54話 トラブルは本人のいる場所で起こるとは限りません。
姉弟は名前しか登場しません。
ユウト達がアムニスを出発してすぐの頃、王都では問題が起きていた。
「ローズ、いい加減部屋から出てきれくれ」
「嫌よ!」
「何がそんなに嫌なのだ。政略結婚とはいえ、隣国の皇子はなかなかの好青年。父上も母上も慎重に精査した上で決めたのだぞ?」
ローズが部屋に立て籠もるきっかけとなったのが、隣国の皇子でゆくゆくは皇帝となる青年との婚約が決まったことにある。
「お兄様は本当の恋というものをしたことがないからそのようなことが言えるのです!」
「…………ハァ」
頭が痛いとばかりに額に手を添える、この国の第一王子、バート・フォン・ロザリア。妹のローズは小さい頃はお転婆であったが、最近ではそれなりに王家の自覚が芽生えようとしていた。しかし、そのローズは一人の青年と出会ったばかりにこのような暴挙に出ているのだ。
ローズは知らされていないが、王命により密かに調べ上げられた資料によると、その青年の名はユウト・ホウライ。そう、ヒメカ・ホウライの弟であった。
どんな悪漢がローズを誑かしたのかと憤っていた王家の面々も、調査の結果を見て頭を抱えた。
ナル・ニューランを筆頭とした周辺人物による印象としてあげられるのは悪いものではなかった。むしろ、平民ということを加味しても優良物件ともいえる。
ブルーミスリルウルフを討伐してみせたヒメカが一緒とはいえ、2人だけでワイバーンの巣を一掃してしまう武力。変人ではあるが稀代の天才と謳われるナル(実はそうなんです)の教えを受けながらも、すぐにそれをものに出来る頭脳。直接の面識はないが、姉のヒメカを見るに容姿も優れていることだろう。ワイバーンの一件で得られたものを差し出せば、経営難で苦しむ貴族達ならば彼を養子に迎えることも嫌がらないだろう。
だが、それでもローズの我侭を通すわけにはいかなかった。
第一に、此度の婚約は隣国との友好関係を結ぶ意味がある。先方もこの婚約には乗り気で、こちらの都合で一方的に破棄することは出来ない。そんなことをすれば十中八九戦争となるだろう。
第二に、ヒメカ・ホウライの存在。彼女は『聖女』と呼ばれるほどに王都の人民に愛されており、本人は平穏を愛している。家族はユウト以外にはいないとあり、その弟を引き離されればどう行動するのか判断がつかない。
(少なくとも聖女様は権力欲がない御方。ローズに名乗らなかったことからも弟君もまた聖女様と同じ価値観を持っている可能性が高い)
バートがローズの説得をさせられているのは、国王から「王太子であるならばこの程度の問題は片付けられるように」と押し付けられたからである。
王妃は額面通りに思っている節があるが、王に限って言えば娘に嫌われたくない、というのも多分に含まれている気がする、とバートはふんでいる。実際にその通りだったりする。
「……ローズ」
一息ついて己を律した後、低い声音でローズの名前を呼ぶバート。室内から返答はないが、おそらく聞いているだろうと判断して言葉を続けた。
「そのような甘ったれた理屈が通ると本気で思っているわけではあるまい。我々は王家に生まれたからこそ民草の税金で相応の生活が出来、教育を受けることが出来るのだ。それを当たり前だとして感情だけで義務を放棄すると言うのか」
「…………」
「この婚約を破棄し、隣国と戦となり多くの血を流すことになったとしても自身を優先させると言うならば……
「わかっております! この婚約を白紙にすることなどできないと! ですが! ……ですが、このような気持ちは初めてなのです。あの方の御姿が頭から離れないのです」
徐々に憔悴したように弱弱しい声になっていくローズに、バートはどう声を掛けたものかと思案した。
「あの……発言をよろしいでしょうか?」
「? 何だ、アンナ?」
ずっと空気に徹していたローズ付きのメイドであるアンナが発言の許可を求めたので許す。
「普通に思いを伝えるのではダメなのでしょうか? お相手様がどのような返答をなさるかは分かりませんが姫様の気持ちの整理は出来るのではないかと思われます」
「……だがローズは王家だ。命令と受け取られるかもしれない」
「はい。ですので身分を隠し、同等の立場ということにしてお伝えするのです」
「……」
政略結婚が当たり前の貴族社会とはいえ、アンナの家は下級貴族で平民との距離も近い。平民は恋愛結婚が主体なので付き合いたいなら告白するのは当然の行為。ローズならばたとえ振られたとしても逆上することもないだろう。ならばと提案してみた次第である。
すると、固く閉ざされていた扉が遠慮がちに開き、中からローズが顔を覗かせた。
「お兄様、私はあの御方に会ってこの気持ちを伝えたいと思います」
その瞳には決意が現れている。ユウトとローズが会した場面に立ち会ったアリアナによると、ユウトはローズに興味が無い様子だったという。ローズもそれは感じているのだろう。断られると分かっていたもなお気持ちを伝えたいと言っているのだ。
「わかった。……と言いたいところだがヒメカ殿との約束の手前、先にヒメカ殿に手回しをしておく必要があるだろう」
「? 何故ここでヒメカ様が出てくるのですか?」
ユウトがヒメカの弟であることを知らないローザはキョトンと目を丸くする。
「ローズ……お前の思い人の名はユウト・ホウライといって、ヒメカ殿の弟君だ」
気付かなかったのか? と言われて初めてユウトとヒメカが血縁関係にあることに気付いたローズは、顔を青くさせながら赤くさせる器用なことをしてみせた。
とりあえずこのことを父である国王に報告したバートは、王と王妃、両名の許可を得てヒメカへ手紙をしたため、アリアナ経由で冒険者ギルドへ依頼を出したのだった。




