50話 姉弟は今日も通常運転です。
「朝の市場って何だか好きなのよね」
「騒がしい所は好きじゃないのにこういうのは好きだよな」
「活気があると騒がしいはイコールじゃないのよ?」
ホウライ姉弟は朝早くから市場へとやって来ていた。海難事故で失った船は戻って来ないが、港はすっかり元通りの様子で、市場には色々な魚が所狭しと並べられている。昨夜は商業ギルドでお金を下ろしてから帰り、夜は早めに寝るなど、事前準備をしてきて正解だったと満足そうに頷く2人。
「ナストを連れて来なくて正解だった」
「大量買いするとうるさいものねー」
マジックポーチのおかげで腐らせる心配はないので手に入れられるものは可能な限り手に入れておきたい2人だが、ナストがマジックポーチのことを正確に知っているかと言われたら否である。まさか、MP依存の大容量だとか、時間停止機能付きだとか、知っているわけがなかった。
そんなわけで別行動をすることにした姉弟は、目利きはするものの、何軒も梯子して気に入ったものはどんどん購入していった。それでも懐は痛まないくらいの収入はあるのだから、冒険者を目指す人が減らないのも頷けるというものだ。
「新鮮な魚介類がたくさん買えたわ。早速調理できる場所を探さないと」
「だし茶漬けが食べたい」
「まずどれが適しているか試してみないとね」
「鰹節と昆布らしきものがあったのが嬉しい」
昆布もどきは地元でよく使われているらしく、鰹節もどきは削り器と共に舶来品の中にあった。滅多にお目に掛かれるものではないので可能な限り購入したのはいうまでもない。
(何故か置物扱いだったけれど……)
いくつか経由した物を買い付けたらしく、正しい使い方は知られていなかった。削り器も同じ店で見つけられただけ2人は運が良かったのかもしれない。
「削るのは任せて」
「はーい。よろしくね」
祖父母の家でやったことがあるため、姉弟は問題なく使える。百聞は一見にしかず、一見より一体験、というバイタリティ溢れる祖父の方針で色々な体験をしてきたからである。何故、と思われるような体験も、異世界では大いに役に立つのだから人生何がどう転ぶのか分からないものである。
午前中いっぱい買い物に明け暮れた姉弟は、昼食を取ろうと冒険者ギルドの食堂へ来ていた。
ギルドと一言でいえど、土地土地で特色があるもので、この町のギルドの食事はそのへんのお店よりも料理が美味しい。なので昼時には冒険者ではない人も多く見かけるほどに大賑わいとなっている。そのため、冒険者ギルドの業務を行う方と食堂の入口を分けていた。
「ナストさんはもう来てるかな?」
見回してみるも姿はない。ナストは、午前中は簡単な依頼をこなしてくる、ということで町の外へ出かけている。昼食は一緒に取ることにしていたので、昼の鐘がなる頃にここで集合ということにしておいたのだ。
「先に席を取っておくか」
「そうね。入口が見える席は……あ、あそこでいいんじゃないかしら?」
目聡く空席を見つけた2人はとりあえず席を確保。店員は忙しそうでまだ注文をとりに来そうにないのでのんびりと待つことにした。
ナストと合流したのはそれからすぐ後。何を注文しようかとメニューを眺めていると、入口でキョロキョロと見回すナストをヒメカが見つけた。
「ナストさん」
「おーもう注文した?」
「いえ、メニューを見ていたところです」
迷惑にならない程度のボリュームでヒメカが声を掛けると、ナストはすぐ声に気付いて空いている席に座った。
程なくして全員が注文を決めたところで店員に声を掛ける。ちょっと待ってておくれ、と返事があったので来るまで雑談でもすることにする。
「何かいい依頼はありましたか?」
「いや、討伐はほとんど海の魔物関係だったから採取系をこなしてきた。薬草の値が上がってたしな」
「ああ……まあ、あの人なら判断が早いだろうな」
まだまだ補填が出来ていない上に、新たなレシピの練習にも必要だからと、クラスが募集をかけていた。直接面識があるユウトは、あの人ならばそれくらいするだろうと踏んでいた。
「なぁ、午後は一緒に討伐依頼しねえ? 海の魔物は割が良いんだよ」
「いいぞ」
「いいですよ」
「うし。じゃあ午後は討伐依頼だな」
食事が来るまでまだあるだろうし手配してくるわ、と、ギルドの受付へと向かった。
「姉さん、海の魔物についてどの位知ってる?」
「基本的に弱点は火。水中に潜られると効かないから陸に打ち上げて攻撃するのが一般的かしら。魔法士がいない場合は釣り上げたり網にかかったのを攻撃したり、水面に近づいたところを銛で攻撃したり」
「凍らせるのは?」
「解凍した時に、たまに生きていたりするらしいわ。基本的に水属性には強いようね」
「雷」
「漁に影響が出ないかしら?」
ヒメカはポーチから取り出した紙とペンで、図鑑で見た魔物の姿を次々に描いていく。それぞれに記憶している限りの備考(体長、討伐証明部位、攻撃パターン、毒や麻痺等の有無、etc.)を書き連ねながら海の魔物について話すので、ユウトとしてはとても分かり易い。
「おー上手いな」
そうこうしている間にナストが戻って来たので、本格的な話し合いになった。ナストはすでに依頼をチェックしていたので、いくつかの魔物の名前を挙げ、ヒメカが絵と文字でその魔物の説明、さらに補足をナストがする、という感じで情報共有していると、料理が運ばれて来たのでそこで紙を仕舞い、昼食となった。
「美味いわねー」
「うん」
魚料理を注文したヒメカとユウトは満足そうに食べ進める。宿でも魚料理を食べているが、やはり人気の店だけあって評判通りの味である。ナストは肉料理を頼んだが、そちらも美味しそうである。
ただ一つ問題があるとすれば、ヒメカの料理に慣れてしまっていることであろうか。
「美味い……けど」
「姉さん、ステーキソース出してやれば?」
「はーい」
瓶に入れてある手作りソースをナストに渡すと、ナストは鼻歌を歌いながらそれを肉にかける。熱せられた鉄板にソースが付いて美味しそうな香りを漂わせながら、ナストはがっつりソースの絡む肉にかぶりついた。
「うめ―!!」
良い反応を示すナストに、香りに誘われて視線を向けていた周囲の人がごくりと喉を鳴らす。
「な、なぁ。それ少し分けてくれないか……?」
「ん? なあ、いいか?」
「どうぞ」
ナストと同じく肉料理を頼んでいた隣席の男は許可を得て瓶から一匙。そしてそれがかかった肉を頬張ると、目を見開いたまま固まった。そして再起動するとしくしくと涙を流しながら「うめぇ……うめぇよぉ俺ぁこんなうめぇもん食べたことがねぇ」と噛みしめるように言葉を零した。
((いや、大げさすぎる……))
リアクションに若干引いている姉弟だが、ナストは男に同意するようにうんうんと頷いている。ちなみに、今回取り出したソースだが、こちらの世界の食材で出来ているのでレシピさえあれば再現できる類のものである。
「分かる。分かるぞ。ほら、もっとかけて食べろよ」
「ありがとう……ありがとう……」
残りの肉にもソースをかけて泣きながら食す男はそっと銅貨を取り出してナストに渡す。代金のつもりのようだ。ヒメカが断ろうをするも、ナストに受け取っておけ、と言われて渋々受け取ると、男に触発され、俺も俺もと名乗りを上げる者が続出して収拾がつかなくなり、ナストが音頭を取って一人1銅貨での販売となった。結論として、瓶にこびりついたソースまで綺麗に無くなった。
姉弟は早々に飽きて自身の食事に集中し、店を出る時に、騒がせたお詫びと、またここへ来た時にソースを購入させてくれませんか、と、レシピを料理長に渡した。料理長は快諾し、レシピを受け取った。
魚料理に人気が偏っていたこの店だったが、その後は肉料理の美味い店としても知名度が上がったのは言うまでもなかった。
「あのソース作るの実は結構面倒なのよね」
「ここならいつでも買いに来れるしな」




