんでしょうか……?」
まだ主人であるヒメカ達に慣れていない様子で、テオは発言する時は遠慮が見られる。ジェードはここで寝るようにと言えばその通りにするだけなので、そういう面では楽かもしれない。
「大丈夫よ。ダメだったら最初から用意しないから」
ヒメカのリアクションに胸を撫で下ろしながら、テオとジェードは庭へ出ていった。
(昨日も買い物中ずっと気を張っていたし、もう少し打ち解けたいのだけど……)
朝の仕事や朝食を終えると、今日もミーティングをする。
昨日は日中を買い物で潰したが、今日はジェードの髪を切ることと、文字の練習をすることにした。
「ジェードはどんな髪型がいいとかはある?」
「いえ、こだわりはありません。ご主人様の望むままにお切りください」
「わかったわ」
ジェードの髪を切るのはヒメカ。元々手先は器用だし、この世界へ来てからはユウトの髪もヒメカが切っているので慣れている。とりあえずベリーショートは似合わなさそうなので、切りすぎないようにと気を付けながらヒメカはハサミを入れた。
ヒメカがジェードに掛かりきりになっているので、ユウトはテオに文字を教えている。
とりあえず基本となる26文字を活字体と筆記体でユウトが書き、テオはそれを模写する。活字体は契約書などの文書で使われ、筆記体は手紙の代筆や街の食堂などのメニュー書きで使われるので、読みやすい字を目指してひたすら反復練習である。
(俺達は最初からこの世界の文字が読めるし書けたからなぁ……)※神様のおかげです。
必死に覚えようと頑張るテオに、今まで「あ、普通に書けるわ」で済ませていただけに少し申し訳なく感じる。24の魔法文字は自力で覚えたが、それはまた別だろう。
ナストに教えた時以上に優しく教えようと心に決めたユウトだった。
しばらく熱心に文字を書き続けていたテオだったが、やはり集中力の限界はある。ユウトは完全にテオの集中が切れる前に休憩を挟むことにした。
「一旦休憩だ」
「え……!? あ、あの、俺、まだ出来ます!!」
見咎められたと思ったのか、テオは焦るがユウトは安心させるように頭をポンポンと撫で、ヒメカに何か軽く摘まめる物がないか聞きに行った。
「ん」
「え、あ、ありがとうございます……?」
皿に載せられたプリンを両手に持って戻ってきて、片方を差し出すユウト。テオは戸惑いながらもそれを受け取った。
(ええと……これは食べていい、のかな……?)
ちらりとユウトを見るが、すでにユウトは食べ始めている。
「……甘いものは嫌いだったか?」
テオの視線に気づいたユウト。表情は変わらないが少しだけ落ち込んでいるような雰囲気が醸し出されている。
「……あ、いえ、俺が食べて良い物なのかわからなかったので……」
「いい。……それは布教だから」
ユウトは少しだけ考えてからそう言った。へ? と呆気にとられた表情のテオに、ユウトはさらに言葉を続けた。
「それはプリンという名前の甘味。俺の好きな物だからテオにも知ってもらいたかっただけ」
「ええと……好きなのに他人に与えるんですか……?」
テオがニックだった頃、たくさんの兄弟がいたが、テオが好きだった物はすべて兄弟達に奪われてきた。だから、本当に好きな物は隠しておいて、後でこっそり楽しむ物という意識が強い。ユウトの好きな物を他人と共有するという思考はテオにはイマイチ理解できないものであった。
「好きなものは共有したい。それにテオは慣れない勉強を頑張った。だからご褒美だ」
そう言いながらプリンを掬ってパクリと口に入れる。纏う雰囲気が幸せそうである。
テオもつられて匙を取り、一口食べてみると、口の中に仄かな苦みと濃厚な卵としっとりとした甘味が広がった。
(美味しい……)
「美味いか?」
「はい! とても美味しいです!」
分かり易く頬を紅潮させながら満面の笑みを浮かべるテオ。ユウトはテオのリアクションに満足し、全部食べるといい、といって自分の分を平らげた。
ここで一つ事実を告げよう。テオとユウトは同い年である、と。その事をまだ本人達は知らない。
「悠、テオ、見てみて。結構上手くできたと思うの」
髪を切り終えたヒメカが得意げにやってきて、ユウトとテオにジェードを見せる。
ぼさぼさで粗雑に伸ばされた髪はすっきりと整えられ、後ろ髪はシンプルな赤いリボンで一纏めにしてある。
「似合ってるけど、なんで後ろは長いままなんだ?」
「髪を伸ばしていたのは冬の寒さ対策だって言うから前と横だけ短くして後ろは整える程度にしたの」
「そうだったのか」
よくジェードからその情報を引き出せたものだと感心するユウトとテオ。テオはまだ奴隷になってから日が浅いし多少寒くても平気なので短髪なのだが、ジェードはテオよりも筋肉がない分寒さには弱いのだろう。
「テオも少し整えてもらったらどうだ?」
「え、えと、でも……」
テオも自分で切っていたので切り方が雑で長さが少々不揃いであった。ジェードの髪はテオからみても整っているし似合っている。技術が不安だとかそういう心配はないが、ただ、主人に髪を切ってもらうなんて、と、遠慮しようとするテオに、ユウトは「テオが嫌じゃなければだけど」と後押しした。
ヒメカも快く了承するので、多少強引ではあるがテオの髪を切ることに。テオが勉強を中断したことを気にしているので、ヒメカは適当に雑談を交えつつ、素早く髪を整えた。
「完成! どうかしら? どこか気になるところはある?」
大きめの手鏡をテオに渡して最終チェックをすると、問題なかったので後片付けをしてユウトとジェードに合流した。
「悠、そっちはどう?」
「ジェードは読み書きが出来るみたいだから今は計算を教えてる」
「そう。じゃあテオも今から計算のお勉強をしましょうか」
「はい」
勉強のご褒美としてジェードにもおやつタイムを設けたりしながら夕方の仕事の時間まで勉強をしたところで今日の授業は終了。現段階として、ジェードの方がかなりリードしている結果となった。奴隷とはいえ、商人の近くで育ったからだと思われる。その結果に落ち込むテオだったが、頑張ればすぐに追いつくから、とユウトに言われて復活した。テオは大分ユウトに懐いたようだ。
「で、どう思う?」
2人が仕事をしている間に姉弟で会議。夕食の準備もあるが、そろそろダンジョンへ潜る用意もしておきたいので大量の野菜が山積みになっている。その皮むきをしながら、今後の教育方針を話し合っていた。
「ジェードは勉強の必要がないわね。手仕事でもさせてみる?」
「それがいいと思うけど、何をさせるかが問題だな」
ジェードは基本が出来ているので、テオの隣で同じことをさせても仕方がない。だったら、暇な時間に出来てお金になるようなことをさせた方が建設的だろう。ジェードが自分を買う(奴隷から解放される)ことを望んでいるかは別として、お金はあって困る物でもない。
「そういえば、昨日やたらと布や糸を買ってたけど何をするんだ?」
ふと昨日の買い物を思い出したユウトは話題を変える。
「クッションカバーや枕カバーとか。あと、カーテンが無地だから刺繍しようかなぁって。いきなりカーテンの刺繍をするのは憚られるから、とりあえず練習でハンカチでも縫おうと思っているわ」
「……それ、ジェードにさせたら?」
話題を変えたつもりだったが、手仕事になりそうな答えが返って来たので提案してみる。しかし、ヒメカは思案顔をした。
「何かあるの?」
「んー、裁縫は女性の手仕事らしいから手仕事として教えるのはどうなのかと思っただけ。まあでもとりあえずやらせてみましょうか。とりあえず基本の縫い方を教えて繕い物が出来るようになってもらいましょう」
「他にも教えられそうな技能があれば教えればいいし、色々させてみたらいいんじゃないか?」
「そうね」
男だろうが女だろうがやりたい人はやればいい、という考えなので、ジェードが嫌がらなければ刺繍を教えてみることにした。もしかしたら思わぬ才能が発掘されるかもしれない。先生役は自動的にヒメカに決まった。
「あと話し合うことは……」
「はい。回復魔法についてだけど、教会が料金を取っているということは、私達がむやみに使うのは避けた方がいいわね」
「基本自分達に使うだけで、怪我人がいても命に関わらない怪我は無視で」
「顧客を奪ってはいけないものね」
「ダンジョン講習はいつにしようか?」
「明日は商業ギルドの視察が来るから、それが終わったら冒険者ギルドへ行ってみましょう」
「午前中はどうする?」
「風呂場の片付けかしら。石鹸とかシャンプーとかは隠しておかないと面倒そうだし」
「テオ達は朝の仕事が終わったら風呂に入って着替えてもらっておこう。その後清掃と片付けで」
「来客時の対応についても話し合っておいた方がいいかしら?」
「パンの配達位しか考えてなかったからな。といっても、伝言を聞いておいてもらって家には上げないように言っておけばいいだろ」
「ジェードは字が書けるし日時と用件をメモしてもらいましょうか。……馬の世話だけでいいって言っておいてなんだけど、結構してもらう事がありそうね」
「その分は追加報酬で手を打ってもらおう」
ぽんぽんと議題を変えながら話し合いをしている間に野菜の皮むきが1山終わり、マジックポーチに収納したら次の野菜の山に取り掛かる。まだまだ詰めておく話はあるので、引き続き作業をしながら、夕食を作り終えるまで続いた。




