58話 無事(?)アーンス国に入国しました。
ユウトの問題が片付いて数日。姉弟はザライ家でお世話になりながら、依頼をこなしたり、ギルの勉強をみたり、ダンジョンの情報を集めたりして日々を過ごしていた。
「そろそろアーンスへ向かおう」
「そうね。ダンジョン講習も受けておきたいし、ギル君を連れて行く前にある程度案内できるようにしておきたいし。早く行って損はないものね」
ギルのマルズ行きは夏季休暇前最後のテストの結果次第ということで決着がついた。
(思ったより決着が早かった)
ユウトの予想ではひと月はかかるだろうと踏んでいた。気になったユウトがギルに話を聞くと、テストで上位一桁に入ることと、夏季休暇中の自由課題として、マルズの市場調査を題にすることにしたようだ。
(姉さんが入れ知恵をした気がするんだが……?)
「私はヒントを出しただけよ」
「……心を読まないでくれない?」
「はいはい。それよりもう準備は出来ているの?」
「問題ない」
「そう。それなら明日出発しましょうか」
基本的に思考を読まれたからと問題がないユウトはすぐさま思考を切り替えた。ポーカーフェイスには自信があるユウトだが、何故だかヒメカには昔から通用しない。ヒメカ曰く、ユウトは隠す気がないから易しい方だと思う、だそうだ。
ザライ一家にはその日の夕食の席で明日出発することを伝えてから姉弟は就寝した。
翌日、王都を出発した姉弟は少しだけ早足で北上していた。
というのも、セキトバがやたらと張り切っていて、スイも問題なくそれについて行けるものだから自然に速度が上がるのだった。姉弟も乗馬には慣れたので、途中、魔物に遭遇しても馬上から遠距離で始末するか、セキトバとスイの足で振り切るかの2択で進む。
「そろそろ休憩しよう」
「そうね」
太陽が真上に昇る頃、ちょうどいい水場が近くにあったため、そこで休憩することにした。
「まあ水場じゃなくても俺達は問題ないんだけどな」
「いいじゃない。水辺にしかない薬草なんかも取れるんだから」
「それもそうだな」
セキトバ達の飲み水は基本的に魔素水。食事も独自に配合した飼葉などで、その辺に生えている草には目もくれないグルメになってしまった。特に食事にうるさいのはどちらかといえばスイ。普通の飼葉を出してみるも、何でいつものじゃないの? という目でいつもの飼料を出されるまで待つ。ずっと待つ。美味しいものと美味しくないものを嗅ぎ分けるのが得意である。
その時セキトバは、一口食べて、騙された! という顔をした後、渋々だが出されたものを食べるので、いつもの飼葉を与えたら喜んでそちらを食べた。
「お昼はサンドイッチでいい?」
「うん」
2人とも好き嫌いがないので、食事はその時のシェフ(ヒメカ)の気分で決まる。たまにユウトが作る時もあるが、やはりヒメカが作った方が美味しいので、セキトバとスイの世話を積極的にして調理はヒメカに任せることが多かった。
美味しい昼食を食べながら、今日の予定を立て直す。この分なら2つ先の村まで行けるのでそこまで行こうということでまとまり、少しだけ採取をしてから出発した。
10日後。姉弟は国境までやってきていた。
しかし、到着した時すでに日が沈んでいたため、国境の砦は封鎖されていた。基本的に日の出から日の入りまでしか利用できないようになっているようだ。
「アーンスに入るのは明日ね」
「そうだな」
「とにかく宿を探さないと」
さすが国境の街とあって宿は豊富で、すぐに厩付きの宿を見つけることができた。同じ宿には商人や冒険者の姿もあり、繁盛しているようだ。
「ご飯どうする?」
宿の食堂はすでに飲み屋に近い状態で、この時間は酒に合う料理ばかりが出される。追加料金を支払えば部屋まで持って来てくれるサービスもあるが、酒を飲まない2人は、自前にするか、それともおつまみ料理にするか、悩むところである。
「せっかくだし宿の料理にしよう。あ、でもパンは自前のがいい。俺は頼んで来るから先に風呂に入ってて」
「はーい」
そういうと、ユウトは部屋を出て行き、ヒメカも浴室へと向かった。
ヒメカが風呂を上がると、部屋へ戻って来ていたユウトと交代し、さほど経たない内に夕食が運ばれてきた。肉と野菜がメインの料理数皿と、酒の代わりに果実水。ヒメカはテーブルにそれらを並べながらユウトを待つ。パンは直前に取り出した方が焼き立てを食べられるので、取り皿だけセットした。
「おまたせ」
「早かったわね。別に急がなくてもいいのに」
「料理の匂いがした。あとお腹が減った」
「ふふ。じゃあパンを用意しましょう」
お皿にパンを乗せて準備は完了。手を合わせてから各々気になった物に手を付けた。
「「御馳走様でした」」
「果実水おいしかったな」
「そうね。何の果物を使っているのかしら?」
「ポタって言ってたはず。そのまま食べてもおいしいらしいけど初めて聞いた名前だったから果実水だけにしておいた。姉さんは知ってる?」
「うーん、知らないわね。もしかしたらアーンスから仕入れているものなのかも」
料理は普通だが、果実水がとても気に入った様子。汚れたままお皿を重ねることが気になるという理由で食器類は魔法で綺麗にしてからまとめて廊下へ出しておく。消費MPは少ないし眠れば回復するので問題ない。
「明日からの予定宿泊地を決め直さないと」
「ここに来るまでセキトバもスイも速度を落とさなかったしあまり疲労もしていないようだったわ」
「もともと長距離が得意なのか……俺達の騎乗技術が拙かったから今までゆっくり走ってくれていた、か?」
「……確かに2頭を買ってすぐの頃だったらしがみつくだけになっていた気がするわね」
少し空気が沈んでしまった。しかし、長く続く性格ではないのですぐに持ち直して話を進めた。
「それなら予定地はズラした方がいいわね。アーンスは貿易が盛んなだけあって道が整っているらしいから――――」
地図を広げながらルートの再確認と、途中にある村や町の場所、ギルドの有無等をチェックしながら話し合いは続いた。結局の所はその時々で予定を変更するのだが、意見のすり合わせは大事。天候や魔物、盗賊等々不測の事態はいくらでもあるが、思いつく限りのことを自由に発言し対応策を考える。
しばらくすると、何故だか一人が盗賊側で戦略を練り、いかにして自分達を切り崩せるかという戦略ゲーム(規模や構成は自陣側が設定する)を何戦かしたところで我に返り、話し合いを終了した。魔法で割と精巧な駒まで作っている徹底ぶりで、一纏めにしてポーチに放り込んだところを見るに、今後もこれを使って遊ぶ気なのだろう。
ともかく、必要な事はすでに出尽くしていたのでまとめるのは早く、じゃあそういうことで、と何事もなかったかのように就寝した。
翌日はいつもより少しだけ遅めの朝食を取ってから宿を出た。砦が開いてすぐは先を急ぐ商人の馬車で溢れ、かといって遅くなると冒険者や後続する人や馬車でごった返す。
「減ってきたとはいえ、やっぱり多いな」
「仕方がないわ。アーンスは人や物が集まる国だもの」
列に並びながら雑談をしていると、後方から人の喧騒が聞こえてきた。どうやら列を抜かそうとして騒いでいる人がいるようだ。これが軍や貴族ならばまだ諦めもついて前を譲るのだが、騒いでいるのはただのいち商会のようで、誰も取り合わないものだからさらに声が大きくなっていく。
姉弟は関わる気がないが、聞こえてくるものは聞こえてくる。スイとセキトバに挟まれているので姿はほぼ見えないのだが、念のため剣を取り出して腰に差しておく。これで前か後ろの護衛に見えなくもないだろう。
(それでも絡まれるのが私達なのだけど)
「おい! お前ら! 俺達と順番を代われ!」
一つ一つ声をかけては順番を代われと叫び、交渉が決裂すればさらに前の人に、と律儀なのかそうでないのかよくわからない方法で声を掛けていく男。冒険者もちらほらいるが、外見にビビッて声は小さくなっているところをみるに、腕力に物を言わせるのは苦手な小物である。ただし商人>冒険者という図式が男の中にあるのか、横柄な態度は隠れていない。そんな男が、外見では強さが見えない若い冒険者であるユウト達に目をつけるのは考えるに易かった。
「「…………」」
どうするよ? と視線で会話する姉弟。それを無視されたと勘違いした男は顔を真っ赤にして叫んだ。
「おい!! 無視するな! 俺達はカーディン商会だぞ!」
だからどうした、とツッコみを入れたい衝動に駆られる姉弟。ボケ属性の2人にそう思わせる手腕はなかなかのものといいたいが、単に自分達の身元を明かしているだけなので愚かとしかいいようがない。
ちなみに、カーディン商会とは王都の貴族街と平民街の間に居を構え、支店はないが王都の、それも貴族街のすぐそばに店舗を持つことを誇りに思っている小規模商会である。取り扱うものは食品から既製品の武器防具など幅広く手掛けているが、品質としては可もなく不可もなく。ただ、中には良い物もあるので閉店にはならない、といったところだろうか。商会とすれば、ウルプスに本店を持ち、王都にも支店を持つポリティス商会の方が世間一般では成功者である。
その他にも、カーディン商会などよりもよほど名の知れた商会のお偉いさん方がヒメカの知り合いには両手の数いるので、カーディン商会と言われても上記の情報くらいしか知らなかった。
(良い物ってアーンス産の物だったのかしらね?)
ヒメカが思考を飛ばしている間にヒートアップした男が口汚く罵るが、ヒメカは元より、ユウトもまた全く気にしていない。むしろ脳が雑音として処理している。スイは大人しく列が進むのを待っているし、セキトバは「こいつ、頭大丈夫か?」と憐れみの目で見ている。この中で反応を返しているのはセキトバだけという悲しい事実であった。
当人達は全く気にしていないものの、周囲の目には性質の悪い男が聞いたことがあるようなないような商会の名前を盾に、線の細い若者に無茶な注文をしているようにしか見えない。
見かねた者が通報したのか憲兵が現れて男を連行していった。
「あの、どなたかは存じ上げませんがありがとうございました」
ようやく静かになったところで、通報した人がいるだろう方へお礼を言うヒメカに続いてぺこりと頭を下げるユウトに周囲もほっこりする。礼儀正しい若者は好ましいものである。
「気にすんなよ」「災難だったな」と優しい言葉がかけられ、「ありがとうございます」とお礼を言って笑みを浮かべるヒメカにまた周囲は照れるやら悶えるやらした。
そんな些細なこともありつつ、順番が来たのでギルド証を取り出して確認を受けた後に門をくぐる。冒険者は魔道具でギルド証をチェックするだけでいいので、馬車でも持っていない限り早く済む。馬車の場合は持ち出しに制限がかかる物がないかチェックが必要になるので少しばかり時間を取られてしまう。ちなみに、犯罪経歴がある者や見るからに怪しい人物でもない限りマジックバッグやマジックポーチなどの手荷物はノーチェックで通れるので、徒歩か馬のみの越境をする冒険者は多い。
ともかく、無事にアーンスへ入国した2人はセキトバとスイに跨り、駆けていった。




