番外編 クラス・オーケルベリ
父はかつて大司教であり、母は先代の聖女様に仕える巫女であった。両親は俺が10歳の時に神の御許へ召されたが、残された私は教会で育てられ、剣の才能があったため聖騎士の道を目指した。訓練に明け暮れる日々はけして楽ではなかったが、それが神の為になるならばと思えば全く苦ではなかった。
そんな私に転機が起きたのは5年前。聖騎士団に魔物討伐の任が与えられた時の事である。
たった1頭の魔物により、派遣されていた聖騎士団の7割の命が失われ、残りの3割も大小はあれど怪我をした。
件の魔物はただ通り過ぎただけ。その通り道に村や聖騎士団がいただけ。
魔物にとっては何てことない理由。しかし、人にとっては強大な力を持つそれは『災厄』以外の何物でもなかった。
這う這うの体で帰還するも、生き残った騎士達のほとんどは摩耗した心身のまま騎士を続けることが難しく、早々に辞めてしまった。私もその時に追った怪我が原因で騎士を続けることが出来なくなり、神官となることを決めた。
ありがたいことに、それまでの功績を加味する、ということで司祭という地位を賜った。
しかしそれは、長い間下積みとともに、それでも与えられるかどうかという地位に、聖騎士だったというだけで成った私を快く思わない者達もいた。今思えば、怪我を理由に逃げた私の心が見透かされていたのかもしれない。
司祭になってからというもの、本部での居心地はいいものではなかった。
司祭という地位にふさわしくなるべく勉強に明け暮れ、眠るたびにかつての仲間達やかの魔物が夢に出る日々に、精神が摩耗していった。
そんな私を見かねたのか、両親が存命だったころより繋がりのある総大司教様より、アムニスの教会支部へと行くのはどうかと打診を受けた。当時、アムニス教会支部の神官長を務めておられた方は御高齢で、早急に後任となってくれる神官を探しているのだという。
ここへ私がいても、自分にとっても周りにとっても良くないと感じていた私は、総大司教様の提案を受けることにした。
派遣されるのが異国ということもあり、それからは慌ただしく動かなければならなかった。
図らずも、それは陰鬱としていた私にとっては幸いとなり、アムニスへ派遣された後も、その土地や人に慣れることに精一杯で、気付いたら悪夢を見なくなっていた。
アムニスは港で栄えていることもあって、異国から来た私にも寛容であった。教会と町民との距離が近く、治療のお礼だと魚介類を中心に色んな物を頂くことも多かった。
3年前、とうとう神官長様が儚くなってしまい、私が神官長となるも、教会の皆や町民の方々は快く受け入れてくださった。
私が派遣されてからというもの、平和そのものだった町に突如起きた港の事故。
教会に一人だけ治癒師を残し、あとは全員で現場へ向かうと凄惨たる様子。皆に指示を出し、少しでも多くの人々を助けようと奮闘した。
そこで出会ったのが一組の男女であった。
冒険者だという彼らは、自身の力量を正確に判断し、次々に治療を施していく。中位回復魔法を使えるというだけでも優秀であるにもかかわらず、複数人同時に治療したり、瞬時に怪我を判断してポーションに切り替えたり、指揮を取っていた私の意を汲んで動いたり人を動かせたりと、的確な自己判断をしてみせた。
神官というのは教会にて怪我人を待つ、というスタンスが多いため、このような現場が混乱している状況は得意ではない。対して、冒険者というのは一瞬の判断で生死を分かつことも多いと聞く。それ故なのか。
さらに驚いたことに、彼らの使用するポーションの効果の高さ。
ポーションの大部分は教会で作られているが、彼らのそれは一般に出回っているポーションとは効能に大きな差があった。
(彼らと同等のポーションがあればもっと多くの人を救えたかもしれない)
過去を振り返っても仕方がないのかもしれないが、悔やんでも悔やみきれない。教会が保有するポーションのレシピはもう長い間更新されていない。
彼らの持つポーションを作った者は、教会が停滞している間に研究を繰り返してきたのかもしれない。
(日々の研鑽が肝要であることは知っていたはずなのに私は……)
使う側だった自分にポーション作成の知識はない。だが、私が神官長を務める教会でもポーションを作っている。ならば私に出来ることは、彼らに調合師様への繋ぎをお願いし、調合師様に、教会の神官や神官見習い達へ師事して貰えないかと許しを乞うことである。
彼らがポリティス商会と知り合いなのは分かっていたので、一度教会へ戻って、すぐさまお願いに向かおうとした。
しかし、教会に戻ると大勢の冒険者が殺到しており、その対応に追われることとなる。冒険者の方々もかのポーションの効果の高さを目にしたようだ。あの大量のポーションなのだから教会が用意したものだろうと思っていたようだが、残念ながらそれは違う。
ようやく一息つけたのは夜が更けた頃であり、この時間に使いを出しても迷惑だろうと、翌朝にすることにした。
翌朝、神官の中でも日頃よく勤めてくれている女性を使いにやり、色よい返事をもらってきてくれた。
翌日、またもポーションについての問い合わせの対応に追われていて、お迎えに出向くことが出来なかった。申し訳ない気持ちの中、どうにか対応をし、せめてものお礼にと、夕食の席を設けて精一杯の振る舞いをすることにした。
彼らは出迎えすらせずにいた私にも嫌な顔一つせずに応対してくださった。
彼らはヴェルメリオという3人の冒険者。内、私が知っている2人は姉弟であった。
リーダーであるという青年は緊張している様子であったが、同じ年の頃の青年の持つ純朴さに好感を持った。
相手を楽しませる柔らかい話術に長けている姉君に、硬質ながら真摯に受け答えをしてくれる弟君。この2人は対照的でありながら、その実、よく似ている気がする。
それぞれが人を惹きつける何かを持ち、将来がとても楽しみな若者達。
まもなく30になる私には眩しくもあり、微笑ましくもあった。
(彼らの未来に幸多からんことを)
そうして穏やかに食事を終えると、姉君が私の傷を見たいと申し出るので了承した。
その時は治癒師としての勉強のためだと思っていたが、予想の遥か上を行った。
もう5年も付き合ってきた古傷を治療してみせたのだ。
まるで、そこに石があったので退けてみた、というくらい気軽な様子で、それがどれだけ異常なことなのか全く理解していない。古傷というのはその部位が変質したまま定着してしまっているため、現存の治癒術での治療は不可能とされていた。
全く方法がないわけではないが、それには古傷の部分を切り落とし、上位回復魔法を使うというもの。
上位回復魔法を使える者は、聖女様を含め、片手で足りるほどしか存在せず、使用するには数日前から儀式を行って自身の魔力量を高める儀式が必要な上に、一日に一度しか使えず、術者は魔力枯渇を起こして数日の回復が必要になる程。そうやすやすと行えるものではない。
彼女がしてみせたことを本部へ連絡すると、当たり前だが騒然となった。
治療の様子を事細かに書面にするが、それでも分からないことの方が多く、直接聞こうにも、すでにポーションのレシピ公開で教会全体が大きな恩を受けているため、この件は一旦保留ということで落ち着くことになるのだった。
もし彼らが教会へ訪れた際には最大級の敬意を持って接する事、という通達が全教会支部へ届くのはそれから1週間が経った後であった。




