57話 告白されました。
途中から視点が切り替わります。
約束の時間が迫ってきたので、姉弟は教会へ向かうべくザライ家を出た。セキトバ達の食事は用意したし、ナタリーが面倒を見てくれるというので安心して出掛けられる。
ギルは学校があるので、時間一杯までナタリーを説得しようと頑張っていたが、結局登校時間となってしまったため交渉は打ち切られた。先は長そうである。ユウトは心の中でギルを応援し、ヒメカは微笑ましく見ているだけだった。
兎にも角にも、姉弟は目の前の面倒事を片付けるために少しばかり早めに教会へ行くと、すぐに個室へと案内された。
いくら地位を隠したまま対面するとはいえ、相手は王族。人目のある場所で、というのは難しい。
ユウトはぐるりと部屋を見渡す。部屋に人の姿はないが、違和感のある場所を鑑定してみると、何人か隠れていることが分かる。鑑定結果の職業欄を見るに、王宮から派遣された暗部のようだ。
(まあ、見えない護衛も必要だろうしな)
ユウトが納得する中、的確に隠れている場所に視線を向けるユウトに、暗部の人間は困惑していた。
王家に仇成す者ならば即始末しなければならない。だが、明らかに暗部の人間に気付いているが、視線を隠すそぶりはなく敵意もない。ちぐはぐな印象である。
その隣に立つヒメカは、ただ慎ましく、けれど気品を漂わせながら大人しくしていた。
時間丁度になり、兄妹と若い女性1人がアリアナに連れられて入ってきた。王家の人間ということを隠したいのだろうが、身なりが良すぎて平民には見えず、明らかにお忍び貴族、よくて大商人の子、といったところだろうか。
(私達が言えることではないけれど)
ヒメカ達がこの世界に飛ばされた時の服装は、この世界の水準ではかなり上質であると言える。今はこちらで手に入れた服を着るようにしているので、マジックポーチに仕舞いっ放しにしている。
(それにしても……)
ヒメカは謁見の時に顔を合わせているのですぐに気付いた。ユウトも、バートがローズに似ているので気付き、ヒメカの表情で確信した。
((何故王子までいる……))
姉弟の言いたいことが分かったのか、小さく苦笑して目礼をしたバート。ローズはユウトにしか目が入っていなかった。
「神官長、挨拶をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ。そうですね」
「では失礼して。俺はナル。そしてこっちが妹のアリーだ。よろしく」
偽名だと分かり易くするためか、姉弟の知り合いの名前を使うバート。アリーはおそらく神官長の名前を弄ったものだろう。偽名を使う意図は、王家の人間ではなく一個人として扱ってほしいという現れ。姉弟はそう解釈し、丁寧ではあるが畏まり過ぎないように挨拶を返すと、バートは満足そうに頷いた。正解だったようだ。
「神官長もこちらの申し出を快く了承くださってありがとうございます」
「迷える方々の心をお救いするのも神官としての役目ですわ」
アリアナは神官の模範解答ともいえる態度と言葉で応える。相談を受ける位はするかもしれないが、普通はいちいち人の恋愛で場を設けるなどするわけがない。
そんな当人以外が茶番を演じている中、ヒメカはどうやってこの場を抜け出そうか考えていた。
(するにしろ、されるにしろ、告白の現場に身内が同席する意味が分からない……)
バートとすれば、自分は見届け人役でこの場に留まる必要があるので、ユウト側の見届け人としてヒメカも立ち会うものと思っている。
この場で一番冷静に状況把握が出来ているのはアリアナであった。
(王家のお付き合いというのは陛下が決めるものであり、市井の方は結婚でもない限り個人間で想いを伝え合うのが一般的ですからね)
元々は貴族籍であったが教会の神官となってからは大分市井に詳しくなった。貴族と平民の常識のズレというのも実感しており、どちらの考えも手に取るようにわかるというもの。アリアナは戸惑っている(ように見える)ヒメカに助け舟を出すことにした。
「ヒメカさん、あまり人が多くても緊張させてしまうものですし、よろしければ私と別室でお話でもしませんか?」
「そうですね。悠、用が終わったら声を掛けてね」
全力でアリアナの提案に乗り、部屋を出て行ったヒメカ(とアリアナ)。ユウトはヒメカを快く見送り、バートは少々驚いたものの、平静を装って目的を進めることにした。
+ローズ+
お兄様の計らいにより、ユウト様と再び相見えることが叶った。偽名での告白は若干不服ではありますが、仕方のない事だと諦めます。
それにしても本当に美しい御方。
意思の強さを感じさせる目はキリリとしていて、表情は乏しいですがこちらを突き放すような冷やかさは感じさせない美しいかんばせ。女性ならば嫉妬せざるをえないほどに艶やかな黒髪は見ていてうっとりとしてしまいます。
毎日侍女が丁寧に手入れしてくれるお母様譲りのブロンドも嫌いではないですが、同じ色を持つヒメカ様と並び立たれると、そこだけ周囲から浮き立つような侵してはならない雰囲気です。
(羨ましい)
ヒメカ様が部屋を出て行かれる時も、言葉こそありませんでしたが、ユウト様の目が柔らかくなった気がします。
(姉弟なのだから不思議ではない、……と思いたいですわ)
世の中には仲の良くないご兄弟も多くいらっしゃるのは知っています。ですが、ヒメカ様とユウト様は仲の良いご姉弟なのでしょう。
「アリー」
お兄様の呼びかけに、本来の目的を思い出して顔を上げます。せっかく場を用意してもらったのですから。
私はどうにか勇気を振り絞り、顔がだんだん熱くなるのを感じながらも、精一杯、思いのたけを言葉に乗せてユウト様にぶつけます。
一頻り話した後、ドキドキと高鳴る胸を落ち着かせるように大きく深呼吸をしてユウト様を見ると、ユウト様は凪いだ水面のように穏やかな目をしてこちらを見据えていらっしゃいました。そして―――――――
どうやって王宮まで戻ったのか覚えてないまま自室の窓から青空を見ながらボーっとしていると、幼い頃から世話をしてくれる侍女長が現れて私の好きな紅茶を淹れてくれました。
口内を潤すように一口だけ飲んだ紅茶にポツリポツリと雫が落ちるのをそのままに、少しだけ渋みのあるそれをゆっくりと飲み干します。
(『――申し訳ないが、俺はあなたの気持ちには応えられない』)
人生初の告白はあっけなく断られました。これでも容姿には自信があったのですが、わずかばかりの躊躇いもありませんでした。まるで夢から覚めたかのように冷静になった私は、再度ユウト様を見ると、ユウト様は爪の先程も私に興味がありませんでした。それどころか、退室したヒメカ様の方を気にしていらっしゃるようでした。
「ふふっ」
「姫様?」
突然笑った私に侍女長は心配そうな目でこちらを見ます。
「いえ。大丈夫よ。気がふれたわけではないわ。むしろ何だか凄くすっきりしているわ」
「……さようでございますか」
「ええ」
民の為にあれ。
そう言われて育ったけれど、本当に私はそれが出来ているのだろうか?
隣国の皇子との婚姻はこの国の為になること。それを一時の感情で反故にしようとするなどとは。
(恥ずかしいけれど、今そのことに気付けたことは幸いでした)
すぐにお父様達のご予定を確認してもらい、謝罪と、皇子との結婚を進めてもらうようにお願いしに行こうと思います。
すっきりした頭でこれからの行動計画を立てると、すぐに指示を出した。
+バート+
ローズの我侭に始まり、目の前で告白劇を見ることになってしまったが、なんとか無事終えることが出来た。
ユウト殿がローズの告白にはっきりと断ってくれたのはありがたかった。
あまりにもあっさりと断られたローズはもっと食い下がるかと思ったが、ユウト殿は目だけで治めてみせた。
謁見の際にヒメカ殿が見せた、凛としていて、かつ、実体を持たないような神秘的な雰囲気とは違い、ユウト殿は地に足着いた落ち着きのある威厳といえばいいのだろうか。言葉少なな印象はあるものの、本人はどこまでも冷静で、こちらまでつられて冷静になってしまうような空気を持った御仁であった。
ローズも、彼の目を見るなり、のぼせあがっていた頭が冷静になったように思う。
(それに対して私は妹一人御せないとは……)
ロザリア国は、国土はそれなりに広いが、国民は同規模の国よりも少ない。農業が盛んで、それ故に争いを好まない。王家に子が少ないのも後継者争いで無用な衝突を避けるためだ。だからこそ周辺国との関係は重要である。
ローズには悪いがこの婚約は履行されなければならない。
ローズの嫁ぎ先である西の隣国、セベイア皇国は軍事国家。もしも戦争となれば我が国が負けるのは考えるに易い。北のアーンスは永世中立国を宣言しているので戦争になることはほぼないが、あそこはダンジョンが多数存在し、高ランク冒険者の数が多い。南は小国がいくつかあるだけなので、もし牙をむかれたとて我が国の軍事力でも鎮圧は可能だろう。
(彼らには迷惑をかけてしまったな)
たとえ身分を隠したとしても平民が一国の姫の告白を断ることがどれだけリスクを伴うことか。此度の件に関わる者には私の命令により、彼が断ることは確定事項なのだと周知徹底させた。
(何か礼をしたいがこれ以上関わるのは迷惑だろうか)
そんなことを考えていると、ローズに付けていた侍女長が呼びに来た。
ローズの謝罪を聞き、夕食の前に父と母にもローズは謝罪をして、婚約を進めるように自ら進言した。
お礼の件は、母の言葉でお流れとなった。「冒険者として国に貢献しているが、王家が彼らに褒賞を与えるには功績が足りません。彼らを思うならば我が国内で瑣事に見舞わることがないよう見守る程度にしておきなさい」と。
母は外交を担う家の出なので、多様な考え方に寛容であり、柔軟にその人の本質を見極める目を持っている。ユウト殿に会ったことがないとはいえ、母が言うならば間違いないだろう。父もそれに頷き、最終決定となった。
夕食後、母に呼び出された私は、此度の件についての評価をいただいた。
「この程度の事に時間をかけ、他者まで巻き込んだ時はどうしようかと思いました。もっと精進なさい」
とりあえず、ローズの意識改革が出来た点のみは及第点を戴いた。




