60話 ユウトに弟子入り? いえ、俺Cランクなんでお断りします。
翌日、姉弟はマルズまであと1日というところでとある村へ立ち寄った。
マルズが近いとはいえ小さな村なので、宿はなく、村の隅にテントを張らせてもらえないかと交渉すると、親切にも村長の家に泊めてもらえることになった。
夕餉の席で何かお礼ができないかと尋ねると、最近魔物による被害が出ていて近々マルズの冒険者ギルドに依頼する予定だったというので、さっそく食後に討伐に赴くことにした。相手はファングボアという牙の発達したイノシシもどき(Dランク魔物)だったので、ヒメカが索敵し、ユウトが剣でサクッと片付けて終わった。翌朝、朝食の席で8頭のファングボアを村にプレゼントすると、お礼に村特産の麦酒やはちみつを分けてもらえることになった。
ヒメカがそれらを受け取って外へ出ると、ギルとユウトの間くらいの年頃の少年に頭を下げられるユウトの姿があった。
「…………えっと、何があったの?」
「……俺が聞きたい」
困惑するユウト(傍目には無表情)に聞いても分からない。一部始終を見ていたセキトバとスイだが、残念ながらヒメカには2頭の言葉が分からない。埒が明かないとヒメカが少年に話しかけることにした。
「あの、とりあえず頭を上げて説明をしていただけないでしょうか?」
その言葉を待っていたように顔を上げる少年。名前をジェスロというらしい。
「俺、もうすぐ12になるんですけど、12になったら冒険者になってもいいって父ちゃんに言われてるんです! それで俺、お兄さんみたいな一流の冒険者になりたいんです! だからお兄さん! 俺の師匠になってください!」
「無理」
ほぼ反射で拒否するユウト。しかし、そこで諦める少年ではなかった。
「そんな!? お願いします!! 俺、荷物持ちでも何でもしますから!!」
「必要ない」
そこから始まる「お願いします」と「無理」の応酬。ユウトは本気で嫌がっているが、ジェスロの猛攻が止まる事はない。
「そもそも一流の冒険者って何」
「お兄さんみたいな冒険者です!」
「(答えになってない)……何で俺が一流だと思うんだ?」
「だってファングボアの首を一撃で切り落とすんですよ!? 俺、あんなの初めて見ました!!」
「(見てたのか……というか、あれくらいならナストでも出来る)もっと強い冒険者はいくらでもいる。他を当たってくれ」
「でも俺はお兄さんに教わりたいんです!!」
「無理」
「お願いします!!」
少しだけ会話をしたが、また無限ループ。このままだとユウトが頷くまで続きそうだと思ったヒメカが助け舟を出した。
「えーと、ジェスロ君? 師匠が欲しいなら大きな街へ行って道場に通えばいいと思いますよ?」
冒険者は基本的に親や知り合いに教わる以外、基本的に自主訓練するしかない。どうしても冒険者になる前に誰かに教わりたい場合、引退した冒険者が開く道場へ通うのが一番である。幸い、この村はマルズへは馬車で2日とかなり近いので、おそらくそこならば道場も見つかるだろう。
「そんなの知ってます! でも俺はお兄さんみたいに強い人に教わりたいんです!」
しかし、そんなヒメカの提案はあっさり却下。どうしてもユウトに教わりたいのだというジェスロだが、ユウトとて師匠になる気はさらさらないので頷くことはない。
「俺は弟子を取れるような人間じゃない。他を当たってくれ」
ギルに時々教えているのは、あくまで不定期で、かつ、他にも学院の教師やザライという基本や常識を教えられる存在がいるからこそで、衣食住の面倒を見ながら一から十まで指導する師弟とは違う。
確かにユウトは並の冒険者よりも強い。だが、そもそもユウトは、冒険者業は生活費稼ぎと調合材料の収集が出来る一石二鳥の仕事、くらいにしか思っていないので、一般的な一流の冒険者からは遠い。
「でも……っ」
「悪いけれど諦めてもらえるかしら? 私達は今日中にマルズへ着きたいの」
「っ……うるさい! 俺はお兄さんと話してるんだ! お前みたいな寄生が横からでしゃばってくんな!」
瞬間、ユウトから怒気が膨れ上がり、ゆっくりと右足を半歩前に出した。しかし、気付けばユウトの視界には空が広がり、背中には地面の感覚。体は自然に受け身を取っていたので怪我はないが、何が起きたのか知覚できなかった。
「はーい。素人さんに手を出しちゃダメよ、悠?」
ユウトが見慣れた黒髪を辿って視線を向けるとヒメカがいつものように微笑んでいた。
いろんな経験をさせてくれる家族に育てられたが、その中には武術も含まれる。中には、命が軽いこの世界でも通用するような身体技術も多くあり、元の世界より身体能力が飛躍的に上がっている姉弟にとって目の前の少年など指先一本でどうにでもなってしまう。
だからこそ、姉弟はむやみにそれを振るうことがないようにと自制を心掛けていた。
普段ならば、ヒメカとユウトの間に何があったか知覚すらできないほどの力量差はない。むしろ、最近ではユウトの勝率が徐々に上がって来ていて、調子がいい時なんかは4割くらい勝てるようになってきていた。頭に血が上っていたことに気付いたユウトは、素直に謝罪した。
「……ごめん。頭冷えた」
「最近トラブル続きだったからねー。その上、移動優先で狩りも趣味の時間もほとんど取れていなかったし」
差し出された手を取り、立ち上がるユウト。
その一部始終を見せられたジェスロは、まさか寄生呼ばわりしたヒメカの強さを目の当たりにするも、事実を飲み込めないで唖然としていた。
「ところで姉さん、前より強くなってない?」
「まだまだ悠には負けられないもの。姉の意地というやつよ」
「剣はもう俺の方が上じゃないか?」
「む……私は色んな武器を状況によって切り替えるタイプなんですー。剣一本に絞ってる悠に剣の腕で負けたとしても、総合的に勝てば私の勝ちよ」
「剣だけの勝負では俺に負けるって認めてるんだ」
「事実は事実として受け止めるわ。でも油断したらすぐ追い越してあげるから安心してね」
ふふふ、と不敵な笑みを浮かべるヒメカ。事実は認めるが負けるのはやはり悔しいようだ。軽口を叩きながら、すっかりいつもの調子に戻る2人は遅れていた出発準備に取り掛かる。
すっかりおとなしくなってしまったジェスロは、姉弟の準備が終わった頃に母親が探しに来た。家の手伝いを放り出してここへ来ていたらしい。叱られながら引きずられていった。
入れ違いで村長と数人の村人が見送りに出てきてくれた。
「ではお世話になりました」
「こんな何もない村ですが、また機会があればお立ち寄りください。精一杯おもてなしさせていただきます」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
「ありがとうございました」
「お達者で」
村の人々に見送られ、姉弟はマルズへと馬を走らせた。




