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59話 黒髪の聖女様現る!? でも彼女は薬師だそうです。

 国境を越えて2日目。組み直した予定通り、途中の町で一泊しようと宿を探していると、「聖女様」という言葉が聞こえてきた。

 その声に一瞬ピクリと反応し、声のした方向を見るヒメカ。別に聖女扱いされたいわけではなく、まさかここまで噂が広がってないよね? という警戒からである。

 しかし、聞こえたのは一瞬で誰が言ったのかわからなかったので、とりあえず宿を探そうと近くにいた女性に声を掛けた。

「あの、すみません」

「はい? え!? 黒髪!?」

「? 黒髪だと何かあるのでしょうか……?」

 珍しくはあるが全くいないではない色。そこまで驚かれると何かあるのかと勘ぐってしまう。

「あ、ああ。ごめんよ。『聖女様』と同じ色だからつい……」

「聖女様は黒髪なのですか?」

「ああ。聖国の聖女様じゃなくてこの町の『聖女様』なんだけどね。元は冒険者だったんだけど1ヶ月ちょっと前かな? ロザリア国からこの町にやってきて治療院で働いてくれてんのさ」

「……へぇ、そうなんですか」

(冒険者で黒髪の聖女様。しかもロザリア国から来たって……どこかで聞いた話だな)

 ユウトはちらりとヒメカを見るが、ヒメカは人好きのする笑顔で女性の話に相槌を打っている。

「ところで『聖女様』というのは町の方が呼ぶようになったんですか?」

「それなんだけどね、商人から聞いたんだけど、ロザリアの王都には黒髪の美人さんで『聖女様』って呼ばれてる人がいると聞いてたからね。本人に確認してみたのさ。そしたらそうだって言うからあたしらも自然に『聖女様』って呼ぶようになったのさ。噂とは少し違うけど愛嬌があるしよく働くいい子だよ」

 まあ、噂なんて誇張されるものだしね、と、その後も女性はペラペラと“この町の”黒髪の聖女様の話を聞かせてくれる。しかし、聞かされる方は物凄く微妙な気持ちでそれを聞いていた。中でも、子ども達を追いかけっこして池に落ちて溺れかけた、何もない所で躓いて木に頭から突っ込んだ、などという話には顔を覆いたくなった。

 まさかのドジッ子。

 薬の調合の腕は良い、という良い話もちゃんとあるが、ヒメカは王都の治癒院では回復魔法しか使ったことがない。別人だと思いたいところである。

(姉さん、とりあえず宿を探そう)

(……そうね)

「色々と教えてくださってありがとうございます。重ねてお願いをして恐縮なのですが、良ければ厩がある宿があれば場所を教えていただけないでしょうか?」

「ああ。それならこのまま真っ直ぐ行くと右手に『精霊の宿り木亭』っていう宿があるよ。そこには3姉妹と両親でやってたんだけど最近一番上の子が婿を貰って今は6人で営んでるよ。そこのスープが絶品だから一度は食べてみるといいよ!」

「それは是非食べてみたいですね。ありがとうございます。さっそく行ってみます」

「また何かあれば声を掛けてくれていいからね!」

「ふふ。はい。では失礼します」

 話し好きなようでこれ以上いると日が暮れてしまいそうだったのでお礼をいって女性に教えてもらった方へ歩いていく。宿はすぐに見つかり、3姉妹の何番目かは分からないが、若い女性が出迎えてくれた。

「馬は裏手の馬房にお繋ぎしておきますね。エサは別料金になりますけどどうしますか?」

「ではこちらで用意したものを与えていただけますか?」

「かしこまりました。ではこちらにお願いします」

 案内された設置されたエサ箱に少し大目に盛る。宿では代金にエサ代が含まれていることが多いので、2頭はここでも美味しいエサを食べられると嬉しそうにしていた。

 その後部屋まで案内されてようやく一息つくと、すぐに夕食の時間になる。

 宿を教えてくれた女性おすすめのスープと、パンとサラダに、ユウトだけ肉料理を1皿追加で注文。スープは何種類かのスパイスを使ったピリ辛でおいしいスープで、パンをつけて食べるとさらに美味しかったので2人ともスープとパンを追加注文してしまった。



「美味しかったねー」

「そうだな。それにしても、こっちは香辛料が豊富なんだな」

「ますますマルズへ行くのが楽しみになったわ」

 上機嫌でベッドに座るヒメカだが、すぐに急降下することになる。

「ところでこの町の聖女についてはどうするんだ?」

「…………このまま放っておいてもいい気はするけれど……同一人物と思われるのは嫌。でも、もしかしたら私を知る人がここへ来て真偽を正してくれる可能性もあるし……どうしよう?」

 王都の治療院では行商人も多く治療に来ていたのでヒメカを知る人が来る可能性はある。あまり噂を広げられたくはないが、国境を接しているわけでもない聖国から使者が様子見に来たくらいなのだから、すでに手遅れとも言えるだろう。

「話通りの人物ならすぐにボロを出しそうだよな」

「それは思った。でも、彼女の行動が私の悪評として広まると面倒なのよねぇ」

 幸い、ヒメカは自分を聖女とは言わないし、聖女と呼ばれているのはロザリアの王都のみなのでそこまで心配することではないかもしれないが、彼女の噂がヒメカの噂として王都に届いたらと考えると面倒ではあった。噂を否定して回るのは苦だし、噂を真実として信じ込む人間というのはいるのだ。まだドジッ子というだけならばいいが、もし彼女がヒメカの信用を損ねるような問題を起こしたらと考えると頭が痛い。

「……とりあえず、明日会いに行ってみて為人を確かめてくる」

「それがいいだろうな。俺も付き合うよ」

「ありがとう」



 翌日、治療院が開く少し前に『聖女様』に会いに行く姉弟。面倒でもやらなければならないことはさっさと済ませておきたい性分なのだ。

「すみません」

「あ、治療院はまだ開いていないのです……が?!」

 治療院の前を掃除していた、“髪を黒く染めた”少女に声を掛けたヒメカ。すると、その少女は最後まで言い切る前にヒメカの顔を見るなり素っ頓狂な声を上げた。

「少しお話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ひゃっ! は、はわわわわわわ」

「ダメですか?」

「ひっ! い、いえ、あの、どうぞこちらへ!」

 顔を真っ青にしているところを見るに、ヒメカのことは知っているようだ。ただ、ヒメカの方は彼女を知らない様子。人の顔を覚えるのが得意なヒメカなので、もしかしたら初対面なのかもしれない。

(問題は何故『聖女』を名乗ったか、だな)

 一応、宿の人にも『聖女様』の話を聞いてみたが、特に悪いことをするわけでもなく、真面目に薬師として働いているようだ。

 ヒメカは目の前の少女自身にあまり興味がないようだが、ユウトは軽い嫌悪感を抱いていた。悪い人間ではなさそうだが、どんな理由があったにせよ、他人の功績を掠め取るような人間は好きではない。そしてその被害に遭ったのが身内ならばなおさらである。

(とにかく話を聞いてみないことにはな)



 少女が案内したのはまだ開いていない治療院で、彼女の他には壮年の男性医師が1人いたが、少女が、彼らと話がしたいからと言うと、すんなりと場を用意してくれた。

「とりあえずお名前を聞いてもよろしいですか?」

「ひぅ! は、はい。モニカ・ノーディンと申します……」

 意気消沈しながらも、質問にはちゃんと答えるモニカ。

「そうですか。ではモニカさん、『聖女』を名乗っていると聞いたのですが本当ですか?」

「は、はい……スミマセン」

「何に対する謝罪なのかは後でお聞きしたいですが、先に質問を続けさせていただきますね。モニカさんが『聖女』を名乗っている理由を聞きたいのですが」

 ヒメカは問診を取るかのように淡々と、しかし、それをされるモニカはビクビクと震えている。

(悪い人ではなさそうなんだよな……)

 一歩引いたところからヒメカとモニカの様子を見ていたユウトの感想である。

「あ、あの、私、元々王都の薬屋で働いていたんですけど……その……」

 たどたどしく答えるモニカだが、要約すると、ドジッ子のせいで店を首になり、心機一転、他国で働き口を探そうとここへやってきた。髪を染めているのは、王都でヒメカの噂を聞いてそんな女性になりたいと憧れを抱いたから。そしてこの町の治療院に面接に来た時に、聖女の噂がこの町に届いていることを知り、『聖女』なのかと聞かれたので魔がさして名乗ってしまった、と。

「「…………」」

「ご、ごめんなさい! 私、本当にドジで、でも『聖女様』って言ったら多少大目にみてもらえるかなぁって淡い期待をしてしまったと申しますか……それに『聖女』を名乗るようになって大分ドジも緩和されたんです! 身が引き締まる思いで治療にあたれるというか……」

 他人の姿を模倣することでいつもより集中できるようになったため、模倣した相手に対する罪悪感が薄れてしまった、と、そういうことのようだ。

「王都の聖女は薬師じゃなくて魔法士なんだが。それに、薬師は病気治療には強いが怪我は回復魔法の方が上だろ。もしここに聖女がいると聞きつけて本物の『聖女』を求めて重傷者が運び込まれたらどうするんだ」

「あぅ……そ、それは……」

「あんたがしているのはただの詐欺だ。姉さんが『聖女』と呼ばれるのはそうされるだけの実績と信頼を積んだからで、あんたがそれを利用していいわけないだろ。それにそのせいで死人が出たらどうする? あんたは『聖女』に全責任を押し付けてまた別の場所へ移るのか?」

「………………」

 モニカ自身も薄々気づいていたが自分の利益を優先してしまった。そこをユウトに指摘されて何も言えなくなってしまったのだ。

「悠、落ち着いて。……モニカさん、確認しておきたいのですが、ちゃんとモニカ・ノーディンさんとして働いているのですよね?」

「は、はい! 勿論です!」

「そうですか。では私からはこれ以上言うつもりはありません。出来れば『聖女』ではなく『モニカ・ローディン』さんとして働いていただきたいですが、判断は貴方に委ねたいと思います」

「え……?」

 まさかの申し出に、驚きを通り越してキョトンとしてしまうモニカ。その拍子に涙も止まってしまった。

「お話し中すみません」

「サ、サウロさん……!?」

 急に部屋に入ってきたのは、この治療院の医師であるサウロ。実は退室した後、その場を離れず、ひっそりと聞き耳を立てていたのだ。

「申し訳ありませんがお話を聞かせていただきました」

「え!?」

「モニカが何か悩みを抱えていたことには気付いていたんです。ただ、それがどんな悩みなのかは分からず、こんなおじさんに相談する内容じゃないかもしれないと様子を見ていたんですが、皆さんのお話を聞いてようやく納得しました」

「あ、あの……あの……」

 再び泣きそうになるモニカに、サウロは優しく声をかけた。

「せっかくここへ来てくれた薬師だ。首になんかしないさ」

 それはそれでモニカの良心に刺さるものがあるのか、顔色悪く、すぐには言葉がみつからないようだった。

「うちのモニカが迷惑をかけてしまって申し訳ありませんでした。この通り、モニカも反省しています。町の人にもきちんと説明しますので、どうか許してやっていただけないでしょうか?」

 これがロザリアならば、まだ直接被害が出ているわけではないので厳重注意の上無罪放免となるのだが、アーンスは商業の国だけあって詐欺には敏感で、被害を受けた本人(この場合はヒメカ)が申し出ればしかるべき調査をした上で罰金と犯罪歴が科せられてしまうのだ。

 ロザリア国出身のモニカにはそのあたりのことがあまりピンと来ていなかった。

 しかし、目の前でモニカの為に頭を下げるサウロを見て、自分の仕出かしたことが予想以上に重い事だと実感した。

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」

 ヒメカ達に謝っているのかサウロに謝っているのかよくわからないが、とりあえず反省している様子は見てとれたので、ユウトはヒメカに任せることにした。

(まあ、姉さんの事だから訴えたりしないだろうけど)

 許すとか許さないとかではなく、単に手続きが面倒だという理由で。

「今回に限り、国に訴えることはしません。ただし、また繰り返すようであればそれはその時に考えさせていただきますがよろしいですね?」

「寛大なお心に感謝いたします」

「ごめんなさい……ありがとうございます……」

 とりあえず問題は解決したということで、すでに開院の時間が迫っていた。

「さて。それでは時間を取らせていただいたお詫びにささやかながらお手伝いさせていただきますね」

「え? でも……」

「ここは町唯一の治療院なのですから、時間通りに開かないと町の人が困ってしまいますよ」

 それはそれ、これはこれ。町の人に罪はないから。ということで、開院前の貴重な時間を取らせてしまったお詫びに掃除を手伝うことにしたヒメカ。ユウトもそれに続き、サウロやモニカが止める間もなく、敷地内を『洗浄』で綺麗にしていった。隙間があれば土魔法で修復し、経年劣化で黄ばんでいた外壁は新築の様に汚れが落ち、治療に使うベッドも真っ新な状態のシーツで完璧にベッドメイクされた。

 基本的に家事能力が高い2人が魔法を併用すればそれくらい簡単に出来てしまうのだった。

 最終チェックはサウロにしてもらい、問題ないとのことなので、もう用はないとばかりに宿へ戻った2人はチェックアウトして町を後にした。

 その日からモニカは心を入れ替えて町の人1人1人に事情を説明して謝罪し、髪を染めるのもやめて今まで以上にサウロの元で真面目に働いた。

「まあ、噂と全然違ったから不思議には思ってたんだ。でももう嘘はダメだからね!」

「はい。これからは心を入れ替えて頑張ります! そしていつか「この町の薬師のモニカです」って聖女様に胸を張って言えるようになります!」

「あはは! その意気さ! まだ若いんだから頑張んな!」

「はい!」

 町の住人のほとんどはそんなモニカの姿に好意的で、嘘を吐いていたことについては叱ったが、モニカを許し、受け入れたのだった。



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