55話 手紙が届きました。
アムニスを出発して4日。ポリティス商会一行はまもなくウルプスへ到着しようとしていた。
「行きより早いってどうゆうこと?」
「盗賊がいないことと、優秀過ぎるメンバー、あとは姉さんの広域索敵を活かせたからだな」
普通は荷を守りながらなので慎重に進むが、ヒメカの広域索敵の範囲と精度と、先頭を行く『ヴィスタ』に弓術士がいたことで遠距離から素早く処理でき、それにより速度を出しても問題なくなった。魔法鞄や氷漬けにしているとはいえ魚介類は鮮度が命で、ウルプスに戻れば料理レシピの譲渡が待っていることもあり、ハリソンの指示で少し早足気味で進んだのだ。
依頼主の意向をもって配置変更となり、ヒメカは先頭に移動、ナストとユウトは中央左を並走する。ユウトもヒメカの陰に隠れているが充分に規格外であり、索敵範囲は一流と呼ばれる魔法士達よりも広い。
年少2人の実力を鑑みたフェレが2日目で提案し、満場一致で可決された。ちなみに、出発前の打ち合わせでそのことを報告しなかったのを叱られた姉弟だが、理由を聞かれると「魔法士って言ったじゃないですか」と答えた。魔法士という言葉を便利に使い過ぎである。聞いていた先輩冒険者達は常識知らずな2人に脱力した。とりあえず、自分達の知りうる魔法士について出来る限り説明した。
そんなこんなもありつつの道中は平穏そのもので、それもまもなく終了である。
ナストが納得いかない、という顔をするが、それに対する反応は「報酬が減るわけでもなし、気にするな」だった。
「魔法を使えば一瞬で帰れたんだけどな(ボソッ)」
それをしなかったのは、あまり気に入られ過ぎるのも支障があるからである。商人、特に生鮮食品を商いとするポリティス商会にとって姉弟の『地点移動』の価値は金貨を積み上げてでも欲しい能力である。
「? 何か言ったか?」
「いや、なんでもない」
「そうか?」
ナストが首を傾げるが、さして気にするわけでもなく前を向いたので話は打ち切られた。
馬車は城門をくぐり、ポリティス商会前で停車した。
すると、商会から人が出てきてテキパキと荷物を下ろしていく。ユウトはその訓練された動きに感心しながらも、とりあえず依頼完了の手続きをするためにセキトバから降りる。ナストもスイから降りて冒険者が集まっているところへ向かった。
「この度はありがとうございました。予定よりも早く帰着できたということで些少ではありますが追加報酬をご用意させましたので冒険者ギルドでお受け取りください」
ニコニコと笑顔のハリソンの言葉に、冒険者達も喜びの声を上げる。フェレが代表でお礼を述べると、受領サインを貰って冒険者ギルドへと足を向ける。
「悠、私はハリソンさんと商談をしてくるから受け取っておいて」
「わかった」
冒険者証をユウトに渡し、ヒメカはハリソンやヒューズと共にポリティス商会へと入っていった。
「じゃあ俺達はギルドへ向かうか」
「ああ」
ユウトとナストは冒険者ギルドへ完了報告をすると、『ブラッシュ』と『ヴィスタ』の8人が待っていたので、夕食は一緒に取ろう、ということになり一旦別れた。
「ユウトは時間までどうする?」
「今夜の宿を取ってから姉さんを迎えに行く」
「じゃあ俺もついて行くかな。荷物はヒメカさんに預けてるし」
「わかった」
夕方、待ち合わせの某食事処前に行く前に、ナスト達は再び冒険者ギルドへ立ち寄っていた。
「手紙?」
「そう。本人が直接受け取るようにって言われたから預かってない」
「そう」
この時点でギルからの手紙ではないことは分かる。ギルの場合、ヒメカとユウトの連名で送られてくるので、ユウトが受け取れないということがないからだ。
(何だか面倒な気配がする……)
受付嬢に手紙を受け取ると、差出人を見て少々警戒した。
アリアナ・コラン
王都の神官長であり、元貴族令嬢。単純にアリアナ個人からの手紙ならばそこまで警戒する必要はないのだが、どうやら手紙の中にもう一通手紙が入っている様子。加えて、受付嬢には人目のないところで開封するように、と注意までされた。
「開けないのか?」
「宿でにするわ。今は待ち合わせ場所へ行きましょう」
とりあえず面倒事は後回し。ヒメカは手紙をポーチに収納して店へと向かうことにした。
「美味しかった」
「そうだな」
先輩冒険者達御用達の飲食店は、厳選した食材を扱う店で、その分お高めではあるが、それに見合った味であった。
店内の雰囲気としては、冒険者もいるが割と落ち着いた雰囲気で、ナストは初めこそソワソワしていたがすぐに順応して静かに飲んだり食べたりしながら色々と御教示いただいていた。
ヒメカやユウトも横でそれを聞いているが、なにぶんランクに興味がないため、どちらかといえば異国の話に喰いついていた。
冒険者は国家間の通行に関税がかからないとはいえ、国をまたいで活動する人は珍しい。誰しもが大なり小なり自国に愛着があり、無理に苦労して放浪生活するよりも安定を求めるのは仕方がないことであろう。せいぜい、国境近くの出身者が国をまたいで護衛やら狩りやらをするくらいで、基本的には生涯一つの国内で冒険者業をすることが多い。
『ブラッシュ』や『ヴィスタ』はその中でも珍しく、割と活動範囲が広いパーティで、何度か異国へ行ったことがあるらしい。
美味しい料理に舌鼓を打ちながら有意義な話も聞けて大満足な姉弟。
だが、ヒメカにはまだ一仕事残っている。
手紙の開封である。
宿へ入り、汗を流してすっきりしたところで手紙を取り出してみる。
ベッドの上で正座しながら手紙を睨みつけるが、だからどうだということはなく、諦めて開封した。
まず目に入るのは、アリアナ本人からの手紙。そして、一目で上質と分かる封筒である。
とりあえずアリアナからの手紙を読み、ヒメカは額を押さえた。
手紙の内容を要約すると、
『同封の手紙は王家からのものであり、内容は私も知りませんが、読み終わったら処分されるよう細工がしてあるそうです。追伸、王都へお越しの際にはぜひまた教会にいらっしゃってくださると嬉しいです』
とのことである。
王都に立ち寄った際に教会へ行くのは別段問題はない。しかし問題は「王家からの手紙」である。
しかし、それを知った上で開封しないというわけにはいかず、渋々もう一つの封を切り、内容を確認した。
まずはこのような形で約束を破ってしまったことの謝罪から入り、本題と思われる部分は、
『妹がヒメカ・ホウライ殿の弟君であるユウト・ホウライ殿に惚れてしまい、直接会って思いを告げたいと言っています。勿論、断る権利はユウト殿にあるので振ってくれて構いません。というかむしろそうしていただければ幸いです。勝手で申し訳ありませんが以下の日時にユウト殿を連れて王都の教会を尋ねていただけないでしょうか?』
ということが貴族らしい文体で書かれていて、一種の暗号解読をさせられている気分で読み進めたヒメカだが、おそらく内容に間違いはないだろう。差出人はこの国の第一王子殿下。現王家には王子と姫は1人ずつしかいないはずなので、つまり告白したいというのは姫殿下ということだ。
勿論、王宮でのこともあるので表立って接触するわけではなく、身分を隠した上でお会いする一助を願えないか、ということらしい。
任務を終えた手紙はじわりじわりと黒く染まり、ボロボロと崩れ落ちて床に辿り着く前にカスすら残さずに消えた。
(妹の恋愛に兄が……いや、この場合私と交わした約束のせいね。でもたかが冒険者に配慮するなんて真面目ねー)
この短期間でブルーミスリルウルフ、ワイバーン、キュクロープス等々を討伐している者がどれほどいるか。優秀な冒険者を囲いたいのはどの国も同じであり、ホウライ姉弟の動向はチェックされているのだった。
ただし、ランク自体は高くないので上層部の私見は少し気に掛ける程度の注目度ではあった。
(まあ、判断は悠に任せましょう)
今は手紙の内容よりも手紙に施された魔法に興味があるヒメカは、記憶が鮮明な内に紙に書き起こし、隠秘された部分を補間しつつ魔法陣を読み解いていった。
「悠、以前王都で教会まで送り届けたご令嬢がいたでしょう? その方のお兄さんから手紙が来たわ」
「はぁ……?」
いきなり何の話だと首を傾げるユウト。教会へ送り届けたご令嬢のことも覚えているし、その正体も知っているが、何故その兄から自分の姉宛てに手紙が届くのか。目の前の姉は前置き無く本題に入ることがあり、とりあえず話を進めるよう促した。
「妹が貴方に告白したいらしいから明日王都の教会まで来てほしいそうよ。その上で、出来れば振って欲しいらしいわ」
やはり理解できなかった。
いや、内容は理解した。ただ、何故そこにご令嬢の兄が出てくるのか、そして、何故ヒメカ宛てにその内容が送られてくるのか、しかも振って欲しいとは?
「♪」
(これ以上聞いても無駄だな)
おもちゃ(魔法陣)を前にしたヒメカに質問しても時間の無駄だと悟ったユウトは、姉が夢中になっているものを見せてもらうことにした。
翌日、朝食を食べてから宿を引き払い、王都へ向かうことにした姉弟は、一度ナストの家に立ち寄った。昨日渡しそびれていたプレゼントを届ける為である。
「おはようございます」
「おはよう」
「……おはよ」
昨日、姉弟と別れた後にギルドへ行き酒を飲んでいたナストは、叩き起こされて至極眠そうにしながらも律儀に挨拶する。
「昨日渡し忘れた物があったのでお届けに上がりました」
「んん? よくわからんがありがとう?」
そういって香水と消臭スプレーの入った小さな紙袋を渡すヒメカ。使い方は紙に書いて同封してある。
「私達はこのまま出立するので失礼します」
「は!? え? 昨日ウルプスに帰ってきたばっかだろ?」
「急用が出来た」
ようやく目が覚めて来たのか、いつもの調子が戻って来たナスト。そんなナストに、朝なんだからもう少し静かにしろ、とユウトが注意する。
「……どこへ行くんだ?」
「とりあえず王都。その後は北へ進んでアーンス国のダンジョン都市へ向かおうかと思っているところだ」
アーンス国は昨夜『ブラッシュ』のメンバーに話を聞いた国で、商人ならば一度は行っておいた方が良い、とまで言われている位、貿易を中心に発展している国である。めぼしい特産品はないが、その分、ダンジョンが多く、ダンジョン産の珍しい物品目当てに各国の商人がやってきては売買を行う為、いろんな国の商品が集まる。
初ダンジョンはロウラで挑んでみようかと思っていた姉弟だが、その話を聞いた後ではアーンス国一択となった。
「そういうわけだからもう行くよ」
「そうか……またウルプスに来た時は顔を出せよな」
「わかった」
「ではまた」
「ああ。じゃあまたな」
そう言って姉弟はウルプスを後にした。
一度寝直してから姉弟に貰った紙袋の中身を見たナストは、説明書きを読んで思わず噴き出した。
「ゲホッ……あいつらなんつーもんを作って寄越してんだよ……」
売れば金貨になって返って来るであろう便利な魔道具。特に消臭スプレーは水を詰め替えれば何度でも使える。そんな物を気軽にポンと渡され、感謝をする以前に頭が痛くなったのだった。




