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62話 雇用する奴隷を選びました。

 翌日、奴隷商へと案内された2人は、奴隷商人であるルーベンに奴隷についての簡単に説明を受けていた。一般人ではなく奴隷を雇うのは、ユウトが調合師で、調合師はレシピを秘匿するものだからだ。レシピの中には高価な素材が必要だったりするので、少しでも心配を減らすためには契約で縛ることが出来る奴隷が一番手軽だからとマルスランが提案した。

「隷属の首輪には守秘義務の徹底や逃走防止用の魔法がかけられているので逃げることはありません。仕事内容に応じてさらに契約魔法を施しますので内容は吟味した上でお願いします。期間中、大怪我を負わせた場合の治療費はそちら持ちとなりますのでご注意ください。そしてこれはお客様の人柄を判断して忠告させていただきますが、くれぐれも奴隷の食事は最低限の物にしていただきたい」

「理由を聞いてもよろしいですか?」

「はい。これは奴隷の為なのですが、契約期間が終われば奴隷はまたこちらに戻り、次の仕事や身請けしてくれる主人を待ちます。その際、お客様が目をかければかけるほど、後の生活が苦痛となってしまうのです。なので、我々も食事は一日2回、体を壊さない程度の物しか与えないようにしております」

 奴隷をどう扱うかは身請けした主人による。安い賃金で働く労働者扱いが一番多いが、中には奴隷の食費を削って維持費を削減する者も少なくない。アーンスには奴隷に関する法はあるが奴隷はあくまで持ち物扱いであり、他者の奴隷を害した場合は所有者へ金銭による賠償をさせられる程度で、所有者が自身の奴隷を害した場合は特にお咎めはないという悲しい事実である。

「……わかりました。では、具体的にはどの程度まで食事を与えてもいいですか? 家を空けることが多くなることが予想されるのと、馬の世話をきちんとしてもらいたいので、ある程度体力がないと困るのですが」

 買い取る気がない以上、ルーベンの言葉に従う方が得策であると判断したヒメカが質問する。正直、姉弟にとって奴隷というのはあまり気分のいいものではないが、この世界で生きる以上、慣れなければならない。奴隷になることで死を免れている人も少なからずいるのだから。

「食事は日に2回。1回の食事はパンを1つと干し肉かなにかを与えれば充分です。お二方が家にいるときは食べ残したものを与えても構いません」

「それは私達と同じものを与えてもいい、ということですか?」

「わざわざ奴隷の為に用意した物ではない、ということが重要なのです。最初から用意されているのと、余り物を恵んでいただけるのでは大きな差がありますから」

 ただそれも与えすぎに注意だそうだ。胃の容量が大きくなっては先と同じ理由で奴隷の為にならないから、と。

 だが、食事とは美味しい物をバランスよく食べる事だと思っているヒメカは、今一つ割り切れていない様子。相手の為にならないので我慢するしかないのだが、自分達だけ美味しい物を食べるというのも罪悪感が湧く。普段、滅多に悩むことがないヒメカが珍しく苦い顔をしていた。

(姉さん、他人が口にする物には気を遣うからなぁ……たぶん、奴隷=泊まり込みのバイト、みたいな感覚なんだろ)

 ユウトはヒメカの性質をよく分かっていた。

「それなら食事の席を分けたらいいんじゃないか? 一緒に食事をしないといけないってわけじゃないだろうし、用意も俺がするから」

「奴隷が雇い主と別の場所で食事を取るのは普通のことですよ」

「その通りです」

 初めて奴隷を利用する客には稀にある反応をするヒメカに、マルスランもルーベンも言葉をかける。特にルーベンは契約終了後のこともあるので納得してもらうしかない。出来れば目の前の姉弟のような人物が主人になってくれれば、と思うのだが、彼らはCランクの冒険者で、特に定住地があるわけでもなさそうなので可能性は限りなく低いだろう。

 結論として、奴隷に関してはユウトが主導権を握るということになって、一先ず話を進めることになった。

 食事以外では何の問題もなく、説明を受け、質問があればその都度質問しては納得する。基本的に理解力は高いし物分りも良いのだ。

 条件としては、馬の世話がきちんと出来て、自分の身の周りの事だけ出来れば後は不問。賃金はマルスランの助言を貰いながら奴隷の賃金の平均より少しだけ高めに設定し、その分丁寧な仕事を求める、とした。

 家事はヒメカとユウトがするし、1週間以上連続して家を空ける予定もなく、魔法もあるので掃除も不要。空室にしている部屋を使ってもらうのでそこの掃除だけは自分でしてもらう。出来れば清潔にしてもらいたいので姉弟がいる時は風呂に入り、いないときはキッチンでお湯を沸かすか井戸水で清拭する。備品は自由に使っていいが敷地外への持ち出しは禁止。姉弟の自室と調合室、ギル用の部屋には入室禁止。姉弟がいない間の食事はパン屋に配達をお願いしてそれを受け取るだけ。干し肉は買い置きしておくので留守中に食べきっても自己責任。等々、契約内容として不備がないかのチェックはマルスランが引き受けた。仕事中知り得た情報についての機密保護については基本事項に含まれている。

 その条件ならばわざわざ賃金を引き上げる必要はない、むしろ普通より安くていいくらいなのですが、とルーベンは言うが、セキトバとスイの世話をするのに手を抜かれたくなかった姉弟は、「常識の範囲内なので問題ないでしょう」とマルスランの後押しもあったのでそのままの金額設定にした。

「では奴隷を呼んできますので少々お待ちください」

 ある程度話がまとまると、ルーベンは姉弟の希望する条件を満たす奴隷を連れて来るために一度退室し、8人の奴隷を引き連れて戻って来た。

(人族5人に、獣人族2人、エルフ族が1人)

 ロザリアではほとんど見かけなかった人族以外の種族。農業国ということもあり、他国からわざわざ訪問する者は少なく、奴隷にも厳しい制限をかけているのでほぼ見かけることがない。その点、アーンスには色んな種族が溢れかえっているので、奴隷の種族も多種多様である。

 それぞれの種族特性として、人族は特筆する点がない代わりにある程度なんでも器用にこなす。異世界からきた姉弟との常識のズレも少なく、種族特有の慣例うんぬんの心配がないのも利点だろう。獣人族はベースとなる動物の特性が多大に影響するが、基本的に体が頑丈で力持ち。頭脳労働が苦手な傾向があり、戦闘奴隷になることが多いが戦闘が苦手な者もいるのでここにいるのはそういう者だろう。そしてエルフ族は、魔法適正が高く、男女ともに見目の麗しいものが多い。長命種で見た目と実年齢がかけ離れていることが往々にしてあるが、その分、知識に長け、手先が器用な者も多い。ただし、プライドが高く、気難しいと言われている。

 外見年齢は10代~30代くらいで、働く分には全く問題なさそうだ。

 基本的にここにいるのは借金奴隷で、戦争捕虜として奴隷になりこの国に流れてきた者、親が奴隷だったから奴隷となった者もいた。とりあえず、この中に犯罪奴隷はいなかった。

 一通り説明を受け、いくつか質問をした後、奴隷達は一旦別室へ連れて行かれた。

「お客様、あの中でどれか気に入った奴隷はありましたでしょうか?」

 完全に扉が閉まってから、ルーベンが口を開く。ルーベンのおススメとしてはエルフの少女。あの中で突出して優秀な奴隷はいないので、どれも同じならば容姿で選ぶのが通例だからだ。

 しかし、エルフは人気があるため、ルーベンは誰彼かまわず紹介しているわけではない。一時的とはいえ、なるべく良い主人の元へ行けるようにという配慮でもある。

「……」

「……」

「あの……お客様?」

 あまりにも芳しくない反応に、ルーベンは少し心配になる。2人の出した条件を頭の中で繰り返すが、あの中の誰もがそれはクリアしている。むしろ、家事をしなくていい分、選定に困ったほどだ。

「マルスランさん」

「はい」

「正直あの中なら誰でもいいんで選んでもらえませんか?」

「はい!? わ、私が選ぶのですか??」

 てっきり質問が来ると構えていたマルスランは、ヒメカの発言に目を大きく見開いた。しかし、ヒメカはコクリと頷いて大人しく返答を待っている。

「ええと、奴隷の世話をするのはユウト様ですし、ユウト様が選んではいかがでしょうか? 相性もあると思いますし」

「あー……俺も誰でも…………あ、いや。そうですね。じゃあ人族の男性で」

 誰でもいいと言おうとしたユウトは、マルスランの懇願するような目に、空気を読んだ。

 とりあえず指示が出しやすいという理由でそこまで選択を絞るが、人族の男性は3人いる。借金で奴隷になった片足の元冒険者(30代)と、元農民で食うに困って身売りした(させられた?)10代半ばの青年と、親が奴隷の10代後半の青年だ。

(あとはどうしようか……)

 選択肢は狭まれど、決定打がない状態ではユウトも判断に困る。

「マルスランさん、あの3人だと誰がいいと思いますか?」

 またしてもマルスラン頼り。ある程度選択肢を絞ったユウトの方がマシではあるが、まさか主人となる2人共が、知り合って間もないマルスランに決定権を委ねるとは。

「そうですね……」

 商人はいついかなる時でも冷静に判断・対処しなければならない。商業ギルドの職員として、どうにか姉弟の要望に応えなければ、と、懸命に頭を働かせるマルスラン。

「お2人に確認ですが、容姿等は考慮しなくともよろしいのですよね?」

「「仕事さえしてもらえれば」」

「つまり、手を抜く心配がなく、もっぱら仕事に従事する人物が好ましい、と」

「「はい」」

 マルスランの質問は人気の高いエルフじゃなくていいのか、という確認だったが、姉弟が重要視するのは容姿よりも責任感。容姿という点では清潔感さえあればいいので、今は誰もが薄汚れているが(それでも清潔にしている方)、それはすぐに風呂に入らせて身綺麗にさせるつもりである。衣服も譲渡はダメだが貸与するのはいいので、誰にするか決めたらすぐに服屋へ連れて行って予備も含めて何着か購入する予定。あとは、衣服は毎日替えるようにしてもらうだとか、同じ家で生活する以上守ってもらいたいことの指示をするくらいで、それ以上を求めるつもりはない。むしろ放っておいてくれる方が良いくらいである。

 契約内容を考える時にそういう旨を言っていた姉弟。それならば、とマルスランはあくまで提案という形で発言した。

「それならば元農民はいかがでしょうか? まだ若いですが馬の世話は慣れているということですし、農民は基本的に勤勉です。一般常識もあるので生活面でもいちいち指示を出す必要はありません。ただ、命令に忠実なのは親が奴隷の方です。目を離したとしても仕事で手を抜くことはないかと。ただ、生活面では指示をしなければ何もしない可能性がありますが」

 そのあたりはいかがですか? とルーベンに話題を振るマルスラン。

「そうですね。たしかに、マルスラン様の言う通りです。生まれつき奴隷の子どもというのは基本的に自分の意思というのが希薄なので生活面では指示を出す必要はあるかと。ただ、仕事に従事するという意味ではよく働きます」

 奴隷は意思を持たない方が主人にとって都合がいい。ただ、奴隷の子どもというのは一般常識が欠けているので、許可がなければ食事を取らない、睡眠も排泄も我慢する、だが自分から許可を求めない、などといった行動を取ることがままあるのであまり好まれない。この店ではそのあたりのことはきちんと教えているので心配はいらないのだが、仕事を終えて余った時間をただ待機するだけで消費するだろうことは想像に易かった。

 先程の面談の際も、ただそこに立っているだけ、といった風で、雇ってもらおうという積極性に欠けていた。幼少期ならばそれも許されるのだが、青年のように、見た目も平凡、自分の意思で動くことがないので体格もよくない、そして10代後半ともなってくるとこのまま誰にも買われずに一生を奴隷として過ごすことが多い。

 マルスランのおすすめは元農民の青年。次点で親が奴隷の青年である。元冒険者は筋力体力面では問題ないが、片足であり、専門的に馬の世話をしていたかと言われると他の2人ほどではないだろう。2頭の馬の世話をしなければならないことを考慮するとやや心配が残る。

「ではその2人で」

「「え?」」

「部屋は1部屋しか空いてないですけど大丈夫ですか? 家具を置いたらほとんどスペースはなくなりますが」

「え、あ、はい。基本的に奴隷は荷物を持ちませんし、大部屋で生活しているのでそれは問題ありません」

 即決な上に、まさかの2人雇用。奴隷商であるルーベンと、仲介料として報酬の1割を貰える(正確には業績として計上される)マルスランはありがたいが、まさかあの説明を聞いて親が奴隷の青年まで雇うとは。

「ええと、それでは金額設定はどうしましょうか? このままの契約だと1人当たりの賃金となるのでお支払いが2倍の金額になってしまいますが……」

「いえ、そのままでいいです」

「しかし、奴隷の生活費もかかりますし、衣服も支給するとのこと。家具もこれからご用意するのでは?」

 支払い能力があるのは知っているが、商売は明らかに片方に利益が偏ってはいけない。売れ残っている奴隷まで普通より高い賃金で雇用するのだから、値引き交渉は当然の権利だ。一時の大金よりも、この姉弟とは長く関係を保つ方がいいと考えるマルスランが控えめに値引き交渉をするよう提案した。

「そうですか……ではこの金額で」

 マルスランの意見を受け、ヒメカがさらさらと紙に書いて提示したのは、2人セットの3ヶ月契約で、一般よりもほんの少しだけ低い(条件を加味すれば普通の)金貨2枚と銀貨4枚。ただし、働きぶりにより追加報酬を出す、というものだった。つまり基本給有りの歩合制である。

 この場合、追加報酬はないと思った方がいいが、基本給だけで充分な額なのでルーベンは問題ないと判断した。マルスランも同様の意見で、唯一指摘するとしたら追加報酬の上限額も決めておいた方がいい、というくらいだ。

 姉弟はその指摘を受けて少し話し合い、お互いに頷いて決定した模様。

「では一人金貨1枚まで」

 ブフォッ

 二方向から吹き出す音。もちろん、音の出所はユウトとヒメカではない。

「ングッ……んん。失礼しました。ですがそれはいささか高すぎるかと」

「そうですか?」

 奴隷の平均賃金は1ヶ月借りて銀貨5枚である。それを基準に、元は銀貨6枚をひと月の報酬としていたのを銀貨4枚(2人で8枚)に引き下げたところまではいい。だが、追加報酬が高すぎる。もし全額支払われたとすれば、銀貨6枚のままで追加報酬を出さない方が安い。

 計算の速さと正確さは、生活費を計算したり報酬を決めたりする際に存分に発揮されていた。この街の物価には少々疎いが、他国から来たとすれば知らなくても不思議ではないし、その部分をマルスランに聞けばすぐに計算に組み込んで正確な答えを導き出す。

(頭が悪いわけではないのに何故? 定住地を持たない冒険者にはほぼ縁のない税金や手数料の話も平気で理解しているし、本当によく分からない……)

「せめて2人合わせて金貨1枚までとした方がよろしいかと」

「わかりました。ではそれで」

 ヒメカはすぐさまマルスランの意見に従い、最終的な契約書の草案を作り上げた。

「ではこの内容で契約いたしましょう。筆写師に写しを用意させますので少々お待ちください」

 契約書は、店、客、商業ギルド用に手書きで3枚用意しなければならないので時間がかかる。ただし、ヒメカの作った契約書はそのまま写すだけでいい出来なので普通よりは早く済むだろう。ルーベンは従業員にお茶のおかわりを持って来させた。



「はい。たしかに」

 3枚の契約書に不備がないか確認してからそれぞれに署名し、前払いとして基本給分だけ支払いをする。追加報酬があれば、奴隷を返却する時に支払う形である。

「では奴隷の引き渡しは明日の午後ということで。ギルドカードを店員にお見せいただければすぐに引き渡せるようにご用意させていただきます」

「よろしくおねがいします」

 ルーベンに見送られて店を後にすると、マルスランとともに商業ギルドへ戻った。

「この後はどうなさいますか?」

「家に手を入れるつもりです。とりあえず明日までに住めるようにしておかないといけないので」

 まだ昼前なので準備の時間はある。最悪、風呂場と家具と馬房の用意さえしておけば魔法陣の設置などは後日にしても問題ない。

「そうでしたね。ではまた何かありましたら商業ギルドで私の名前を出していただければ対応させていただきますのでお気軽にお立ち寄りください」

「ありがとうございます」

 家の改装が終われば確認があるので、そう遠くない日に姉弟が商業ギルドへ顔を店に来るだろうとは思ったが、まさか翌日に顔を出すとはこの時のマルスランは知らない。



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