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66話 この街の調合師の実情を耳にしました。

「おはよう」

 翌朝、ヒメカがキッチンで朝食を作っていると、テオとジェードが起きてきた。リビングとキッチンは同じ空間にあるので私室から出てくればすぐに気付く。

「す、すみません! 奴隷が主人より遅く起きるなんて……!」

 奴隷の癖なのか、地面に膝をつこうとする2人を、ヒメカは慌てて止める。掃除はしているが屋内でも土足スタイルなので床は綺麗とは言い難い。汚してもいい服を着ていたとしてもやめてほしい。

「待って待って! 私達は起きる時間がまちまちだから合わせなくていいわ。貴方達の仕事は馬の世話。私達は名義を貸しているだけで主人はセキトバ達だと思ってくれればいいわ。それよりも、今日の分のエサは厩舎に置いてあるからよろしく」

「「かしこまりました」」

 今まで「わかりました」と言っていたテオだが、ジェードを真似たのか、「かしこまりました」になっている。ジェードは奴隷商で育ったので言葉遣いはテオよりも丁寧である。

 2人を見送ったヒメカは朝食作りに戻り、出来上がると珍しく起きて来ないユウトを起こしに行った。

「……ベッドが、気持ち良すぎた……」

「そう。とりあえず朝食だから顔を洗ってきてね。今日も午前中に商業ギルドへ行かないといけないんだから」

「ん」

 残り物を与えるためにテオとジェードが朝の仕事を終える前に食事を終わらせておきたいヒメカ。ホウライさん家は朝からしっかり派です。



 テオとジェードが仕事を終えて朝食を食べている間、姉弟は掃除と洗濯である。家事は自分で、といいつつ、基本は魔法頼り。掃除は『洗浄』で済むし、洗濯は『洗浄』の魔法陣を刻んだ盥に水を張って放り込むだけ。汚れが酷ければ漬け込む時間を長くすれば驚くほど綺麗になる。後は綺麗になった服を魔法で乾かすだけというお手軽洗濯法である。これならば天気に左右されないし時間もほとんどかからない。

(こんなに便利なのに何故生活魔法がほとんどないのかしら?)

答え:魔法の研究・開発をする人は大抵お金持ちなので家事をしないから。

 知識や教養も必要なので、自分で家事をするような魔法士が新たな魔法や魔道具を作るというのがおかしいのだ。ヒメカ達にこれらを広める気はないので、ロザリアのように素養があれば平民でも受け入れる学校の卒業生に期待である。

 ともあれ、テオとジェードが食事を終える頃には家事を終わらせたヒメカ達は、2人も交えて今日の予定を確認する。

「今日は買い物をして回る予定なのだけど一緒に来ますか?」

 ヒメカが希望を聞くが、テオはどう答えたらいいのか分からずに行くとも行かないとも言えないでいるし、ジェードは命令されればどちらでもいい、という様子でただ黙っている。

「どっちでもいいなら連れて行けばいいんじゃないか? その内おつかいを頼むこともあるだろうし」

「そうね。ということだけど問題ないかしら?」

「「はい」」

「じゃあ服を着替えて出かけましょう」

 仕事着からカールの店で買った服に着替えてもらって家を出た。



「本日は商業ギルドへお越し下さりありがとうございます。お客様のお名前と御用件をお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 受付で名前とマルスランとの約束があると伝えて取り次いでもらうと、すぐにマルスランが現れた。

 昨日の今日でまた交渉するのも面倒だったので用事をさくっと済ませると、窓口で紙とペンとインクを購入して商業ギルドを出た。とりあえず2回目のお宅訪問は明後日の昼過ぎに決定した。

「商業ギルドにも色々と取り扱いがあったけどいいの?」

「ここは売り切れることがほとんどないから、最後にもう一度来ればいい。今日は色んな店を見て回る予定だから」

「それもそうね。じゃあ奴隷商の方へ向かいながらお店を見て行きましょう」



「かまいませんよ」

 奴隷商で髪を切ってもいいか確認するとルーベンからはあっさりと許可が下りた。

「いいんですか?」

「はい。身だしなみは自己管理なので奴隷が自由にしていいのです」

 同時に、テオの髪が伸ばしっぱなしになっていない理由が分かった。そして、本人達に確認すれば簡単に解決していた事実も。

「ありがとうございます。お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」

「いえ。私共もうちの奴隷が大切に扱っていただいているのを見られて嬉しく思いますので」

 身綺麗にしていて、服や靴を買い与えられているのを見て嬉しそうに目を細めるルーベン。商品として扱ってはいるが、情が一切ないわけではない。こういう奴隷を見ると嬉しくなる。次の買い手がつきやすくなるという商人としての打算もある。

 ついでだし、と、簡単な読み書き計算を教えることも聞いてみるが、それも簡単にOKが出る。むしろありがとうございます、とルーベンの目が言っている。

「また気軽にお立ち寄りくださいませ」

「はい。ありがとうございました」

 制度が緩いと自由度も高いのだろう、と納得し、姉弟はお店巡りを再開させたのだった。



「…………」

 とある素材屋。薬屋や調合屋ではなく、その素材を売る専門店と言えるお店で、ユウトは商品を吟味していた。

 乾燥させた物を紐でつりさげていたり、瓶詰になっていたり、土ごと鉢植えで売られていたり、粉末にして薬包紙に包んでいたり、と、形態は様々。ユウト曰く、正しい処理の仕方で日持ちするように管理されているアタリのお店だとか。ヒメカは、そうなのー、と軽い気持ちで商品を眺めながら、鉢植えを見て観葉植物にならないかな? と首を捻っている。

「(処理はいいけどちょっと古いな……)すみません、これのもう少し新鮮な物はありませんか? 2、3日前に処理した物だと嬉しいです」

「……ほう。兄ちゃん詳しいのか?」

 カウンターに座る男性が体を乗り出して愉快そうにユウトを見る。

「一応調合師なもので。それで、ありませんか?」

「あるぜ。いくついる?」

「3束で」

「ちっと待ってろ」

 男性はそう言って店の奥へ入っていき、乾燥させた薬草の束を持ってきた。

「ではこれも一緒に会計お願いします」

「おう。………………お前さん、若いのに結構な目利きだな。実はエルフの血が入ってたりするのか?」

 偶に、祖先に長命種がいたりして種族特性がミックスされる者がいる。ピンポイントで上質な素材を選んでいたユウトはその人達と間違われたようだ。年上に見られることはよくあるユウトだが、男性の口ぶりから外見以上の年齢に勘違いされたのは明白である。

「残念ながらまだ14です。調合を教えてくれた師匠が良かったんだと思います」

「じゅっ……!?」

 男性が若すぎる年齢に驚いているが、ユウトは別の方向に思考を飛ばしていた。

(『鑑定』さまさまだが、師匠が良かったのも間違いないから嘘じゃない。最近は『鑑定』に頼らずに素材の良し悪しが分かるようになってきたし)

 自身の成長に一つ頷いて、カウンターの男性に合計金額を聞く。

「……金貨3枚と銀貨8枚、銅1枚、賊貨72枚だな」

「「賊貨?」」

 男性は計算して合計金額を伝えると、ヒメカもやってきていて姉弟はそっくりな仕草で首を傾げた。

「あん? お前さんらもしかしてロザリアの出身か?」

「ええ、まあ……」

 正確に言えば異世界出身だが、一発で姉弟がいた国を言い当てた男性。やっぱりな、と言いつつ、すぐに理由を教えてくれた。

「ロザリアはアーンスの通貨を使ってるが賊貨は扱ってねえんだよ。他にもアーンス通貨を使ってる国はあるが賊貨も使えたはずだ」

「賊貨って何枚で銅貨1枚なんですか?」

「100枚だな。まあ嵩張るから普通はすぐに大きいのに両替するが」

 スラムの子どもなんかは道端に落ちている賊貨を拾い集めてはその日の食事代にするという。賊貨1枚ならば、落としたのをわざわざ探してまで回収しようとする人は少ないらしい。商人は別だが、と付け加えられるが。

 とりあえず料金を支払おうと金貨4枚を出そうとすると、細かいのはないかと言われたので金貨3枚、銀貨8枚、銅貨2枚を出した。

「すまんな。ウチは高価なのも多いから細かい硬貨がすぐ無くなっちまうんだわ」

「いえ。大丈夫です」

 賊貨28枚を受け取りながらそう答えるユウト。小さいが28枚も硬貨があると確かに邪魔だな、と小袋を取り出してそちらに分けてから、買った商品と一緒にマジックポーチに入れた。

「おお。魔法鞄持ちだったのか。いいねぇ。俺も金があれば買うんだがなぁ」

「? この店なら繁盛してそうですけど」

 この店の素材はどれも丁寧に処理してあるし、値段も適正価格。品揃えも悪くないので固定客が付きそうなものだが、と不思議に思うユウト。

「お、嬉しい事言ってくれるねぇ。……だが、うちに来るのは古い付き合いの常連ばかりで、お前さんのような新規客は珍しいんだ。多少状態が悪かったり処理が甘かったりしても安いのがいいってやつもいるし」

 その常連のおかげで食うに困ってはいないが、少しでも金に余裕があるとつい珍しい素材を仕入れてしまうのだと笑う男性。その気持ちはよくわかる、とユウトも頷く。

「状態が悪いとか処理が甘いとか……致命的じゃないですか。誰が買うんですか、そんな物」

「薬師や調合師じゃよ」

 店の入り口からの声にユウト達が振り向くと、顎鬚を蓄えたご老人が立っていた。

「ニコライの爺さん」

「ほっほ。一週間振りだな、ケント坊」

「おいおい。もう俺ぁ坊って歳じゃねえよ」

 気安い掛け合いからも知り合いであることが伺える。坊、とつけているあたり、男性が小さい頃からの付き合いだろう。

「話に割って入ってしまってスマンな。わしは調合師のニコライ・リヒターという。名前を聞いてもよろしいかな? 若い調合師殿とそちらの可憐なお嬢さん」

「ユウト・ホウライと申します。こっちは姉のヒメカです」

「お初にお目に掛かります」

「ほっほ。もっと気安く接してくれて構わんよ。そこのケント坊なんか昔はわしの事をジジイなどと呼んでいたのだからな。それにしても姉弟であったか。よくよく見れば似ているのう」

「2人とも、この爺さんは話し出したら長いから気をつけろよ」

「なんじゃい。小さい頃はもっと話を聞かせろとうるさかったのにのぅ。こう、目をキラキラさせながら――」

「いつの話をしてんだジジイ!」

 顔を赤くしながら声を大きくするケント。ニコライには色々と恥ずかしい過去を掴まれているようだ。

「おお、怖い怖い。……して、この街の薬師や調合師についてじゃったな」

 おどけながらもケロッと話題を戻すニコライに、ケントは悔しそうに歯ぎしりしたが、再びニコライに噛みつくことはなく押し黙った。ケントも最近の薬師や調合師には嫌気がさしていたので、姉弟に実情を知ってもらいたかった。

「はい」

「ことの原因というのも、何人もの薬師や調合師と抱えておる大店がポーションなどを安く売り出し始めてしまってのぅ。安い薬が手に入るならばそちらの方がいいからと、皆、こぞってそちらを買うようになってしまったのじゃ。小さな店なんかはその影響で潰れてしまった。なんとか残った店もその大店に合わせて安い価格で売らねば潰れてしまう。だから少しでも仕入れを安くするために粗悪品に手を出すようになってしまったんじゃ」

「……安い素材を売っているのってその大店か大店の息がかかっているお店じゃないですよね?」

 ヒメカが質問に、ニコライとケントは一様に眉をしかめた。どうやらその通りのようだ。

「ところでポーションって教会が作ってないんですか? ロザリアでは市場の8割くらいは教会製でしたけど……」

「そうなのか? こっちじゃポーションといえば調合師だが……教会は金を払って治療をする所だろ?」

「治療にお金を取るんですか?」

「? そりゃ治療してもらうからな」

 教会のあり方も国によるらしい。ケントとニコライ曰く、この国では教会の地位はあまり高くないらしい。特にダンジョン都市には薬師や調合師も相当数いるので、教会の治療院を利用する人は少ないのだとか。上位回復魔法が使える神官は今現在アーンスにはいないそうだ。

(確かに中位回復魔法レベルなら薬やポーションで治る……寄付する人も少ないだろうし治療費を取っても仕方がないのかもしれないわね)

 その後は少しだけ話して店を出たユウト達。まだまだ回りたい店はたくさんある。とりあえず薬や素材を買う際には気を付けよう、と頭に刻んだ姉弟だった。



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