5話 弟のスルースキルはこうして育っていく。
翌日は日帰りできる場所で1日中採取をし、大量に素材を得て帰ってきた。
そしてさらにその翌日、ユウトは手土産のヒメカ特製弁当を持ってナル宅へ。ヒメカは教会へと向かう。
「おはようございます。ナルさん、今日もよろしくお願いします」
「はい。今日も頑張りましょうね。ユウトくんは覚えが良いので教え甲斐がありますよ」
「そういってもらえると助かります。……今日は姉が「ヒメカさん!?」……弁当を用意してくれたのでお昼にいかがですか?」
「…………おお……神よ……!!!!」
どうやらお弁当効果は絶大なようだ。この人普段はちゃんとした人なのに……、と、遠い目をするユウト。
その日はお昼近くになると明らかにナルがソワソワしだしたので早めの昼食をとることとなった。
(やはり毎回は……いや、でも俺のお昼が……)
美味しい物が食べたいユウトは葛藤し、結局毎回作ってもらうことになるのだった。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
本日は午前中から教会の治療院へやってきたヒメカ。今日は1日中治療院でのお仕事予定のため、お弁当持参である。
「こちらこそよろしくお願いします。今日はどのくらいお願いできるのでしょうか?」
「お昼休憩を頂ければ夕の鐘までお願いしたいと思っております」
「それはこちらとしては助かりますが……大丈夫ですか?」
神官長は一昨日の忙しさを1日中こなすことを危惧しているのだろう。むしろ、もう二度と来てくれないのでは、と心配する程に忙しい。まあ、ヒメカの優秀さ故、ではあるが。出来ればまた来てほしい神官長としては、あまり無理をしてほしくない。
「大丈夫です。お気遣い感謝いたします」
「こちらこそ。無理のない程度に休憩を挟んでくださいね」
宣言通り、ヒメカは相変わらずの仕事っぷりで午前中を終え、昼食を食べるために裏手の木陰でお弁当を広げていた。
「あ、ヒメカさん!」
「あ。ええと、アーリャさん、でしたよね?」
「はい! 覚えてくださったなんて光栄です!」
アーリャもお昼休憩らしく、パンにお肉と野菜が挟まったものを手に持っていた。
「お隣いいですか?」
「ええ、どうぞ」
少し横にずれて、アーリャの座るスペースを空けると、えへへ、と笑いながらアーリャは腰を下ろした。
「実はヒメカさんとお話したかったんです。私、神官見習いなんで患者さんをご案内するんですけど、一昨日、ヒメカさんの案内役をしてた子、あ、シオンっていうんですけど、ヒメカさんのこと凄い凄いって興奮しながら話してましたよ! 黒髪で綺麗な人だったって言ってたんですぐにヒメカさんだって気付きました! 神官長もべた褒めでした! 神官長があそこまで褒めるなんて滅多にないんですから!!」
「そう言ってもらえると頑張った甲斐があります。初めてでしたからドキドキしていましたし」
困ったように頬に手を当てるヒメカ。一応、緊張していたらしいです。
「えー? とても落ち着いてたって聞いてますよ?」
「怪我人の前で慌てたらいけないでしょう?」
「ああ! それもそうですね! それにしても、ヒメカさんって冒険者っぽくないですよね。あ! 悪い意味じゃないですよ! こう、品があるというか、お淑やかというか……私いつも神官長に落ち着きがないって怒られちゃうんです」
「アーリャさんは元気で可愛らしいと思いますよ?」
「うえ!? ……ぅぅ~ヒメカさんってタラシですか? 普通そんなにサラッと言わないですよ!?」
「そんなつもりはないのだけど……」
「無自覚ですか!?」
「ええ? ええと、ご、ごめんなさい?」
困惑するように笑うヒメカ。それを見て、はうっと変な声を上げて膝に顔を埋めるアーリャ。
「…………とりあえず天然なことは分かりました。ところでヒメカさんが食べてるのって何ですか?」
「これですか? これは、オムレツ……えっと、お肉やお野菜を細かく切って炒めたものを味付けして、卵で包んだ料理です。食べてみますか?」
「いいんですか!? 卵って高級品なのに……」
「構いませんよ」
どうぞどうぞと勧めると、アーリャは恐る恐る口に入れる。タマゴが高級品とはいえ、魔物の素材を少し売ればすぐに稼げる程度の値段である。ヒメカにしてみれば、確かに他の物に比べると、位の感覚でしかない。
「お、お、おいしいです! 私、こんな美味しい物生まれて初めて食べました!」
目を輝かせるアーリャにヒメカも微笑む。作った物を褒められて嬉しそうだ。良かったら他の物もどうぞ、と勧めると、アーリャは嬉しそうに食べ、その度に歓喜の声を上げる。
「あ、どうしよう……ヒメカさんのお弁当ほとんど食べちゃった……あの、良かったらコレ食べませんか? ヒメカさんのお弁当ほど美味しくはないですが……」
心底申し訳なさそうに自身のサンドイッチを差し出すアーリャ。ヒメカもこの世界の食べ物に興味があるので、お礼を言って一口もらった。
「あ、美味しいですね。お肉も柔らかいですし、野菜も新鮮です」
「ある物をパンで挟んだだけなんですけどね。野菜はここで作った物なんでとれたてです!」
「どおりで美味しいと思いました。ありがとうございます」
「いえいえ、むしろこちらこそ御馳走様でした! 良かったらまたお話してください! この時間なら大体ここに居るんで!」
「ええ。ぜひ」
アーリャの休憩時間はヒメカよりも短いらしく、元気に仕事に戻っていった。まだ少し時間のあるヒメカは木に寄りかかりながら時間まで寝ることにした。
「美味しい……美味しいです……生きてて良かった……!!」
ただでさえ料理上手な上、食事事情の発達途上なこの世界では、ヒメカの料理は威力がありすぎたようだ。一口食べては涙し、一口食べては神に感謝をささげる。そんなナルにユウトは放置を決め込む。この手のタイプは下手につつくと延々と語り出すため放置が一番害がない。元の世界での経験則からである。
「ああ、でも食べ終えてしまうのが勿体ない……」
「残して腐らせた方が勿体ないと思います。ココへお邪魔する時は作ってくれると言っていたので食べてしまったらいかがですか?」
お弁当を半分程食べてから、一気にスピードダウンしたのはそういうわけだったのか。苦手なモノでもあったのかと心配して損した。と思うが口を噤む。
「本当ですか!? そういうことでしたら、ユウト君。毎日来てください! お願いします!」
「素材採取があるので毎日は無理です」
「素材採取なら僕が付き合いますよ! これでもBランク冒険者ですからね! 難易度の高い素材採取もおてのものですよ!」
「どんだけ必死なんですか……」
ドン引きするユウト。しかし、高難度の素材は正直惹かれるものがある。宿代も稼がなければならない。
「……………………わかりました。ただ、宿代も稼がないといけないので魔物退治もしていいですか?」
「魔物の素材も調合の材料になりますし構いませんよ」
輝かんばかりの笑顔。ユウトは調合素材の為に姉(正確には弁当)を捧げることに決めた。
「今日もありがとうございました。ヒメカさんが来てくれたおかげで随分楽になりました。王都は一般の方や冒険者の方だけではなく、騎士様も多くいらっしゃるので常に人が足りないのです」
「ああ、そういえば。騎士団には治癒師がいらっしゃらないのですか?」
「いるにはいるのですが……訓練中に怪我をする方も多いので軽傷の方まで手が回らないのです。大規模な野外訓練の際には、応援要請がある位ですから」
「それは大変ですね」
たまに、しっかり甲冑を着た男性を見かけるなぁとヒメカが思ってい人達はどうやらこの国の騎士だったらしい。騎士にもさまざまで、貴族出身の者もいれば、実力が認められて一般公募で騎士になった者もいる。ここへ来るのは下級貴族ないし、一般出の騎士が多いとか。
「それでご相談なのですが、5日後にその野外訓練があるのですが、ヒメカさんも参加していただけないでしょうか? 期間は4日。勿論、報酬はいつもより上乗せします」
「ええと……教会関係者ではなくても参加できるものなのでしょうか……?」
騎士とはいえ、貴族とは距離を置きたい。だって絶対面倒臭い。だが、恩を売るにはもってこいのイベントでもある。ヒメカの頭の中では利益と不利益を天秤にかけている。
「私が推薦状を書きますから問題ありません。それにヒメカさんは治療院に来られた方々にとても評判がいいのですよ。勿論、騎士様方にも」
「それはありがたいですが……申し訳ありません。お返事は明日まで待っていただいてもよろしいでしょうか? 4日間ともなれば私一人では決められませんから」
「ああ、パーティを組んでいらっしゃるのですね。分かりました。では明日、またお待ちしております」
「ありがとうございます。それでは今日はこれで失礼します」
教会を後にすると、宿へ向かう前に食材を買い込んでおく。どうせひと月は王都にいる予定である。ヒメカの中では参加の方針で進めることにした。
「ただいま」
「おかえりなさい。今日は私の方が先になったね」
あいかわらず美味しそうな香りが漂う部屋へと帰ってきたユウトはホッと息を吐いた。
「お弁当美味しかったよ。ただ、その、相談なんだけど……」
ユウトはナルに提案されたことをそのまま伝えると、それを聞き終えたヒメカは少し困ったように頬に手を当てた。そしてヒメカもまた出張奉仕活動の話をしたのだった。
「四日か……」
「マジックポーチに入れておけば状態は保存されるから作り置きでいいならするわよ?」
「あ、そっか。じゃあお願いしていい?」
「うん」
お弁当問題はこれで解決である。ただ、問題は宿をどうするか。
「姉さんがいないなら別にこの宿じゃなくてもいいんだよな……」
「防犯の意味で高いとこ借りたからね。一応支払いは明日の分まで終わってるからいいとして、その後よね。借りっぱなしにするなら10日分まとめて支払うけど」
「10日分だといくら?」
「金7銀8」
「……払えない額じゃないんだよなぁ」
「手持ちでいけるし、ちょっと足を延ばせば一日で稼げるしねー」
Dランク冒険者とは思えないこの発言である。しかも、この世界へ来てまだ5日目。武器も防具も持たずに魔物を倒せるのだから不思議ではないが。
「やるなら私が稼ぐよ? 悠はナルさんと一緒に採取するならランクもすぐ上がるだろうし、私、明日は教会へ行くけど、その後4日は予定ないから今のうちに稼げるだけ稼いでおこうかな」
「うーん。じゃあ、そうしようか。でも、俺も半分出すから。素材採取の時に魔物狩りもしていいことになってるから」
「(どうせ共有財産なんだから気にしなくていいんだけどなぁ)……分かった。でも今は調合スキル上げるの優先ね」
「分かってる」
そうと決まれば夕飯だ、ということで美味しく頂きました。